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覇者アンブレラ

先日、小学校の音楽祭に行った。

まだ幼稚園の香りが残る一年生の歌声は実によい。
あの、毎日がはちゃめちゃだった頃の記憶がふっと蘇る。頭髪の薄い天使が手を振っていた。自然と頬がゆるむ。
高学年の合唱には、今だからこそのハーモニーがあった。ソプラノ、アルト、テノール、バス。成長のグラデーションが絶妙なバランスを支えている。うちの長男はバスだ。スズメのような声色で「たたぁん」と愛らしかったはずが、今や私を呼ぶその声は、スズメを喰らう野武士である。落差に震える。

胸を張って退場していく子どもたちの背中を見送りながら、なんだか妙な高揚感が残った。

いいものを見せてもらったぜ。

あばよ。


音楽祭が終わり、ふと体育館の壁に貼られた「歴代の陸上競技記録」に目がいった。

走り高跳び男子 一四〇センチ 平成三十一年・高村潤。
百メートル走女子 一四秒六五 令和二年・鈴木麗。

「やっぱり最近の記録ばかりだね。さすがに昭和はないか」
隣の妻にぼそっと言う。

「そりゃねぇ。平成、平成、令和、平成、平成、昭和、平成、令和──えっ、昭和?」
年号を読み上げる妻の声が、有名人でも見つけたように浮足立った。

「ええて、行こ」

昭和って千代の富士の全盛期だぞ。
そんな古の時代から破られない記録なんてあるはずがない。
ウルフの記録だって追い抜かれたのだ。
つまらない冗談で、音楽祭の余韻を壊さんといてくれ。
そう思って歩き出そうとしたところで、腕をつかまれた。

「ちょっと待って。ある、ある。昭和。ほんとにある」

「うそつけぇ。種目、何やねん? パン食い競争?」

てっきり冗談だと思って適当に返したのだが、本当だった。
妻の指差す場所にあったのはこうだ。

一五〇〇メートル走女子 六分五八秒 昭和六十一年・狩俣智子。

昭和六十一年の記録である。

CHA-CHA-CHAである。
男女7人である。
さんまさんの「好きやねや」である。
おかんが洗濯をたたみながら見ていたやつである。

体育館の片隅に、時空の歪みを見た気がした。

マンモス校ゆえ、少子化の今でも児童数は千名を超える。
毎年千名もの生徒が記録会でタイムを競うのだ。
四十年で延べ五万人は挑戦したであろう。
そしてそのすべてを返り討ちにしたのだ。
そう五万連勝である。
相撲の神様・双葉山の六十九連勝が霞むほどの連勝記録。
さらに五万戦無敗。
宮本武蔵も裸足で逃げ出すほどの無敗記録である。

智子さんの名は、令和七年の今も、ただ静かにそこに君臨し続けている。
あっぱれ智子さん。

“歴戦の覇者”に一礼し、我々は体育館をあとにした。



その帰り道、ポツポツと雨が降り出した。

「ほらね」と言って、妻が得意げに傘をさす。私は癪だと思い、しばしそのまま歩いてみたが、雨足の強まりとともに観念し、黙って傘を開いた。

「傘があってよかったでしょ」妻が大声で言う。幾分弾んでもいた。

「ほんと。これが発明されていなかったら、いまだに笠地蔵だったものね」

「笠地蔵? ああ、藁の笠? あれ蒸れるし…って違うわ! “持ってきて”って意味!」

「え? なに? 聞こえん」

「ちょっとぉ、感謝しなさいよぉ」

「感謝してるよ。傘を発明した人に」
そう言って、自分の傘を見上げた。


傘を発明した人? いや、知らんがな。
エジソンか、そうでなきゃ万物の天才・レオナルド・ダ・ヴィンチだ。
渦巻き型のヘリコプターのスケッチを描いてたな?
あれが原型でもおかしくない。

うむ、きっと傘はモナリザの隣で産声をあげたのだ。
そしてシルクロードだかシルクドソレイユだかを経てジパングにやってきた。

では、いつから“今の形”になったのだ?
そういえば、浮世絵にはすでに現在と同じ姿の傘が描かれていたはずだ。
社会科の教科書の巻頭フルカラーページで見た記憶がある。
カラーが貴重だったのか、詰め込みすぎて情報が渋滞しているページだ。
最後の晩餐の隣に、肘をついた口髭のニーチェがいたりする。
キリストの真横で「神は死んだ」とは言えまいて。
そんなカオスの中に、浮世絵もあった。

