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8年毎日全身着ていたビンテージショップが閉店


8年毎日全身着ていたビンテージショップ(古着店)が閉店した。ユニクロとしまむらしか着ていなかった私がこの店の常連になった経緯は5年前以下noteに書いた。かなりの反響で、このnoteをきっかけに古着店“SOME”には全国からお客さんが訪れるようになった。

(視覚で振り返る《8年間》)

2017(ユニクロしまむらZARAイオン)
2020(通い出して3年)
2025.3(今年)
2025.5(閉店前日)

「これから何着るの」と友達にも親にも心配された。まじで毎日全身(靴下まで)SOMEだった。そんななか2025年5月末、ほんとうに閉店した。燕の巣が先月から駐車場の屋根の内側にできていて4匹の雛が今日も大声で鳴いていたけど、あの雛たちが今すぐあの巣を奪われたら途方に暮れると思うけど(ていうか死ぬか)、私も一瞬そんな感じになりそうだった。まだ雛なんですけど?!?!ねえ閉店?!ほんとうに?!?!と焦ったけど、閉店前日もお店に顔を出して、それで本当に閉店してしまって、私はこの8年を振り返って色々なことに気づいた。そのことを書く。

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似合わせの呪いは爆破


数ヶ月前、パーソナルカラー診断などを生業とする女と話す機会があり、何気ない雑談のなかでいきなり女は私に「髪短いほうが似合うし前髪あげてるほうが似合いますよ」と言った。一瞬何が起こったかわからなかった。私は髪が長いし前髪もあげてない。こちらから何も聞いていないし、聞く気もないのに、その女は勝手に私に自身の“似合わせ”の法則に基づいた似合わせ論を振り翳してきたのだ。

こういう人には、こういうものが、似合います!ほら、顔が小さく見えるでしょう?こういう人には、こういうものは、NGです!ほら、太って見えるでしょう?こういう人には、こういうものが、効果的です!ほら、ぐっと若見えするでしょう!骨格!春夏秋冬!うるせえ

そのパーソナル診断の女をやり過ごしながら私は「こんなやつほんとにいるんだ」と思った。(望んでパーソナル診断を受けることは自由だけど望んでない人に診断を下すなんて)そういうことを一方的にするのは思い出の中の実家の誰かとかだと思ってた。

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ちがう。8年着続けたビンテージショップSOMEの話だ。SOMEのオーナーはかずよさんという。かずよさんは私が試着室に持ち込む服に「これ似合いそう!」とか言わなかった。いつも私の「これかわいい!やばい!」とかに「かわいいですよね〜〜」と返し、私の「え〜〜〜なにこれ好き!」に「好きそうって思いました!」とかを言ってくれた。かといって私が着方に迷う服には具体的に幾つも着方を考えてくれた。“かわいいですよね!好きそうって思いました!とっときます?やめときます?やっぱりそれいいですね!!”

私が私の中で何を好きで何がかわいくて何が欲しいか、どれを着た自分が好きでどれは要らないか、私から出てくるそれらを、かずよさんは邪魔しなかった。服を売られたという感覚は多分一度もなく、私が「何を好きか」自分で知り直すことを補助しつづけてくれた。


白なんて似合わないし柄に柄とか馬鹿みたい


実家の母とは今は仲がいいけど、昔は恐怖だった。大手百貨店の洋服店で販売員をしていた母なので、一層彼女には「正解」があった。私が中学のとき春日井のサティで憧れの『3年2組』というブランドに入り勇気を出して白いコートを手に取ったとき「白なんて似合うわけないでしょ」と母に言われた。タートルネックなんて似合わない、黒とか深い色が似合う、髪は短いほうが似合う、なんでそんな馬鹿みたいな服着てるの、そんなピンク膨張して見えるよ、柄に柄なんて合わせないでしょ。


閉店2ヶ月前。最後にちゃんと予約して、90分買い物をした4月。(SOMEは数年前から予約制になった)私が手に取ったのは、白い服だらけだった。この年始に思い切って白い透ける服を試着したとき、好き...!!!!!!!!と思ったのだ。白を着ている自分が好きだった。白を着ている自分が好きということを私は2025年まで知らなかった。


