倒れる前提で単位を取っていたら、飛び級した
私は、体調が悪くなることを前提に、生きている。
だから、仕事は少し前倒し気味に進めるし、私が倒れたときのための手順書も書いて、事務所の金庫に入れてある。
「今日は元気だから、未来の自分を助けておこう」
そんな感覚が、たぶん昔から身体に染みついている。
その感覚は学生時代からだったのだと、今さら気づいた。
最初に入った大学は、1年で辞めてしまった。
だから、二回目に入った大学を卒業できなかったら困る、という気持ちが強かった。
また途中で通えなくなるかもしれない。
また中退になったらどうしよう。
そんな不安が、ずっとあった。
それで私は、「元気なうちに単位を備蓄しておこう」と思った。
履修できる授業は、できるだけ取った。
体調が良い日は、せっせと大学へ通った。
その結果、なぜか3年で、4年分の単位をほとんど取り終わってしまった。
すると、3年生の終わり頃、大学から手紙が届いた。
「あなたは飛び級する資格があります」
と書かれていた。
えっ。
飛び級?
私はただ、「いつ通えなくなってもいいように」と思って、単位を前倒ししていただけなのだが、どうやら飛び級できる状態になっていたらしい。
そのまま大学院の入試を受けたら、受かってしまった。
なんだか、自分でもよくわからないまま、飛び級して修士課程へ進んだ。
ところが、その後、国家試験を受けようとした時、まさかの事態が起きた。
「大学中退なので、受験資格がありません」
えっ???
飛び級して大学院へ進学したため、大学は「卒業」ではなく、「中退」扱いになっていたのである。
修士まで取ったのに。
制度って、そうなるんだ……。
ああ、でもそういえば、「大学は中退扱いになります」という説明を、読んだ記憶はある。
そんなの関係ないと思って、記憶の片隅に追いやっていた。
結局私は、30代になってから通信制大学の3年生へ編入し、改めて大学を卒業した。
その後、国家資格も取得した。
ずいぶん遠回りしてしまった。
でも今思うと、あの頃の私は、必死だったのだと思う。
元気なうちに、未来の自分を助けようとしていた。
そして20年以上経ってから、ある研究班で、飛び級した大学の先生や大学院生たちと、一緒に仕事をする機会があった。
私は大学院生たちに、こう伝えておいた。
「飛び級は、おすすめしないって、後輩たちに伝えてくださいね」
人生、何が役立つのかも、何が伏線になるのかも、よくわからない。
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1つ目の大学を1年で辞めた話はこちら
「1日違いで大泉洋と同級生になり損ねた」
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