ゲスヌゲ!
下衆脱げ、ではない。ゲスヌゲとは方言で『尻抜け』のことである。開けたら開けっ放し、やったらやりっぱなしの事や人を指す。
私が子どもの頃はよく「ゲスヌゲ!」と注意された。その上、お尻をペシッとやられたものだ。田舎のオジサンは「襖をちゃんと閉めないと隙間風が入って寒いだろう、閉めなさい」などと丁寧に諭してはくれない。もっとも家の中を走り回る子どもは長い話など聞く耳を持たない。4文字の短いワードでスピーディーに現行犯逮捕&お仕置きが効果的である。
もしもゲスヌゲのまま大人になったら、もう誰も注意をしてはくれない。職場などで「あの人今日も社会の窓開けっ放しよねー」などとクスクス笑われ、背中に【私はゲスヌゲです】という紙を貼られてしまうかもしれない……。
酷い!悪いのは背中に紙を貼った人なのに、貼られた方が損をする社会とは!! 社会の窓が開けっぱなしなだけで人様に迷惑をかけていない善良なゲスヌケに対してあまりにも酷ではないか…そう考えるとやはり子どものうちに身に着けておいた方がよいのだ。
只、少々お下品なので現代では大っぴらに使わないほうが良い言葉だ。コンプラに反しない言葉は他にないのだろうか。
パナシのうた
そういえば『パナシパナシ♪パパパパナシ』という歌があったな。ひらけポンキッキだ。開けっ放し・やりっぱなしのパナシのうた。子どもの場合はおもちゃを片づけないとか、服や靴を脱ぎっぱなしとか、そういう散らかし系が主だろう。「片づけようね」と諭すのはなにも部屋の掃除が大変だからというだけではない。このままだと自分がやったことの後始末のできないダラシナイ大人になってしまうではないか。さぁ、親子で歌おう!パナシパナシ♪
開けたらすめる!!
だが、しばしば公共施設の出入口などで注意書きを見るにつけ思う。きっと日本中に大人のゲスヌゲが大勢いるのだろうと。そのような人は注意書きも目に入らないし、自分のことだと思っていない。

注意書きの貼り紙は人の目につくよう工夫やインパクトが必要だが、さすがに【ゲスヌゲ】とは書きにくい。ドアを開ける段階でゲスヌゲと言われる筋合いはないからだ。百歩譲って【ゲスヌゲ立入禁止】だが、閉めない人は開けるな!とは回りくどい。
【このドアは自動ではありません】とやんわり書いてある場合もある。あれは「ドアの前に立っても開きませんよ」のお知らせと同時に「ちゃんと閉めてね」も含まれているのだ。しかし伝わっていない。
ここはストレートにはっきりと言うべきだ。赤い字で「開けたらすめる!!」は駅員さん結構怒ってると思う。本音は「すめろ!!」であろう。
【備考】意味が分からない人のために一応付け加えるが、すめる=閉めるである。ネイティブ発音は『し』と『す』の間くらい、コツは『し』の口の形で『す』と発するとよい。
あとぜき!
もう少しキャッチーなのが、熊本弁の「あとぜき」である。下品な印象のゲスヌゲに比べ、同じ4文字でも断然明るくPOPだ。くまモンのあとぜきポーズもかわいい。第一ゲスヌゲやパナシが悪口であるのに対してあとぜきは閉めるというアクションを具体的に促すワードである。


くまモンも気づいている通り、あとぜきをしないのは子どもだけではない。大人には頭を下げてお願いをしているのだ。何という気遣いよ。これなら大人のプライドと気分を害することなく要望を伝え、行動に移してもらえそうだ。私は今、この大人用ステッカーを家じゅうに貼りたい衝動に駆られている。
迷惑系ゲスヌゲ
うちのドアというドアは常に3~5㎝ほど開いており隙間風が吹き抜ける。
タンスの引出しもちょっとずつ出ているし、家じゅうの電気もついている。
名探偵でなくとも誰が何をしたのかが一目瞭然。「泥棒が入ったのかな?」などと言いながら閉めて歩く。本当に泥棒が入らないよう外出時や夜の戸締りは一仕事である。まぁまぁ、そのくらい良いではないかと大らかに看過していたらゲスヌゲ行為はエスカレートする一方だ。
いってきま~すの後は玄関のドアが全開で闇バイト君の格好の餌食だ。キッチンでは炊飯ジャーの蓋が開けっ放しでご飯はカピカピ、食パンの袋も開けっ放しでパンはカチカチ、冷凍庫をちゃんと閉めないとどうなる?全部溶けるんです。風呂に入った後は蓋をしないため湯が冷め、シャワーからは水がチョロチョロとでている。
トイレのドアが使用後のみならず使用中もちょっと開いているのは論外。歯磨き粉のキャップ、ケチャップやマヨネーズの蓋、なぜパチッとなるまで閉めない?固まって出ないんじゃこのゲスヌゲがーーーっ!!
超一流の句読点
大谷翔平を育てた栗山英樹監督は著書の中で『何事も最後までやり切る、区切りをつける事の大切さ』を説いている。席を立ったら椅子をしまい、靴を脱いだら揃えるという躾がなぜそんなに大切なのか。
大人になって夢や目標をやり遂げる超一流の選手は、一つ一つの動作に区切りをつけて前に進むという。小さな区切りをつけず連続動作で進み続けることの危うさに対し、一つの動作をやり切って効果を確かめて次に進めば、一見途切れ途切れのようでも長い目で見たら一貫性があり、夢に近づけるという事だ。やりっぱなしは気持ちが悪い、そういう習慣が大事なんだとか。
LINEのメッセージに「。」は必要か?
この話題にはさすがに一同閉口気味だったが、おかげでそこから栗山の根っこにあるもの、監督としてのスタンスを改めて聞くことができた。
栗山監督の本は論語とか格言が多くて難しいし、私は野球のことは詳しくない。しかしこれは要するにゲスヌゲの話だ。平たく言えば、LINEに句読点を打たないようなゲスヌゲは大成しない。
彼氏彼女ができて居酒屋などに行った際にはまず、ドアをピシッと閉めるか、脱いだ靴を揃えるか、立ったら椅子をしまうかをチェックするとよいだろう。
最初は優しかったのに!
浮気してないって言ったよね?
役員になるっていつ?
…そんな時にはトイレのスリッパが取っ散らかっている、たぶん。
完。
