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【救いの館】恵一 自己紹介

はじめまして、関東を中心に牧師と星占い、霊視を中心とした
活動しておりました、恵一(けいいち)と申します。
今日は、私がこのようなことを始めた経緯に辿り着くまでのお話しをさせていただこうと思います。
読みづらい部分もあるかもしれませんが、
最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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私は鹿児島県の鹿児島市で生まれ育ちました。
物心ついた頃にはすでに両親はおらず、
とある小さい教会の牧師の方に育ててもらいました。

牧師様は身寄りのない私にも優しく接してくださりました。
私を育てるために必死に生き、祈りを捧げ、
どんな時も見てて微笑ましいほどに落ち着きのある、
暖かい静かなそんな目をしていました。

小学四年生の夏。
九州全域を大きな台風が襲いました。

川の水位はどんどん上がり、
地域には避難を呼びかける放送が流れていました。

牧師様はそんな時にでさえ「祈りの時間だ。」と言いながら、
一人で教会に出かけました。
私は小さなで家で留守番をしていました。

すると突然、
胸が苦しくなるような感覚に襲われたのです。

理由はわかりません。
ただ強く、
「牧師様が危ない」
そう感じました。

私は傘も持たずに家を飛び出しました。

雨に打たれながら教会へ向かうと、
牧師様は台風で崩れた屋根の一部の下敷きになっており、
立ち上がれずにいました。

幸い助けを呼んで軽い怪我で済んだものの
あと少し遅れていたら、
低体温症になっていたかもしれません。

牧師様は驚いた顔で言いました。
「どうして来たんだい?」

私は答えました。
「わからないです…
でも行かなきゃって思いました。」

それが、
私が初めて「視えた」瞬間でした。

それから不思議なことが増えていきました。

朝、教会で祈りを捧げた日には、
決まって、学校で友達と話していると、
言葉ではなく感情が伝わってくるのです。

笑顔でいる子が、
本当は家で泣いていること。

平気そうに見える子が、
誰にも言えない悩みを抱えていること。

最初は気のせいだと思いました。

でも何度も感じ取り、
そしてそれが現実と重なっていくうちに、
私は自分の感覚を無視できなくなりました。

中学生になる頃には、
人の気持ちが自然と流れ込んでくるようになりました。

高校生になると、
さらに強くなりました。

人混みに行くと、
たくさんの感情が一度に入ってくる。

悲しみ。

怒り。

不安。

孤独。

学校から帰ると、
何も話せなくなる日もありました。

高校三年生の秋。

牧師様が教会での仕事を終えたあと、
珍しく弱気な顔で言いました。

「もう牧師は引退しようと思う。
年齢も年齢だし、教会も数年前の台風でボロボロになってしまった。」

歳を重ね、
身体も思うように動かなくなっていたのです。

でも私は、
牧師様の本当の気持ちを感じていました。

本当は続けたい。
まだ、教会に来る方々を助けてあげたい。

でも私に迷惑をかけたくなくて、
諦めようとしている。

そんな想いでした。

私は言いました。

「牧師様、本当はまだやりたいのではないですか…?」

牧師様はしばらく黙り込みました。

そして小さく笑いました。

「恵一には隠せませんね…」

その日から牧師様は、
自分のペースで教会での仕事を続けることにしました。


二十歳を過ぎて、
私は都内のとある会社で働き始めました。

普通の人として生きよう。

この力のことは誰にも話さない。

そう決めていました。

でも都会は、
私には刺激が強すぎました。

駅。

電車。

人混み。

毎日たくさんの感情が流れ込んできます。

誰かの不安。

誰かの焦り。

誰かの悲しみ。

半年も経たないうちに、
私は心も身体も疲れ果ててしまいました。

そんなある日。

牧師様と過ごした日々を思い出しました。

教会に来る方々が救われた時の表情。

安らかな日差しの入る教会。

牧師様優しい笑顔。

私は久しぶりに鹿児島へ帰りました。

夕暮れの教会は、
子どもの頃と何も変わっていませんでした。

教会の奥の小さな壁画の前に立った時、
胸の奥にあった重さが、
すっと消えていくのを感じました。

その時思ったのです。

この力は隠すためにあるんじゃない。

誰かのために使うものなんだ。

その後、
知人から人生相談を受ける機会が増えました。

恋愛。

お金。

仕事。

家族関係。

みんな悩みを抱えていました。

ある女性の方は、
何年も別れた恋人を忘れられずにいました。

私はその方の言葉ではなく、
心の奥にある本当の想いを感じ取りました。

あなたが忘れられないのは彼じゃなく
彼といた時の自分なんだと思います。
彼のことを忘れるためにも、新しい環境や、

今関わっている方のために時間や気持ちを使ってあげてください。

そう伝えた時、
その方は涙を流しました。

ずっと誰にも言われたことなかった

そう言ってくれました。

誰かの心を軽くできること。

誰かの背中をそっと押せること。

それが私にとって何よりの喜びになりました。

私は今日も、
誰かの心に寄り添い続けています。

自分の力で人を助ける。それが生き甲斐です。
そこから少しずつ、鑑定の活動を始めました。
最初は口コミだけでしたが、
今ではLINEを通じて、全国の方々からご相談を頂いております。

仕事の岐路に立つ方、
家族との関係に悩む方、
自分の進む道がわからなくなってしまった方。

皆さん、誰かに話す前から、
本当はもう答えを持っていることが多いです。

私はただ、その答えにそっと光を当てるだけ。
視えたことは、正直にお伝えします。
でも、決めるのは、いつもご本人です。

祖母がくれたこの名前のとおりに、
今日も日本のどこかで、皆さまの心に向き合っています。

もしこの文章を読んで少しでも、心が動いたなら。
今、ひとりで答えを探しているのなら、
プロフィールのリンクからご縁を、いただけたら幸いです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

あなたの毎日が、少しでも軽くなりますよう
祈っております。

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