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読書「メインテーマは殺人」アンソニー・ホロヴィッツ

関東地方に本格的な積雪があった日曜日。
畑に行っても仕事にならないので、本日はどっぷりと本格ミステリーに浸っておりました。
選んだのはアンソニー・ホロヴィッツの「メインテーマは殺人」。前作「カササギ殺人事件」が面白かったので、次はこれと決めていました。前作は入れ子構造の作中作ミステリーで楽しませてもらいましたが、今回ご紹介するのは、洗練されたメタ・ミステリーです。今回の趣向は、アンソニー・ホロヴィッツ本人が「わたし」として、ワトソン役になるという大胆な設定。その裏側に隠された緻密な計算と、彼を取り巻く現実を巧みに取り入れた毒気たっぷりの魅力が炸裂するミステリーです。

本作の虚実入り混じったプロットを理解するには、まず作家アンソニー・ホロヴィッツのプロフィールを知る必要がありそうです。彼は、現代ミステリー界で最も「筆が切れる」エンターテイナーの一人です。彼の多才なキャリアは、ヤングアダルト小説『アレックス・ライダー』シリーズで世界的人気を博すところから始まり、ドラマ『刑事フォイル』の脚本でも高い評価を得ました。特筆すべきは「名探偵シャーロック・ホームズ」シリーズの正統な継承者:として、アーサー・コナン・ドイル財団から認められていること。これを受けて、彼はシャーロック・ホームズの新作(『絹の家』)の執筆をしています。そして、イアン・フレミング財団からはジェームズ・ボンドの新作の執筆を正式に依頼されるなど、古典への深い造詣と再現能力は折り紙付きです。この彼の輝かしいキャリアが、本作にはそのまま実名で反映されています。その他、スティーヴン・スピルバーグやピーター・ジャクソンといった、映画界のビッグ・ネームも登場。彼らと携わった「タンタンの冒険」などのエピソードもしれっと盛り込まれていて、思わずニンマリさせられます。もちろん、殺人事件に関する主要人物たちは、フィクションなのですが、物語周辺では、作家ホロヴィッツ自身が関わった現実がてんこ盛りなので、読んでいる方は、現実とフィクションの境界線がわからなくなってきます。気がつけば、もしやこれは本当に起こった事件なのではという錯覚に陥ってしまうという仕掛けです。
このメタ・ミステリーの手法は、既存のミステリーの枠組みを一度解体し、読者のメタ視点すらもプロットに取り込んでしまうという、作者のキャリアを憎いほど活かしきったウルトラCをやってのけるわけです。

本作(原題: The Word Is Murder)は、2017年に発表されました。
「このミステリーがすごい!」でも第1位(2020年版・海外編)。
日本でも2019年に翻訳されるやいなや、主要ミステリーランキングを総なめにし、先行する『カササギ殺人事件』に続く「ホロヴィッツ旋風」を決定づけました。
当時、海外ミステリー界では「人間ドラマ重視」の傾向が強まっていましたが、ホロヴィッツはあえて「フーダニット(犯人当て)の論理的愉悦」を前面に押し出して本作を執筆。そこに「現実の作家を登場させる」というスパイスを加えることで、古典的推理小説を現代的な「体験型エンターテインメント」へと昇華させた点が本作の読みどころ。

物語の幕開けは、あまりにも奇妙でアイロニカルな事件から始まります。資産家の老婦人ダイアナ・クーパーは、ある日の午前中、葬儀社を訪れて自らの葬儀の手配を済ませました。棺の材質からBGMに至るまで、細部まで入念に。しかし、そのわずか6時間後。彼女は自宅で絞殺体となって発見されるという展開。
「彼女は自分の死を予見していたのか? それとも残酷な偶然か?」
この謎に挑むのは、ロンドン警視庁を不祥事で解雇された偏屈な元刑事、ダニエル・ホーソーン。彼は、かつてドラマの仕事で知り合った作家アンソニー・ホロヴィッツに対し、驚くべき提案を持ちかけます。
「自分の捜査を本にしないか。取り分は折半(50/50)だ」
こうして、高慢で秘密主義の探偵と、彼に翻弄される作家ホロヴィッツによる、前代未聞の捜査が幕を開けます。

本作は単なる犯人探しに留まらない、重層的な魅力を持っています。まずは、「葬儀の手配」という究極のフック。ミステリーの「つかみ」としては、なかなか魅力的です。「未来の計画(葬儀)」を立てた直後に「未来を断ち切られる(殺人)」という構成は、読者に強烈な違和感を植え付けます。これは単なる衝撃展開ではなく、「死への予見」か「運命の皮肉」かという、論理的なパラドックスを提示しており、これがページをめくらせる強力なエンジンとなっていきます。しかし、この導入部の魅力はそれだけにとどまりません。ここには同時に、巧みなミスリードも仕掛けられていて、読者は知らず知らず作者の術中にハマっていくことになります。

本作で、なんといっても特筆すべきは、語り手であるホロヴィッツ自身の描かれ方です。彼は記録者として「すべてを知る創造主」ではなく、ホーソーンに文章を「間違いだらけだ」と酷評される、頼りないワトソン役を、自虐的に徹しています。そして、探偵ホーソーンに対しては、ホームズやポワロよりも偏屈で尊大という「劇薬」キャラを設定。探偵役のホーソーンを、決して「愛されるキャラクター」にしていません。徹底した共感拒絶:、遺族にも依頼人にも同情を示さず、殺人を単なる「パズル」として処理するという人物です。
しかし、こと捜査や推理には圧倒的な頭の切れを見せ、 靴の溝の砂から相手の行動を当てるような、ホームズ譲りの鋭敏な観察眼を披露します。「人格は最悪だが、能力は本物」というホーソーンの歪んだプロフェッショナリズムが、不思議と物語に緊張感とリアリティを与えています。

そして、捜査が進むにつれ、ダイアナ・クーパーが10年前に引き起こした悲劇的な交通事故が捜査線上に浮上。復讐の念は10年の歳月を経て、どのように熟成されたのか?過去の「不当な判決」疑惑もあり、これが現在の殺意へと繋がる構図となっていくのですが・・・。

『メインテーマは殺人』は、本格ミステリーが持つ「ロジックの美しさ」と、現代文学が持つ「メタ的な企み」が見事に融合した傑作です。ホロヴィッツが描く自分自身の姿に苦笑し、ホーソーンの無礼さに憤慨しながら、いつの間にか彼らが仕掛けた緻密な罠にハマっていく―。これこそが、読書という名の「事件」に巻き込まれる最高の醍醐味と言えるでしょう。
「優れた謎解き小説は逆再生に耐えうる」
かつてそう評されたように、本作もまた、結末を知った後で読み返すと、ホーソーンの不遜な態度一つ一つに隠された「真実」が見えてくる仕掛けです。

次々と現れる登場人物は、誰が犯人でもおかしくない。ホロヴィッツは、そこに様々なドラマを用意して、読者の推理を攪乱させます。

しかし、メインテーマを殺人に絞れば、はじめから真実はひとつしかなかった。作者はメタミステリーで読者を煙に巻きながら、気がつけば実にフェアに、読者に挑んでいることがわかります。

やはりこの人、タダものではありません。
イギリス本格ミステリーの灯は、永遠にホロヴィッツ !

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