【実話怪談】赤い糸
友達のSは、マイナーながら漫画家をやってて、何冊か単行本も出してる。
でも今は連載を持ってないから安定した収入が無いらしくて、デビュー前にお世話になってた漫画家さんのところでアシスタントしながら、空いた時間で自分の作品を作ってる状況なんだよね。
連載が無くなってからしばらくして、
「しばらく収入も少なくなりそうだし、もっと家賃が安いところに引っ越したい。」
って言うから一緒に部屋探ししてたんだけど、前に住んでたところの比較的近くに異常に安い部屋があったわけ。
練馬区で駅から徒歩5分程度の好立地。
風呂とトイレは一緒なんだけど、そこそこ広い2Kなのに家賃が4万5000円っていう物件だった。
けっこう古いビルに入ってる部屋なんだけど、一緒に見に行ったら室内はちゃんとリフォームしてあってキレイだったんだよね。
もともと畳だったっぽいけど全面フローリングになってたし、Sも大喜びで即決してた。
「ちょっと安すぎるし、もしかしたら事故物件なんじゃない?」
って言ってみたんだけど、不動産屋も別に何も言わなかったし、Sとしては幽霊でも出たら漫画のネタになるからOKってことで、さっさと契約しちゃった。
そのあとは土日に引っ越しの手伝いをして、無事に片付けも終わった。
それから一ヶ月くらいした頃だったと思うんだけど、休みの日にSがメールしてきた。
「この部屋、ほんとに出るわ。ちょっと話を聞いてくれない?」
そんな面白い話なかなかないでしょ?
すぐにSの家まで行って、詳しい話を聞いてみた。
ここからはSから聞いた話。
Sが寝てるとき、なんだか近くで人の声がして目が覚めたらしい。
目を開けてあたりを見回そうとした瞬間に金縛りにかかったんだけど、何かが目の前にウネウネしてるのが見えたんだって。
よく見てみると、細くて赤い糸が空中で動いてて、その様子を見てたら、その糸がどんどん増えていって、まるでワイヤーフレームのCGのように立体的な人間の左手の形になっていったらしい。
Sは学生時代もデザインを専攻してたし、寝ぼけてそんな映像を見たんだろうと思ったんだけど、その日以降、その現象が毎日のように続くようになった。
しかも、最初は左手だけだったワイヤーフレームが少しずつ増えていって、翌日には腕が、さらに次の日には肩まで出てくるようになった。
そこまで体ができてくると、腕の細さや骨格から、赤い糸によって出力されてるのが女性っぽいっていうことがわかってくる。
Sは、最初こそ戸惑っていたもののワイヤーフレームが増えていくのが楽しみになってきたらしい。
腕は相変わらずの赤いワイヤーフレームだけど、以前よりも作りが細かくなって、まるでSに手招きをしているように動くようになった。
そのたびに手を構成している赤い糸が寝ているSの上に垂れ下がってくる。
それに合わせて、女の声で何か言っているのが聞こえるようになってきた。
「……かった……」
「……たかった……」
しっかりとは聞き取れないけど、自分に何かを訴えかけているように聞こえたらしい。
ただ、この現象が起こらない日もあるらしくて、どちらかというと何もないほうが残念に思えるようになってきてしまった。
そしてある日、Sはワイヤーフレームの幽霊が何を言っているのか気づいた。
「あれはたぶん、『会いたかった』って言っているんだと思う。」
俺にメールを送ってきたときには、ワイヤーフレームから人間の肌に近い質感に変わっていたらしく、まだ顔はハッキリ見えないものの、若い女性だということはわかるようになっていた。
話を聞いていて思ったんだけど、Sはその幽霊のことを好きになりかけてたんじゃないかな。
女っ気のない生活をしてるなかで、毎晩のように自分に会いに来て「会いたかった」なんて言ってくれる若い女の子がいたら嬉しくないわけがない。
いや、相手が幽霊だっていうのが一番大きくてどうしようもない問題点なんだけど、漫画の題材としてもなかなかロマンチックなんじゃないかと思った。
幽霊の彼女の手から赤い糸がSに伸びてくるなんて、イラストの題材としてもなかなかイイ感じだと思うし。
「なんか『牡丹灯籠』っぽくない?もし幽霊が可愛い女の子だったとしても、そんなの毎日見てたらそのうちあの世に連れて行かれちゃうかもよ。」
そんなことを忠告しつつ、俺もちょっとその幽霊に対して興味が出てきた。
Sは引っ越してからその幽霊をしばらく見続けてるのに、別に体調を崩したり激痩せしたりしている様子もない。
生気を吸い取るような幽霊じゃなさそうだと思った。
何より、まだ顔はわからないとは言え、若い女の子の幽霊だったら俺も見てみたい。
その日はコンビニで酒やおつまみを大量に買ってきて、Sの部屋に泊まることにした。
Sの部屋は、引っ越した直後は多少なりとも整頓されてたはずなのに、もう足の踏み場もないくらいグチャグチャだった。
ベッドの上にまで荷物が置いてあるから床で寝てるんだって。
幽霊もこんな男の部屋よりもっといい場所があるだろ、と思った。
とにかくその日は酒を飲んだりゲームをしたり、その幽霊の話をしたりで盛り上がって、電気を消すころには午前2時くらいになってたと思う。
寝るのはSのほうが早くて、すぐにいびきをかきはじめた。
俺はなんとなく眠れなくて目をつぶってボーッとしてたんだけど、やっぱり幽霊のことばかり考えてしまう。
期待もあるけど、出なければそれでもいいや、と思ってようやくウトウトし始めたころ、異変が起こった。
まず、寝ていたSが急にうなされ始めた。
部屋にすごい違和感があって、空気が重くなって、背筋が冷たくなる。
わけのわからない恐怖を感じてSのほうを見てみたら、奴の前に誰かが立っているのが見えた。
たぶん、Sがいつも見ているワイヤーフレームの幽霊なんだと思うけど、俺には赤いワイヤーフレームは見えなかった。
そのかわり、下着姿に近いような薄着の女が見えた。
服はびっしょり濡れて肌にくっついてるし、髪の毛からも水が滴っている。
そして、左手をずっとSのほうにかざしながら何かをつぶやき続けている。
よく見ると、赤い糸が女の手からSの体に垂れ下がっているのが見えた。
体を動かそうとしても動かないし、とにかく冷や汗がすごい。
女はSに左手を見せて大げさに動かしながら、特に感情が感じられない声でずっとつぶやき続けていた。
最初は何を言っているのかわからなかった内容が、少しずつ鮮明になってくる。
「……かった……」
「……たかった……」
「……いたかった……」
「……いたかった…いたかった…いたかった……」
幽霊は、Sに会いたかったわけじゃなかった。
左手首からずっと流れ続けてる血を見せながら、「痛かった」と訴え続けていた。
朝になって起きたSは、幽霊が出てきていたことには気づいておらず残念がっていた。
ちょっと悩んだものの、俺はゆうべ見たことを正直に伝えて、引っ越したほうがいいんじゃないかと伝えた。
それ以降、俺はSの部屋には行っていないし、ちょっと行く気もしない。
でも、Sはいまだにその部屋に住み続けている。