……いや待て。
その浮世絵、富士山と波だった気がする。
となると、見たのは花札だったか?
いや、この際なんだっていい。

とにかく、少なくとも江戸から令和七年の今に至るまで、傘は、何百年ものあいだ同じ形なのだ。
しかも、変わらず雨具界のトップに君臨している。

よくよく考えてみると──
こいつ、雨具界の覇者やん。


チャリン、チャリンと自転車が近づいてきたので、道を譲った。
合羽を着込んだ中学生が、雨の中を走り抜けていく。

そのとき、妻のスマホが鳴った。
片手で器用に大きな画面をタップしている。


……そうか。
傘は、ただ王座に胡座をかいていたわけではない。
挑戦者が、たしかにいたのだ。

最強の刺客。
──雨がっぱ。

両手がフリーという絶対的利点を掲げ、雨の日でも自転車に乗れる万能選手だ。
ところが、その利点を帳消しにするように、傘陣営は奇策を放つ。
誰が考えたのか、執念か悪ふざけか、自転車のハンドルに傘を固定する禁じ手が登場した。その名も“さすべえ”。はい、ふざけ。“べえ”は、ふざけとる。会議に出席したおじさんたち全員クビや。

だが笑いのわかる大阪のおばちゃんたちに、これが爆発的にウケた。
雨の日はもちろん、美肌を守るシミ対策にもと、こぞって装着した。

気づけばキタもミナミも富田林ですらも、傘を“さすべえ”したチャリンコであふれていた。ヒョウ柄と相まって、サファリさながら。カッパの出る幕なし。勝者、傘。

ここまでして王座を守り抜く傘の貪欲さよ。

……さすが、歴戦の覇者である。


そもそも傘の起源は、紀元前のエジプトや中国にあった“日よけ”だという。
試しにAIに聞いてみたら、ダ・ヴィンチじゃなかった。少々がっかりしたが、まあ仕方ない。

王の頭上を守るための道具が、いつしか庶民の雨具となった。
そしてその基本の形は、四千年ものあいだ、変わっていない。
時代が何度変わろうと、挑戦者がどれだけ現れようと、傘はただ勝ち続けてきたのである。

だが、そのすごさには、文明を進めたとか世界を変えたとか、
そういう派手さはない。

むしろ、当たり前すぎて、誰もすごいなんて思わない。
あって当たり前。空気のように、普段は誰も意識しない。

ここまで長く生活に溶け込んだ道具が他にあるだろうか。
いや、ない。


「もう、傘さしてるとスマホ打ちにくい。さしてても濡れるし!」
妻がその場で小さく地団駄を踏んだ。「もう、コンビニよる!」

何が“もう”なのかは知らんが、仕方がないのでついて行く。


人は「傘のない世界」を知らない。
だから傘への感謝を忘れ、「傘って、さしてても濡れるからイヤ」
などとのたまう輩まで現れる。

そして雨が止もうものなら、あちこちに置き忘れるのだ。
電車の忘れ物ランキングでは、永遠の一位。
いずれ特異的傘健忘症候群とでも病名を付けて、悪徳精神科医がしれっと飯の種にするぞ。


「これだけ返信しちゃうね。コーヒーSサイズ、買ってて。あっ、濃い目で」
妻はスマホから目を離さずに指示を飛ばしてくる。
仕方がないのでコーヒーのカップを買い、機械に置き、液晶メニューをタップする。
ガガガと豆が挽かれ、ちびちびとコーヒーが注がれてくる。

このタイプのコーヒーが出だした頃は、飲むたびに「じぇじぇじぇ!?」と感激していたっけ。
引き立ての香りも、口に含んだときの酸味も、
「中、バリスタおるんやろ?」が流行語大賞を獲る、と本気で信じさせてくれた。そんな時代だった。

「ありがと。行こ」
妻はコーヒーをひと口すすって外に出た。
「雨、あがってるね」

「だね。コーヒー、うまっ」

「でしょ。濃い目が正解」



四十年、じっと記録表に佇む智子さん。
四千年、姿を変えぬまま生き延びた傘。
どちらも紛れもない歴戦の覇者だ。

だが分かっている。いくら傘の凄さを掘り起こしてみたところでダメなのだ。

人は派手なものに目を奪われがちだ。
インターネット。SNS。AI。
突如現れる時代の寵児たちは、世界を一変させる。
とてつもない偉業であり、あれこそ天才的発明だ。

傘は違う。傘は世界を何も変えない。
閉じても開いても、天才のフォルムにはならない。

それでも私は、当たり前すぎて見過ごされてしまう何かに、そっと思いを馳せられる人でありたい。
そんなふうに思った、音楽祭の帰り道である。



空になったコーヒーの容器を片手に、玄関を開けた。

「ただいまぁ」

「ただいまぁ。傘広げて乾かしてね。って……傘は?」


あっ。


「コンビニだ」

「全然馳せれてないやん」

私たちは雨の上がった道をもう一度歩いた。




*登場する人名や記録は架空のものです。

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