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#千原ジュニア【博士と虎人舎の日記】25年1月25日(土曜)千原ジュニアとライブ『14歳』in浅草東洋館(旧フランス座)and打ち上げ。酔生夢死。自分史の「星座」に酔っている日記。



9時起床。よく眠れた。

最高裁の「棄却」の書類が
顧問弁護士の佃先生から届いた。

スイッチが入っているし、
まだまだ闘志はあるのだが……。

「今は、その時ではない!」

今後の裁判を巡って、
内田樹先生とメール交換。
反訴に関しては、今は保留する。

金銭的にはかなり大変だ。

10時半、若林凌駕来宅。

二人でボクのブログの日記上にある、
「千原兄弟」の記述を全部、割り出す。

全190件もある!!

しかし、老齢の忘却と戦いながら、
ファクト付きの思い出話をするのに、
日記ほど役に立つものはない。

むしろ、最近は「感情」を書いていないのだな。

千原兄弟について初めての記述があるのは、

1998年だ。

 千原兄弟のビデオを3本見る。
 想像より面白いし、
 ビデオ(舞台演出)のクオリティもお笑いとしてはハイレベル。
 ビデオタイトル「金龍飛戦」の最後のJrのナレーション。

  ~僕が 死ぬ間際に見る 
  頭の中がぐるぐるまわる
  思い出の中には
  「金龍飛戦」が必ず入ってる 
  だから きっと僕は 
  彼のように
  笑いながら死ねるんだ~

 千原兄弟が、ある時点から、
 テレビ的なブレークが遅れてるように見られ、
 それが、彼らの性格や気難しと深味を
 誤解されていくものの要員の一つには、
 こういう台詞にある。
 「お笑いだけが好き」なことは宣言済みであるはずなのに、
 「お笑い以外のもの」がここにはある。
 それはコアな客には実に魅力的な面でもある。

 マラソン選手の実績(記録)より、
 その遺書の方が大きな意味を持ってしまう、
 円谷選手みたいなものか?
 でも「この世界で一番になる」って決意は、
 外に語っていかない方がいい。
 ~と思うよ。そう思っているにしても。

 って僕がこんなことを書くのも本来のお笑い以外なことである。
 お笑いなら、邪魔で書かないほうが良いことだ。
 浅草キッドの最大の敵は
 自己批評だと雑誌で言われるくらいなのだから。
 (そんなことは、自分でよ~くわかってるのだけれどもね)
 最近の結論は、
 考えて考えた末に「考えないこと」が一番良いことなのだ。
 そこに身を任せる。そしてやるべきことはやる。

 「龍飛戦」の後、
 渋谷「龍飛」で食事、顏合わせ。
  
(個々を凌駕君に、
 全文、読んでもらうはずだったが……
 本番は流れてしまった。
 つまり、この日が千原兄弟に初めて会った日だ)

原田専門家、金剛さんも合流。

原田くんと千原ジュニアとの
大阪NSC時代のエピソードに
興味津々。

原田くんも深く関わっている。

台本にエピソードを足しまくり。

「便所は宇宙だ」シリーズに書かれた、
原田くんのエピソードの一文を探すために、
原田くんは、お家へ一旦帰る。

ギリギリまで作業を続ける。

なだぎ武くん、山田ルイ53世との
エピソードも進行台本に加える。

15時発。大荷物を車(SAKURAちゃん)
に詰め込み、
浅草へ向かう。

もはや、緊張感で、
気も漫ろの凌駕の運転で。

このイベント、ソウルドアウトになってから、
チケットが一枚キャンセルが出た。

「最後の一葉」ならぬ、
チケットの「最後の一枚」。
この一枚を買ってくださったのが、
講談社の編集者の「阪上大葉」さんであることを
皆に伝えるのだが、
ボク以外は誰も知らないので、
「阪上大葉」さんについての
解説だけの会話になる。

そして、ネタ合わせ時間がなくなる(笑)