究極、「好きな服を着る」が一番正解なのに、そうやって親族や知らん女のお節介とかイエベとか骨格ストレートとか色々が示す「似合う」のほうが、正しく感じさせられる。なぜか生きれば生きるほど「好き」は、そういう土砂のような情報に埋もれる。春日井サティの3年2組で発光するように白いコートに向けたあの手のように真っ直ぐは伸ばせなくなる。うるさいうるさいうるさいうるさい好きな服を着させろ、と35歳くらいで思った時には「はて、私は何が好きなんだっけ?」と、もうわからなくなる。私も、ほとんど壊死してた自分の感覚をかろうじて復活させたのが8年前の試着室で、SOMEに初めて入り、温かく迎えてもらえたことで、それを着て鏡をみたとき、うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぶねえええええええええええええええええええええええええええええ好きな自分はこういうのだったそうだそうだ私はこれが好き、わたしはこういうのが好きなんだってえええええええええええええええええええええええええええ!と、蘇生したのだった。蘇生から、壊死した部分に血を通わせ、どんどん回復していった。盲点だったけどそれが出来たのは常にかずよさんが狂気的にかわいい服を扱ってくれていたからだった。一見日常的でない素材や、インパクトを持つものでも、とんでもない愛らしさがあった。各国から仕入れられているそれらはすべて手入れされ、さらに自宅洗濯機で洗えるものばかりで、ちゃんと生活に馴染む商品だった。そのうえSOMEはコロナ禍完全予約制になった。事前に伝えた好みや希望に合わせて自分専用の服で店内を埋めてくれるのだ。そこには希望の枠を超えた冒険的なものも並んでいた。かずよさんは私たちの「好き」を蘇生させ広げ育てるため、どれだけ工夫をしてくれてたんだろう。このnoteを書き始めたとき私は、8年間でこんなに進化しました〜!って成長譚を綴ろうと思ったのに、書けば書くほど、その根底にかずよさんの信念や動きや努力があったのか。


好きなものを着ると何がいいの?


好きなものだけを着て生活すると時間やお金の使い方も変わる。一つ一つの選択に妥協がなくなる。子育てはしてるものの、フジロックにいこう。イタリアに行こう。そのために稼ごう。たのしい、嬉しい、自分が頼もしい。焦って「とりあえず」のものを買わなくなる。気づけば部屋もかわいい。《センスが良い人ってなんなんだろう?》と今まで考えてきた。その最低条件は「とんでもなく好きなものしか身につけない」ではないか?と感じる。妥協を許して見過ごさない。それは、嫌なことを言ってくる人、してくる人、との関係を断つことにも繋がる。「朝にどんな服を選ぶか」はその1日の、その一年の、その一生の、色々な選択の真髄につながる。自分の選択を好きになれる。


ところで「ありのままの自分を愛そう!」という暴論もこの場で消滅させたい。無茶苦茶な標語だと思う。たとえば「ありのまま」の自分が吉岡里帆とかだったら私だって愛せるけど、大抵そうではない。同僚や教室にいたら「できれば友達になりたくない」と感じるような見た目や性格である場合、急に愛せない。でも、結局自分のことを苦手より好きなほうが楽ではある。となると私たちにできることは、無理に精神を矯正して「ありのままを愛す」とかではなく、正確に自分を「自分の好みに変える」ことだと思うのだ。SOMEに通って8年経って、かなり自分が自分の好みになっていたことに気づく。やや嫌な友達とお茶してそいつの声の端々に苛立ち不幸を願っていた頃の自分は卑屈でつまらなかった。そうでなく好きな服を着て好きな友達たちと会ってその子の嬉しい話に心から喜べる今の方がかなり良い。かずよさんの今回の選択は、かずよさんがこれからしたいことのためにかなり必要で、だからわたしは閉店の話を聞いたとき、寂しいと同時に嬉しかった。かずよさんの奔走のおかげで私は私の好みに近づけました快挙です。贅沢で甘え続けた8年でした。書きながらやっとそれに気づいた。



