減薬のこと
これを書いている今、不安とか心配とか、そういうものが特にあるわけではないし、減薬がうまくいけばいいな、いかなければまた飲めばいい、と楽観的に思っています。
ただ、忘れてしまうであろうこの感覚を未来の自分のために、そしてどこかにいるかもしれない同じ状況の誰かのために書いておくことにします。
2024年から飲み続けてきた適応障害の薬を減らすフェーズに入った。
薬自体はもっと前からだが、今の薬に変わったのはそれくらいの頃。
薬は徐々に減らす必要があり、そのあともし体調に異常があったら再度飲み始めなければならず、それがちゃんと効くまで結構な日数がかかることから、かかりつけのお医者さんから「1ヶ月くらい何もない期間あります?」と聞かれるところから始まったこのプロジェクト。
1ヶ月何もないことなんかあるわけないだろ。
🌟大事なおでかけ🌟とか就活とかバイトの重い案件とかあるわよ!!!と思ったが、そうとも言ってられないので、色々落ち着いてきたこのタイミングでしぶしぶ怖すぎる減薬を始めることにした。
もちろんこのままずっと薬を飲み続けるのはめんどうなので減薬には前向きだけど、薬と体のバランスがちょうどよく取れている現在の状況を、わざわざ自分でえいや!と崩さなければいけないのかと思うと気が乗らなかった。
2年も連れ添った相棒と自ら縁を切るのは、結構勇気がいるんだなと思った。
減薬はできるだけゆっくり、毎日服薬→2日おき→3日おき、のように行っていくらしい。
減薬をすると、2つの方向で不調が現れる可能性があると説明を受けた。
1つは離脱症状で、薬が体から抜けることで、ある種の禁断症状(だと思う)が出ること。
もう1つは元々あった適応障害の症状が、抑えていた薬がなくなることで復活すること。
(薬についての専門家ではないので、間違っているところがあったらすみません)
離脱症状について
離脱症状に関しては、今までもたまに飲み忘れたり、外で泊まる時に持って行き忘れたりして、何度か体験したことがあった。
これが結構しんどかったので、実際減薬をすることになっても通らなければならない道だとわかっていたし、イヤだな〜〜と思っていた。
実際飲む頻度を減らしてみると、初めて2日おきにした日に突如、耐えがたいしんどさがきた。
今までの離脱症状〜デラックスバージョン〜みたいな、内容はあまり変わらず50%増量!みたいな、ローソン的な感じだった。
夜寝ようと思っても、自分の脈や動きに合わせて、定期的に電気みたいに体がしびれて眠りづらかった。
目を閉じると眼球がフッと上を向く(意識が飛ぶ時みたいな)感覚があって、目が回っているようで気持ちが悪かった。
肺の上にずっしりと重いものが乗っている感じがして、呼吸が深くしづらかった。
なんとなくずっと吐き気があって、喉が渇いた。
異様にトイレが近くて、夜中に何度も起きてしまい、結局寝不足で朝を迎えた。
そんなわけのわからない、逆に調子のいい部分を探す方が難しいような夜を越えて、起きて鏡を見たらぐったりして目がバキバキに充血した自分が映っていた。
カベスみたいな顔してるやんけ、朝なのになんでカベスの顔やねん、とウケた。(朝にはなぜかウケるくらいの元気は戻っていた)
その日の夜、予定通り服薬したら驚くくらい楽になって、「これほんまにやめられるんかな?」と不安になった。
体が薬を欲してる、みたいな依存症的な気持ちがなんとなくわかる気がした。
今も間隔を延ばしながら奮闘中だが、この夜が一番しんどかったように思う。(頼むから今後もこれを超える夜が来ないでくれ)
なんとか身体症状とは付き合いながら、花見をしたり就活したり大学に行ったりすることができている。
抑えていた症状について
もう1つのベクトル、適応障害の症状だが、減薬から数日は復活の気配を全く感じておらず、希死念慮「もう こないからねー」状態だった。
薬がなくてもやっと明るく朗らかに生きていけるぞ🎶最高の人生🎶と思っていたのだが、ここ数日急にいろんなことに苛立つ自分を自覚し始めた。
どんなことに苛立ってたっけ、と数日経った今思い出そうとしても、思い出せないくらい些細なことに苛立っていた(そして今も、いる)。
覚えている範囲では、バイトで普段より忙しいとか、AIの調子が悪いとか、電車で後ろに並んでた人が先に乗ったとか、いつもなら「ア〜」としか思わない程度のことだった。
そのひとつひとつに、「ンア〜〜〜〜〜‼️💢」と大きい声で全てをうやむやにしながらちゃぶ台をひっくり返したくなる。うちにちゃぶ台がなくてよかった。大きい声は出したいので、早くポツンと一軒家に住まわせてください。
バイトで8時間の稼働に対して15時間分のタスクなどが割り振られていた日には、映画ファーストキスで餃子を焦がした松たか子さながら「死ぬ…❗️」と呟きながら冷蔵庫にもたれかかりたくなる。ふつうに「タスク多くてムリでーす❗️調整お願いします❗️」と言えばいいものの、その時は1ミリもそんな選択肢が出てこない。殺すか、死ぬかである。
この「殺すか、死ぬか」において、薬を毎日飲んでいた頃は「殺す」を選べた。「ふざけるな❗️こうなったらこんなもんさっさと片付けて酒と風呂だ❗️」と、がむしゃらに攻撃することができた。
ここ数日、減薬のせいか「死ぬ」に傾くことが少し増えた気がする。
でもまだ、「こんなことしよって❗️これで死んだらあなたどう思うワケ⁉️」という攻撃性のある死(そんなものがあるのかは謎だが)ではある。
これが、希死念慮「またきたよ〜」になったら結構怖いな、と今は思っている。
車や海、電車を見るたびに死と結びついていた頃には戻りたくないし、眠れなくて自分ではもうぜんぶどうしようもできなくて、夜道を泣いて歩きながら髪や皮膚を引っ張って気を紛らわせていたことはただの思い出になってほしい。
でも、「シロクマのことは考えないでください」論と同じで、「死にたくなりたくない」とあまりに強く考えるのも本当に死にたくなりそうで怖いので、今はできるだけブランケットのこととか、もつ鍋のこととか、飼っている猫のこととかを考えている。
頼むから希死念慮「もう こないからねー」のままでいてね。
このまま調子良く薬から抜け出せなかったら、あの地獄のような離脱症状を乗り越え、モーニングカベスになった意味も無くなってしまう。
服薬中にすこぶる調子良く生きていられたことは、決して自分の力ではなく、ほとんど薬という大きな松葉杖をついていたからできたんだな、と減らして初めて思い知らされる。
と共に、いつかこの松葉杖を手放して生きていかなきゃいけないんだな、と減薬の本当の意味が少しずつ分かり始めた。
フルマックス薬、フルマッ薬を飲んでいた頃に思い描く減薬と、減薬し始めて感じる減薬は、けっこう別物だな、と思う。
ただ、これを知ることができた点においても、減薬し始めてよかったと今は思っている。
ほんとうに1人で生きられる日を待ってる。