後部座席は見た目が反社にしか見えない。

16時半。浅草東洋館前に到着。

そして中継スタッフが集まる。

即席漫才ユニットの「14歳」の初舞台。

凌駕と記念写真。

東洋館の向かいに、
日テレの「月曜から夜ふかし」の撮影クルーを発見。

こちらも志願して取材してもらう。

これで3度目だ。

一回は没。
一回は三木太と一緒に採用された。

ま、使われても
せいぜい、2分なのはわかっているのだが……。

テレビの撮影の様子を撮影するスタッフ。

入場。リハーサル。

19時10分、ジュニア入り。

ジュニアの導線の裏入口。

東洋館で一年過ごした、
ボクでも、この階段があるのを知らなった。

ジュニアとマネージャーを連れて、
フランス座館内、便所、楽屋、
そして屋上を一通り案内。

劇場の裏道を
「段差ー・イン・ザ・ダーク!!!」
とジュニアに言いながらも、
何度もボクが躓く。

屋上は、殿がタップを練習した場所。
Netflix版「浅草キッド」でも描写された聖地だ。

そして、今日のプレゼントに、
「ビートたけしのANN 10年分完全録音版」
を手渡しする。

一応、限定10個のものだ。

19時20分。前説。

ドルフィン三木と長谷川かいま。

19時35分。

OPのMV、THE HIGH-LOWS
「十四才」を上映。

配信組には音楽は流れないが、
歌詞は流れる構成、工夫をしている。

しかし、ボクと凌駕にとっては、
初舞台の出囃子なのだ。

この曲を心のなかで「出囃子」にして。
漫才コンビ「14歳」の初舞台へ。

本日のゲストのジュニアを呼び込み。

ボクとジュニアは10年ぶりの対面。

BSフジテレビの格闘技番組、
「巌流島」のゲスト以来だ。

若林凌駕は完全に初対面。

そして人生で最も憧れの人だ。

23歳の時、ビートたけしと対面した時、
ボクは震えが止まらなかった。

初対面の挨拶。

このまま、
マイク前の「3ケツ」でいくかどうか、
壇上で迷うが、せっかく作ってきた、
「段取り」なので着席する。

着席。

三又又三の話だけで30分も使った。
三又又三の好感度は爆あがりだ。

原田専門家の話にも、
ジュニアが優しすぎる。
(泣きそうになった)

ジュニアが観光大使をしている、
宮古島の話へ。

宮古島で「引きこもり」をしていた若林凌駕。

いつか、宮古島で、14歳にしてもらおう。

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エンディング。

エンディングテーマVTR。

T字路ズ「はじまりのものがたり」
(若林凌駕選曲)

この選曲には、
ジュニアも幕間でじっと見ていた。

終了後、
楽屋見舞いの時間に。

西寺郷太くん。コトブキツカサ、
編集者の米澤さん。

そして、
小学校の同級生だった、
東京ガスの笹山晋一社長が訪ねてくださる。

ボクはこんなに炎上中なのに……。
東京ガスがスイッチを入れたら……。

OP映像の冒頭は笹山くんとの2ショットを使ったから、
今日、お誘いしたのだ。

50年前のふたり。

「50年ぶりですね!」
とボクが一方的に言いながら、
笹山くんとの立ち話の昔話。

しかし、新事実が明かされる。

ボクと笹山くんは高校一年生の時も同じクラスだった。
(すぐにボクが休学した)

大学入学後もお互いの部屋を、
行き来していたこと。

ボクの千歳烏山の下宿の
本棚の並びを見て驚いたこと。
(ボクが読んでいない本は裏に刺していた)

もともと同じ町内、稲荷町出身だったこと。

……すべてボクの記憶から抜け落ちていた。
そして言われた途端に
瞬時に記憶が戻ってきた。

14歳に戻った!!!!

中学時代の同級生、久保田正志くんも。
彼は歴史家でもある。

ボクのことはボク以上に知っている。

今は定年退職したから、
公言できるのだが……。
元・参議院法務委員会調査室室長。

ボクの参議院議員時代は、
ずっとボクが、
鬱になる過程を見ていたのだ。

ジュニアが東洋館の出口で。
ファンにサイン対応している間に、
記念撮影を撮る若手芸人。

以上の舞台は、
配信中です。
是非、みなさんも。 配信はこちらから↓


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歩いて打ちあげ会場へ。

ジュニア、俄然、金剛さんの
多重人格に興味を持つ。(嬉しい)

コトブキツカサ社長と共に、
やはり恒例の「富士そば」へ。

映画「異人たちの夏」を思い出しながら、
浅草を徘徊、歩いて駐車場まで。


送ってくれた、服部くん、長谷川かいまくんに、
タクシー代、財布の中の千円札を全部渡す。

自分で会社を作って、
自主興行でライブをやって、
打ち上げを全員参加で誘って……。

そして、スッカラカンになって帰るって……。

まるで、小さな「勝新」だ。

「虎人舎」が往年の「勝プロ」になっていることに
改めて気がつく。

運転手のため居酒屋でもノンアルコールだった、
若林凌駕と、道中、ずっと話ながら、中野へ。

しかし、金剛さんが完全に睡眠タイムに入って昏睡。

原田くんは何食わぬ顔で居眠り。

家についてから、
昏睡状態の金剛さんを
GOタクシーを呼んで、
なんとか車内に乗せて見送る。

帰宅、4時50分。

今日、下準備して着込んでいたのに、
最後まで使わなかった。

宮古島の警察、ミヤコマモルくんTシャツ(一度も見せず)
G馬場風の巣鴨の赤パンツ。(チラ見せのみ)


(また書き残したいことの半分なので、
買い足しを続けるので、
しばらくしたら、また読んでください)

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