読書メモ「異彩を、放て。」
もっと早くにまとめて、音声配信もするつもりだったのに・・・
いまをときめくブランド「ヘラルボニー」の創業物語。
障害のある人のつくるアート作品を、
「アール・ブリュット(生の芸術)」と呼ぶことは、ヘラルボニーと出合ってはじめて知った。20世紀以降少しずつ確立されきたジャンルらしい。
そして、知ってから調べてみたら、リカレントで通っている大学に、この分野に詳しい先生がいらっしゃることがわかった。
ぜんぜん学んでいるジャンルが違うので、お会いする機会はないだろうけど・・・なんかでご縁があったらなぁ。
バザーで「障害者施設でつくったクッキーです」
みたいなものが売られているのを見るたび、何かうまく説明できないけれど、ひっかかるものがあった。
一方で、知的障害のある人のごく一部から、天才的アーティストが誕生して、テレビなどで特集されるのも、それはそれで何か違うような気がしていた。
ヘラルボニーの創業者たちが、るんびにい美術館を見て、
僕らももっと、当たり前のように障害のある人と関わって、当たり前のように支え、支えられる。この世界の「見えない壁」を取り払って、フラットにしたかった。
と共感したことに、私も重ねて共感する。
だから、彼らがプロジェクトをはじめた当初、あえて「知的障害」という言葉を発信せず、ブランドとして確立しようとした という方針にも合点がいく。
それは、「障害」という言葉を出したとたんに、ある種のバイアス(偏見)はスティグマ(烙印)にとらわれ、作品のすばらしさが適切に伝わらないのではないかと思ったからだ。
まだネクタイが商品化する前、福祉分野の関係者が集まる席で、「百貨店に置いてあるわけでもあるまいし」と、価格の高さに対して否定的なことを言われたエピソードが紹介されていた。
もう少し後ろのページにも、
が、つい先日、大阪のど真ん中にある、うめだ阪急の広い催事場に、ヘラルボニーブランドのグッズが絵とともに並べられ、競うように買われていったのを、私はこの眼で目撃した。感動。
「福祉で儲けるなんて」とか、「障害者支援の商品やサービスは安いもの」という認識を変えることだ。
と、目標が書かれていた。

そんなブランド戦略の一方で、
「知らない」ことにより、障害者を「こわい」と感じてしまい、知ろうとしない人、関係を持たないようにしている人が多いことを解消しようと、社会との接点をつくるイベントをしていたと書かれていた。
一例として紹介されていた「まちといろのワークショップ」。
こういうのを、私の地元でもやりたいなぁ。
いくつかのチームに分かれて渋谷のまちに出かけて、色を探す。
気に入った色をチェキで撮りためて、その中から「そこにしかないまちの色」を見つけて、好きな名前をつけ、絵具で再現する。
そのカラーパレットでTシャツをつくる! というのだ。
絶対、楽しそうやん!!!
さらに、いろいろな人との出会いから生まれた取り組みもある。
視覚障害のある人を中心に、手話と謎解きを組み合わせた「異言語脱出ゲーム」(by異言語Lab.)と、墨字と展示を重ね合わせ、目の見えない人も見える人も読むことができるフォント「ブレイルノイエ」など、
まったく知らなかったが、私がやろうとしていることのヒントにもなりそう。開発したのは、高橋鴻介さんという方らしい。
そして、日本語の読めない海外の方に日本語教育を提供する「NIHONGO」という組織もあるらしい。調べねば。

阪急のイベントでは、最近購入したバッグの作家・柳生千裕裕さんご本人とお会いすることができた。お願いして2ショットを撮影してもらいホクホクだったが、よく考えると、撮ってくださったのは、お父様だったかも💦 ありがとうございます。息子さんの絵、とても好きです💝

これは、建築現場の「仮囲い」にアートを描くことで殺風景になりがちな工事現場をミュージアムに変えてしまう✨
だけじゃなく!
あとで仮囲いをリサイクルして、鞄にして売っちゃう。
というプロジェクトから生まれたものだ。
「全日本仮囲いプロジェクト」
という名前だったらしい。
お兄さんが障害を持っておられることで、幼い頃はいろいろと辛い思いをしたというお二人。だからこそ、「障害は個性だ」なんてことを無邪気に言わない。そこに、私は安心している。
2021年11月にシリーズAラウンドの資金調達をして、ミッション・バリューをアップデート。
あまりの急成長ぶりを見て、ただたが喜んでいた人たちの中から、心配の声が上がるようになったのを、私は自分の周辺で見聞きしている。
とくにファッションアパレルに進出したことで、消費されるコンテンツになってしまうのではないかという懸念や、前のほうが良かった、いまは嫌いといった意見も。
私も、皆さんが気にしていることはわかっているつもり。
だけど、ミッションである
「異彩を、放て。」
だけは、そのまま残したことに、創業者の気概みたいなものを感じるのと、本の中でるんびにい美術館の板垣崇志さんが寄せたコメントを読んで、いろいろあっても、大丈夫じゃないかと思っている。
(銀座田屋さんが手がけたネクタイのサンプルを見て)
これは原画の翻訳だ、と思いました。本来の作品を表現するには、絵の色彩と形をただ機械的に似た色の糸に置き換えるのでなく、どんな「織の言語」に置き換えるべきなんだろうと試行錯誤を繰り返し、織りの言語で作品を再構築する。この「翻訳」をした方のセンスと技術の卓抜。それはもう、尋常じゃないクオリティにものが目の前にありました。
でも、福祉に携わる人間の間では一般的に、福祉とビジネスを結びつけることは少なからぬリスクをはらんでいると警戒されていることは否めません。営利のために市場・マーケットの需要を喚起し続けなければいけないビジネスに、そもそも経済原理や生産性の尺度によって疎外されてきた人たちの作品をつないでいく。しかも、これまで福祉業界圏内にはなかった勢いで、爆発的に動き出したのがMUKUです。
私が、仕事で使っている名刺入れを、ルイ・ヴィトン製からヘラルボニー製にチェンジしたときのエピソードはこちら。
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