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反日でもプロパガンダでもない / 「紅いコーリャン」

良くも悪くも世間の耳目を集めた中国の映画といえば、1987年の張藝謀(チャン・イーモウ)監督作「紅いコーリャン」(原題は 紅高粱)だろう。これは張藝謀監督による初めての長篇映画であり、また同時に主演の鞏俐(コン・リー)のデビュー作でもある。こういう映画の感想を眺めていると、昨日の記事で書いたように「物事をまっすぐ見る」ことがいかに難しいことであるか、よく分かる。
まず、本作の題名が「紅高粱」であることから分かるように、これは国共内戦の時代(主に1930年代)を背景にしている。紅とは、紅軍すなわち中国共産党を指す色だ。ゆえに、スクリーンでは観客に「紅」の色を印象付けるよう、何度も赤く染まる。これをほとんどの感想は映像美と評しているが、別に映像が美しい訳ではない。赤いフィルターで処理したようなカットを連発し、まるで夢幻の境地に誘うようなアートとして編集している。映像美というものは「バリー・リンドン」や「天国の日々」や「花様年華」のような作品のことだ。「紅いコーリャン」は観客に紅の色彩を通して夢物語を伝えている。
では、本作は紅という色の帯びる政治だけを暗示しているのだろうか。全くそうではない。語り手の祖母に当たる九兒と呼ばれている若い女(鞏俐)と、その夫となる人足の余占鰲たちが造り酒屋として奮闘し、生きていく様を通して、本作はこの広い大地のなかで生活する生命力をテーマにしている。生命といえば血液、すなわち赤(紅)である。冒頭に掲げた写真のように、コーリャン畑で結ばれる未来の祖父と祖母の姿は、山東省の片田舎で貧しくも必死に生きてきた証のようなシーンとして描かれている。これは命の映画だ。
しかし時は国共内戦の時代ゆえ、映画の後半に日本軍が登場する。農民を捕え、生きたまま皮を剥げと命じる卑劣な兵隊として描かれていることから、やれ反日が過ぎるだの、やれ史実に反するだの、当地でも「日本軍はここまで非道ではないだろう」と批判される始末だったという。こういう感想こそが、物事をまっすぐ見ることの困難を物語っている。本作をじっと観れば、九兒が夫や長男と高粱酒をつくりながら命を繋いでいくことが描かれており、日本軍のシーケンスだけが唐突に、そして本篇からまるで分離したもののように映る。ラストシーンに当たる部分を除けば、日本軍が農民たちを使役したり皮を剥げと迫るシーンなどはそっくり省略しても物語として成立するようになっている。
つまり、「紅高粱」という題名といい、日本軍のシーケンスといい、これらは中国で映画監督として活動しようと志している張藝謀監督による忖度に他ならない。だから日本軍のシーケンスでは紅がスクリーンを染めず、赤い鮮血だけが映る。本作はベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞しているが、審査員たちも日本軍のシーケンスが挿入されている訳は「これは中国で公開される映画」だからと踏まえていただろう。
このように、映画というものに一定の忖度が必要な国は少なくない。日本人はすぐに「これだから中国は」と指差すことが好きだが、では日本列島で戦後に公開された映画のうち、天皇と戦争や、部落差別や、アイヌと和人のことを扱ったものがいくつあるか数えてみれば良い。ありとあらゆることをタブー視しているうちに、アンパンマンみたいな映画しか製作されなくなっている。「紅高粱」でも九兒が初めに輿入れさせられた相手は金持ちの癩病の患者だった。癩病を皆が忌避する様子がしっかり描かれていたが、当時はそういう時代だったのだ。現代人がこのような描写を見て「ハンセン病への差別を助長する!」なんて喚く暇があるなら、戦国大名は大量殺人と強姦と人身売買を助長するので教科書から削除するよう要請すればいい。現代の価値観で過去を見るなんて愚の骨頂である。大切なことは、当時の人たちの風習や倫理の土台となっているものを学び知ること、そしてそれを教訓とすることだ。
それに、映画は映画である。別に史実を撮る訳でもなく、ノンフィクションだと称している訳でもない。俳優たちによる夢物語なのだから、観客はそこから何かを感じとったり、あるいは監督からのメッセージを受け取れば良い。だから本作を観て「共産党がどうの」とか「癩病がどうの」とか「反日がどうの」とか、そういう感想を述べる人は、女からファッションの感想を求められてイヤリングのデザインについて語っているようなものだ。
「紅いコーリャン」は生命力の映画である。田舎で貧しくとも必死に生きている農民たちを讃える物語であり、そういう生命力は歴史のなかで失われるものではないという普遍的なことを映している作品である。少なくとも、映画をまっすぐ観ているつもりの僕にはそう映る。

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