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ウヒョ助さんに「真面目すぎ」と言われたのでいけすかない生い立ちnoteを書いてみる

どうも、東大医学部卒麻雀プロの杉村健太です。

先日、ウヒョ助さんに「君のnote、ちょっと真面目すぎない?」とありがたい(?)ご指摘をいただきました。

なるほど、たしかに自分はどこか真面目に語ってしまう癖があります。

でも正直、どうしても育ちの良さと頭脳エリート感がにじみ出てしまうんですよね。

隠そうとしても漏れ出てしまう。じゃあいっそのこと、もう全面に出していこうじゃないか!


というわけで今回は、15歳の同期柴田凛太郎プロの話ではなく、「自分がどんな15歳だったのか」「どうやって東大医学部に入り、そこから麻雀プロになるに至ったか」を書いてみます。完全に自分語りです。




13歳、天才に目覚める


さかのぼること13歳。

都内のお受験エリートたちと違い、私は塾もお稽古も一切なし。田舎の原っぱで走り回るただの悪ガキでした。

それが人生初めての中学校の定期試験で、なぜかいきなり学年3位。


…天才か?


その後も学内試験で1位を量産し、高校に入る頃には全国模試で数学偏差値130(そんな数値あるんだ…)を叩き出す。


この瞬間、悟ってしまったのです。

「あ、これは天才だ」と。


東大理三に一直線


調べてみると、東京に「東大」という天才が集まる大学があるらしい。

中でも一番偏差値が高いのは理三(医学部)。

よし、そこに行くとしよう。ハチ公というのも見てみたいしな。


その後は順調に東大模試で一桁順位を取るなどし、無難に現役合格。

医学部進学後は、インカレテニサーを4つ、陸上部、バンドサークルを掛け持ちし、青春を謳歌しました。

もちろん麻雀もしましたが、当時は「運ゲーでしょ」と高を括って、友達とのセット程度。


医師としての道、そしてコロナ禍


卒業後は医師として順風満帆なキャリアを歩んでいました。

しかしある日…コロナ禍が到来。


これは、さすがの天才でも乗り切るのが困難。

病院を辞め、将来に備えて投資で財を築く決断をしました。

結果、幸運にもそれはうまくいき、しばし投資家としてゴロゴロ。


そんなある日、テレビから流れてきたのは「Mリーグ」。


「麻雀?運ゲーじゃないの?」

「雀魂?ちょっとやってみるか」


…面白すぎる。

奥が深すぎる。


初めての挫折


天才なので、当然すぐに勝ちまくり。

東風戦だけで聖2に到達。

「魂天もすぐだな!」と余裕をかましていました。


…ところが勝てなくなった。


ろくに塾にも行かず東大医学部に受かった私が、人生で初めての「学力でどうにもならない壁」にぶつかった瞬間でした。

これが本当の挫折。


再び勉強モードへ


「よし、わかった。勉強してやろうじゃないか」

この俺に勉強させるなんて、麻雀というゲーム、たいしたもんじゃないか。


実際に研究を始めてみたら、これがまた楽しい。

気づけば東南戦で平均着順2.26、聖3まで到達。


「もっと奥まで知りたい。プロになったら、さらに深淵を覗けるのでは?」


そう思った私は、団体選びへ。

サクラナイツの堀プロ・渋川プロコンビのかけあいが好き、矢島プロの解説も大好き。

というわけで、協会を選びました。


こうして東大医学部卒麻雀プロ誕生


こうして

東大医学部卒麻雀プロ、誕生。


なんとも胡散臭くていけすかない経歴ですが、事実だから仕方ない。


最後に


すみません、調子に乗って書きました。

普段は礼儀正しい(と信じたい)好青年なので、安心してください。

普段はこんな感じ…


このnoteに関するお褒めの言葉は僕に、クレームはすべてウヒョ助さんにお願いします(笑)


それではまた次のnoteでお会いしましょう!

次は多分「間読み」についてです。

面白いと思ってくださったかたは応援頂けると嬉しいです(^○^)

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