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映画『アイアンクロー』パンフレット解説。

 映画『アイアンクロー』は、日本のプロレスファンにも広く知られる『エリック家の呪い』を描いた劇映画だ。

 プロレスの名門・エリック一家の創始者フリッツ・フォン・エリックは1929年生まれで97年に没した。
 彼の子どもたちは二世レスラーとして活躍したこともあり、現在50代以上のプロレスファンにはポピュラーな存在だ。
 フリッツは1954年にプロレスデビュー、ドイツ系アメリカ人であることから世界史上最凶の組織であるナチスのギミックを装ったヒールとして、デビュー時から悪役に徹する。
 195センチの巨躯から対戦相手の頭蓋骨を鷲掴みにする「アイアンクロー」を必殺技として生み出し、全米での人気を決定づけると1966年には力道山没後3年の「日本プロレス」に初来日を果たす。

 日本では愛称を『鉄の爪』と呼ばれ、初来日からメインイベンターを務め、当時の日本プロレスのエースであったジャイアント馬場の好敵手となる。
 1962年生まれで、現在61歳のボクはフリッツ・フォン・エリックの姿を白黒の怪奇派として覚えているのは、70年代以前に田舎の倉敷の実家で白黒テレビで見ていたからだ。

 しかし、その後も全日本プロレスには要所要所に参戦し、1975年7月25日に日大講堂で行われたジャイアント馬場とのテキサス・デスマッチは凄惨な流血戦となり、最後の来日となった1979年には1月5日に川崎市体育館でジャンボ鶴田の「試練の十番勝負」最終戦の対戦相手を務めた。

 第二次大戦後のプロレス興行に於けるナチギミックはヒールの大勢を占めており、フリッツはタッグ・チームもそのギミックの先達であるハンス・シュミットともタッグチームを組み、1950年代後半からは「弟」という設定のワルドー・フォン・エリックとの兄弟タッグでも「悪名」を売った。

 60年代から80年代にかけてのアメリカの興行は全米に世界一のテリトリーを持つNWA、ニューヨークを拠点とするWWWF、ロスを中心に西海岸を収めるWWA、そしてミネアポリスが基盤のプロレスラー兼プロモーターのバーン・ガニアが長く君臨したAWAという4大メジャーに区分けされていた。
 フリッツは全盛期にAWA地区で人気レスラーになり、1963年の第9代目のチャンピオンになり、それが彼自身のキャリアハイとなると同時に格上のNWAの王者になれなかったことは禍根を残した。
 70年代には後に終の棲家となるテキサス州ダラスに定着するとNWA傘下のローカル王者となりプロモーターを兼業するようになる。81年には自社の団体名をCCWAに改名しオーナーに就任、82年にはレスラーを引退し、団体の経営に専念する。

 80年代のエリック家はWCCWのボスとして黄金時代を築く。フリッツの息子たち(ケビン、デビッド、ケリー)が団体のエースを務め、強力な助っ人であるブルーザー・ブロディを傍らに置いた。
 ヒール陣営でファビュラス・フリーバーズ、ジノ・ヘルナンデスらが活躍しており、NWA世界ヘビー級王者のハーリー・レイスやリック・フレアーも招聘して北米有数の繁栄テリトリーとした。
 なかでもケビンとグレッグのエリック兄弟とフリーバーズの抗争はドル箱カードとなった。

 その時の模様がこの映画に描かれているがレスラーを演じる俳優たちのパンツの着こなし、ベルトの巻き具合までファンから見ても絶妙である。
 エリック兄弟の日本での活躍も華々しく、グレート小鹿、大隈元司の持つアジアタッグに初挑戦で強奪したのも忘れがたい。(子供心にもアジアタッグをテキサスで巻く意味があったのか大いに疑問に思ったものだ)

 リング上のスポットライトの一方で一家には不幸の影が付き纏う。
 長男のハンスが幼くして不慮の事故により夭折。その後、デビッドは日本でシリーズの始まる前に急死。(全日本プロレス中継ではブルーザー・ブロディが献花する様子が冒頭に流された)そしてケリー、マイク、クリスと息子たちがことごとく死去したため「呪われた一家」とも囁かれた。
 しかも、ケリー、マイク、クリスは自殺であった。
 健在なのは次男(フォン・エリック兄弟としては長男)のケビンだけとなり、彼がこの映画の語り部の役を担っている。

 この映画は「事実に基づいた作品」を謳っているが、実際には、ひとつだけ大きな事実の歪曲がある。
 フリッツには六男もいたのだが映画では描かれていないのだ。5男、末っ子のクリスは69年生まれで91年に自死を遂げている。個人的には彼の姿を見た時、他の兄弟に比べて背が極端に低いのが気になっていた165センチほどであった。同じく短身小躯のボクは彼のレスラーとしての行く末を案じていたが1991年に農場で拳銃自殺を遂げていた。
 これらの史実に対し、この映画ではこの6男の存在は最初から描かれていないのだ。 
 監督は「これ以上の悲劇に観客は耐えられないだろう」と判断して、あえて事実を改変したのだ。ドキュメンタリーであるならば、その改鋳は認められなかっただろう。

 本作のテーマはその悲劇の裏にあったものを描くことだった。
 息子たちの死は果たして偶然の連続に過ぎなかったのか?
 物語が進行するのはハリウッド映画のスタローンとシュワルツェネッガーが象徴するマッチョ全盛時代である。アメリカンドリームと父権が共存した時代だ。
 父の夢を叶えようとする息子たち。
 感動的な物語のようで、背後に見え隠れするのは、プロレスに限らず全米のスポーツ界におけるステロイドの蔓延とその副作用、さらに成し遂げられなかった栄光を子供に託す「毒親」の存在だ。

 ボクの持論ではあるが「プロレスとは人生の縮図であり、リング上のレスラーとは死なない限り覚めることのない夢の途中である」と定義している。
 王座を目指すという虚構を演じる息子たちは、薬漬けの筋肉肥大とともに自意識肥大を重ね、肉体と精神を病んでいく。
 一方の父親は絶対権力者として君臨したまま夢から覚めることなく、観客には歯がゆいほどに子供と妻の魂を鷲掴みに出来ないのだ。
 子どもの死すら弔い合戦とし、不慮の事故による義足の姿すらも、興行に利用しようとする。

 父親をヒーローとする子供にとって不可侵の父親像──。
 ボクが日本で描くとしたら、4人の息子に自分が本来なりたかった職業を託した故・石原慎太郎を思い浮かべる。長男は政治家、次男は俳優、三男は銀行家、四男は画家。かの芥川賞作家は、自分が抱いた理想を子供に強いてはいなかっただろうか?

 昔から「事実は小説より奇なり」と言うが、「事実は映画より奇なり」と言うべき現代の家族の悲劇を描いた本作は、「呪い」という名の都市伝説として流布されていくのではなく、後世に語り継ぐべき普遍的な物語として映画史に刻まれた。

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