【沖縄 スパイ/キム・スム】
戦後80年の節目 25歳を迎えた夏
一冊の本と格闘した
吐き気がした
本を読んでいて、
こんなに体調が悪くなったのは生まれて初めて。。
キム・スム『沖縄 スパイ』
久米島で実際に起きた住民虐殺事件を描いた小説。
ページをめくるたびに、胃が重くなった。
それでも絶対に、終戦の日を迎える前に読み切りたい、この思いでなんとか、なんとか乗り越えた
小説なら1日で読み切れると思ったのに、
あまりにも体調が悪くなって2日に分けて読んだ
久米島ではスパイ容疑をかけられた20人の住民が殺された
(作中ではこの虐殺について、「人間狩り」という表現がされている)
米軍と接触した者。
米軍の宣伝ビラを持っていた者。
投降を呼びかけた者。
軒並みスパイ容疑をかけられ、処刑された。
そして敗戦後の8月20日、朝鮮人家族7人が最後の犠牲者となった。
朝鮮人であるということだけで、怖い、危険だとみなされた。
「奥さん、主人が罪を犯したんですか?私が罪を犯したんですか?私たちの子どもたちが罪を犯したんですか?私たちの赤ん坊が罪を犯したんですか?主人がこの島で罪を犯したなら教えてください。小さなことでも罪があるなら教えてください。罰を甘んじて受けます…・・・・。主人が朝鮮人であることが罪になるんですか?それがどうして罪になるんですか?主人は朝鮮人に生まれただけです。私が、奥さんが、警防団長さんが沖縄人に生まれたように朝鮮人に生まれただけです」
虐殺される直前、
スパイ容疑をかけられていることを知り、
その疑いを晴らそうと妻が発した言葉だ
ただ朝鮮半島で生まれただけなのに、
その出自を理由に殺されてしまう時代が確かにあった
この当時はどれほど異様だっただろうか
内地からきた"日本人"が最も上に立ち、
その下の"沖縄人"
ー皇民化教育という名の植民地支配
さらにその下に追いやられた"朝鮮人"
私が見聞きする"日本人"という言葉には
沖縄の人は当たり前に含まれているという感覚だった
なのに、その"日本人"には含まれない、
唯一の地上戦の被害となった沖縄の人々がいた
(当時、日本は朝鮮半島を植民地支配していた。生計を立てるために日本へ渡ってきた朝鮮出身者たちもまた、本来であれば同様に保護の対象とされるべき存在であったのではないか、と私は考える。
しかし現実には、日本は都合の良いときだけ彼らを「日本人」として扱い、都合が悪くなると「朝鮮人」や「沖縄人」といったカテゴリーに押し戻した。このような態度は、当時の日本における帝国主義的構造を端的に示しているだろう)
この作品を韓国の方が書いてくれたことは、
どれほど気の病む執筆作業だっただろうか
巻末の「作家のことば」をみると、
著者のキム・スムさんの苦悩が見える
彼女は執筆活動を通して、
あまりにも生々しい証言や資料の数々に、
「もう沖縄に行きたくない」とまで思ったという
正直、
私もこの本をもう一度読み返すことは相当な勇気がいる
すごく辛くて、苦しい作品だ
ただし、どんな歴史書にも記載しきれない"物語"がここにはある
久米島で起こったことは決して架空ではない
「本当にそこで生きていた人たちに起きた、
人間が人間に対して行った残虐な行為」
であることを改めて教えてくれる
私は、人間は、きっと愚かだから
過去の過ちはいずれ忘れて、
同じ過ちをまた繰り返してしまうだろう
せめて抗えることは、
過去の残虐を忘れないように、思い出していくこと、継承していくことなのかもしれない
そうすることで、歴史の繰り返しを防いでいくしかない
こういう本を読むと胃も心も重くなるし、
気持ちよくすっきりしたものがない
(本も3000円なのでちょい高くてお財布も痛い)
ただ、
私がこれから自分の人生を生きていく中で
「どうしていきたいか」 「どうありたいか」を問い直すきっかけになる
安い時期に沖縄に行く飛行機を取ろうかな
