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「サッカーが好き」を分解してみる


私はサッカーが好き。大好きだと自覚してる。
周りの人になっつんサッカー好きだねぇと言ってもらえたりする。

ではなんで自分がサッカーがこんなに好きなんだろうかと私なりに分解して考えてみる。


私には2つの理由があることが見えてきた。




まず一つめは、『サッカーというゲームが好き』という側面。
11対11で,105×68メートルの四角の中で、1つのボールを奪い合いながら、互いのゴールを守りながら攻めるというゲームそのものがすき。
全員違ったそれぞれの色が混ざり合って試合を、チームを作るのがすき。
相手と対峙したときに向き合った2人にしかわからない間合い、空気感、くっと息を飲む瞬間が好き。
仲間とイメージを共有するのが好き。

想像もしていなかったプレーを誰かが見せてくれたとき、
地域や国同志の戦いでその土地土地の文化やルーツが垣間見れたとき。
観客の熱狂がピッチを飲み込んでスタジアムが1つの生き物のように唸り、床が揺れるとき。
ペナルティキックを蹴る前の静寂。
アディショナルタイムに訪れるドラマ。諦めたらそこで試合終了と言った安西先生の名言たるや。
(今回のW杯、アルゼンチンの試合ですでに何度も泣かされている。)



朝の出勤前または登校前にボールを蹴る親子。
試合翌日にコーヒー片手にカフェであーだこーだと延々と話すおじいさんたち。ブラジルではセルヴェージャ🍺を片手に。


フットボールに纏わるその一瞬一瞬がすきだ。
(肝心なところなのでフットボールと言わせてほしい)





二つめは自分の身体を思い通りに動かすことがすきという側面。(他人の美しい動きを見るのもすごくすき。)

思い通りに身体を動かせたとき、自分の脳内のイメージが血管や神経を通じて四肢につながって、自分の体がより愛おしく思える瞬間がある。

身体を動かすときに小さい筋肉や腱や骨と言われるものよりそのさらに体の奥の奥のほうと対話しながら感覚を見つけにいく。
新たな感覚さんと初めまして。これからよろしくお願いしますね。と挨拶しシェイクハンドする瞬間。

昨日より今日、1cmでも高く•遠くにいけたなら、気持ち的には日本から中東くらいまでは軽くひとっ飛びでいけるんじゃないかってくらい軽やかな気分になる。


磨かれた感覚と身体には一挙手一投足に美しさが宿る。
それを見たとき。

サッカーを見る時、スタジアムに入ってくる歩き方や、チームメイトと話しているときの姿勢からこの選手はどんなプレーするんだろと想像してしまう。
こういう肩甲骨の使い方する選手はこういうプレーするんだろうなと色々イメージしてサッカーを見てる。(オタク。)




自分の身体の中がつながれると、


自分の身体とボールがつながって、、、





めちゃくちゃ気持ち良い。


この感覚が好きでサッカーをやっているとも言える。
この感覚は私以外他の誰も感じることができない。ナツミオリジナルの心地よさだ。
(だってわたしの身体を感じられるのはわたしだけ!!)



自分の身体を使って毎日走って、ご飯を食べて、お風呂に入って寝て、毎日ずーーっと感じているはずなのに、体に中にはまだまだ自分の知らない領域がある。
身体と対話をすればするほどにわたしの体内は宇宙🪐並みに深くて。すごい。
まだまだ自分には進化する可能性があると思える。



自分の中で作ったエネルギーをボールに伝えて、走らせる。さらにそのエネルギーをまとったボールが線と成って仲間に繋がる。
自分の中のイメージが他人のイメージとつながる瞬間、
プレーを見ている人に自分の想いが伝わる瞬間、つながりを感じる。


自分を通して外側とつながるサッカーというゲーム。
自分の内側とつながる身体を動かすトレーニング。




サッカーで繋がっただいすきな人たち。
友だち。家族。



自分がサッカーが好きな理由を考えているだけでワクワクしてニヤニヤして今すぐグランドに出てボールが蹴りたくなる。








長々と、読んでくださりありがとう。


はぁ、、ワールドカップ終わっちゃうの寂しいなぁ。

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NATSUMI SAITO OLIVEIRA 最後まで読んでいただきありがとうございます☺️ 記事を気に入ってくださり少しでもサポートいただけたら嬉しいです。 いただいたサポートは子ども応援事業#lovefútboljapan に全額寄付します。⚽❣️

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