未来への不安と過去の後悔を手放す理由
ある方の家族が突然倒れて大病に罹りました。
その方は倒れた家族が将来どうなるかわからず、最悪の事態も想像してひどく悲しい気持ちになったそうです。
そして、その病気の前触れとも考えられるような過去の出来事を思い出し、なぜあの時もっと注意深くその事に触れなかったのだろう、と後悔したそうです。
そして、サットサンガの時間にニーマル先生にこう言われました。
「私はヨーガの教えをニーマル先生から教わり、いかに客観的に物事を捉え、今に集中する事が大切か、という事を頭では理解しているつもりですが、このような形で実際に家族に何かあった時はそれを実行できず、もしかしたらという不安に苛まれたり、過去の自分の行動を後悔してしまいました。幸いなことに、今家族は急死に一生を得て回復してきています。でもあの時、回復するとわかっていれば、不安や後悔で苦しむ事もなかったのに、とも思いました。」
ニーマル先生はおっしゃいました。
今はご家族が大変かもしれませんが、これはヨガ的な考えからするととても良い実践の機会をいただいているのです。
今まで学んできたことを実際に行動に移せるかどうかを試す機会を得ています。
平穏な時に出来ることも、困難な立場に立っても出来なければ本当の意味で出来ていると言えないと思います。
難しい状況でこそ出来る必要があるのです。
あなたが今まで勉強して実践してきたからこそこの様な困難だけれど大切な機会がいただけているということです。
そして、未来に回復するとわかっていればあんなに悲しんだり苦しんだりしなかったのに、という事に関してですが、未来を知ることは誰にも不可能です。
これから何が起こるのかは自然の力やそれぞれの人のカルマによって複雑に絡み合った結果引き起こされることで、人智の及ばないことです。
例えばあなたは何を食べるか、食べ物を選ぶチョイスがありますが、あなたはそれをどう消化するか、どの栄養素をどのくらい吸収するか選べますか?
それは不可能です。
それは自然の力と仕組みで成り立っていて、私たちの意思で変えられないものです。
それと同じく、あなたは未来をチョイスすることは出来ません。
そして過去の後悔についてですが、あなたは、その時もっと気をつけていれば、と思ったかもしれませんが、その時その事に少ししかひっかからなかった事自体も自然から与えられた事なのです。
それはその家族のカルマとしてその出来事が届けられるように出来ていて、そのシナリオ上でのあなたの役割としてその時ほんの”少しだけのひっかかり”のエネルギーしか自然から与えられていなかったという事です。
過去についても、それはそもそも自然から与えられたもので、そこにもあなたのチョイスは実はなかったのです。
ヨーガの教えに、全てをサレンダーして神や自然に任せ、ジャッジメントをしない、ということがありますが、あなたは今まさにそれを実際に体験として学んでいるのです。
