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東アジアの解放

この記事は前回投稿のつづきです。

前回は1639年から始まったイギリスの市民革命からフランスの市民革命が終わるまで、160年の歳月をかけてヨーロッパが解放されたことを述べています。

これに対して、東アジアの解放はペリー率いる黒船来航(1853年)からマレーシア独立(1957年)までの100年と言うこととなります。

以下、このあたりについて述べて行きます。

フランスが市民革命を達成した1799年当時の日本は鎖国中の江戸時代末期に当たります。

この頃の江戸幕府は諸外国から開国を要求されていました、しかし、幕府は頑なに鎖国政策を変更しませんでした。

こんな中、フランス革命達成から54年後の1853年にペリー率いる黒船が日本に来航します。

この事件があった翌年の1854年に江戸幕府とアメリカ合衆国は日米和親条約を締結し、下田と函館を開港し、鎖国体制は終焉を迎えます。

話は変わりますが、日米和親条約の締結から12年後の1866年3月31日に珍しいお月様(以下、極稀月 と言う)が現れます。

それは、
ブルームーン :1ヶ月に2度の満月
ブラッドムーン:皆既月食
スーパームーン:月が地球に最接近

と言うお月様です。

この3つの月が同じ日に重なる時は新しい時代の幕開けになる、と言われています。

詳しくはこちらに書いてます。
よろしければごらんください。


極稀月が現れた翌年1867年に江戸幕府は明治天皇に政権を返上する大政奉還を行います。

翌年の1868年は明治元年です。

いよいよ時代は極稀月の登場と時を同じくして新しい時代に進んで行くこととなります。

その後の日本は、
1894年に日清戦争に勝利した後台湾を統治、
1904年に日露戦争に勝利した後韓国を併合、
1932年に満州国を樹立、
1941年に大東亜戦争に突入し、
1945年に敗戦します。

日本は台湾を統治し、韓国を併合して、満州国を樹立するまでは良かったのですが、何故大東亜戦争と言う無謀な戦争に突入したのでしょうか?


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そもそも大東亜戦争の『錦の御旗』は何だったのでしょうか?

それは、欧米列強によって植民地と化している東アジアの欧米列強からの解放でした。

このため、日本の兵士は地元住民と力を合わせて欧米列強と戦いました。

しかしながら、道半ばにして1945年に敗戦を迎える事となります。

ところがどうした事か、日本の敗戦を境にして東南アジア諸国は続々と独立していく事となります。

ヨーロッパの解放はイギリスの市民革命が時代の分水嶺となりましたが、東アジアの解放は日本の敗戦が時代の分水嶺となった様です。

1866年3月31日に極稀月が現れて新たな時代が巡ってくると予測されたのですが、それは東アジアの欧米諸国からの解放だった様です。

話を元に戻しますが、
イギリスの市民革命勃発から遅れること約300年を経て東アジアの解放が始まります。

それは、極稀月(1866年)が現れてから約80年後の出来事です。その一部を下記に紹介します。

インドネシアは日本が降伏した後の旧オランダ領東インドで独立を宣言します。

ミャンマーは「ビルマ連邦」として1948年にイギリスから独立を宣言します。

ラオスは1953年にフランス・ラオス条約により完全独立を達成します。

カンボジアは1953年にフランスからの完全独立を達成します。

マレーシアは1957年に独立します。

このように、日本の敗戦を境にして東アジア諸国は続々と独立していきます。

結局のところ日本は戦争には負けたけれど『東アジアの欧米列強からの解放』と言う『錦の御旗』は達成することとなります。

また、東アジアの解放に刺激を受けたアフリカ諸国でも独立運動が始まることとなります。

このように、ヨーロッパ、及び、東アジア、並びに、アフリカの解放を成し遂げたあと、世界の解放はこれで終止符を打つこととなるのでしょうか?

それとも、世界はこれからも新しい解放に向けて突き進むこととなるのでしょうか?

くしくも、
1866年3月31日に現れた極稀月は
2018年1月31日に再び
152年の歳月を経て私たちの前に現れました。

とすれば、2018年から新しい時代の幕開けが始まることとなります。

はたして、私たちの未来には如何なる未来が待ち構えているのでしょうか?

神のみぞ知るであります。

最後まで読んで頂いて。
ありがとうございます。

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