8年の間、何度も「その服どこのですか」と声をかけられた。最初は信じられなかったけど「かわいいですね」とほんとに良く言われるのだ。コーヒーショップで知らないお姉さんに「その上着かわいいですね……」と、初めて声をかけられた瞬間「そうなんです!」とすぐ返していた。そうなんです。私の服、全部可愛いんです。だって可愛いものしか買ってないから。可愛いものしかないお店で、そこの服しか着ていないから。

ZARAに行った


SOMEが閉店して、1ヶ月後。わたしは岡崎のイオンにいて、そこで友達がZARA見たいというので一緒に入った。ZARAに入ること自体10年ぶりくらいだったと思う。入り口付近には使いやすそうな、この季節ぽい、さらっとした薄手のトップスや可愛いスカートとかがあった。私には関係ない服たち…という目でやり過ごしながら、でも奥に進んでみたら、意味不明なサマーニットがあった。え?…かわいいのでは?意味不明なサマーニットは、2500円だった。黄色くて派手で素材が軽くて可笑しくて意味不明で、売れ残っていて凄まじいセール価格になっている。でも私は自分がこれを好きとわかっていて、それともう一つ、花柄の意味不明な形のトップスも手に取って試着室に行った。試着室のお姉さんは番号札を渡すだけで何のコメントもない。それで、試着室で黄色いサマーニットを着て(サマーニットではないかもしれない)鏡を見たらとんでもなく好きだった。花柄の方は着てみたら微妙だったから返した。黄色いほうだけ買うことにした。レジはセルフだった。SOME以外で自分の服を買うことは8年ぶりだった。誰にも何も目を向けられないまま、お会計のボックスみたいなのにパッと黄色い服を入れたら、すぐ支払いができた。自分で紙袋に服を入れた。ラッピングもされない。黄色い服がそのまま入った紙袋を持った右手を振ってイオンの中を友達と歩いた。その2週間後、大阪万博でその服を着た。かわいかった。実はかずよさんは結構ZARAとかを着ていた。GUのときもあった。かずよさんはビンテージ服しか着ないとかじゃなく、本当に着たい服を着たいように生活に取り入れていた。ZARAに行けた。好きな服を自分でZARAで買えた。

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7月16日水曜日。今朝、駐車場の屋根下の巣に、なんと燕が一羽もいなくなっていた。巣立ったのだ。ほんとに突然だった。こんな大雨の日に行かなくても良かったのに、あんなに鳴いてた雛は一匹もいなくなってた。親鳥たちももちろんいない。実はすこしまえ、指先くらいの大きさの雛がその巣から落ちて地面で死んでしまっていて近くの土に埋めに行った。それは3週間前だった。あんなに小さい状態から生き残った4匹はもう巣から溢れるくらい大きくなった。SOMEのことをこのnoteに書いたり消したり書き直しまくった3週間、自分の話からかずよさんへの感謝文になり、いままさに締めるぞという時に燕のことを書いている。意味不明。まさか今日旅立つなんて知らなかったから。こうやって日々、小さかったり大きかったり色々起こる。7月は体調もかなり悪く、不眠症になったり壁から落ちたりロンドン行きのチケットを買った。日常はこうして、どこを切り取っても色々ある。今日はきらきらのシルバーのトップスを着ている。

汎用性のある内容を書いたほうが需要あるから「ユニクロ着まくってた主婦がこんなに服選び変わりました〜〜〜」的な方向にしたらいいのだろうが残念、汎用性ゼロの内容になりました。このnoteを読んで「真似したい!」と思っても、もうお店はないため無理。二度と同じ経験はできません。あの日勇気を出してお店に入って良かった。それで家にある服全部を捨ててよかった。好きな服を着ること、好きじゃない服は一切持たないこと。それをあの日はじめて良かった。

7月17日
朝、ふつうに、燕たちが、また巣にいた。どういうこと

飛び立てよ


おわり

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(追伸)
今回のnoteもSOMEかずよさんになんの断りもなく書いていますが、勝手に宣伝します。かずよさんのインスタは@some_kazuyo です。服に関するあたらしい取り組みも始めているそうなので、ぜひ気になる人はみてください!

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