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雑談 横尾忠則の創作スタイルがヨガ的

YouTube にたまたまオススメされた横尾忠則さんのインタビューの内容がヨガ的で瞑想的でした。
禅の経験もありそうなったようです。


横尾忠則さんとは私が高校生のときに1度お会いした事があります。

私が趣味で通っていた絵画教室(、、と言ってもそこでは先生がおおらかだったのを良いことに、奥の部屋でお友達数人でギャーギャーしょうもない話をしてただふざけていたのですが)の先生と横尾忠則さんが交友関係があり、確か出身地の西脇市が主催のコラージュのワークショップにその先生のススメで参加させて頂いて、最後に横尾忠則さんが講評してくださるという機会でした。
すごくシャイなのに生意気盛りだった私は何も気がきいたことは話せませんでしたが、最後に横尾さんに作品を見ていただき、悪くない、と言ってもらえて嬉しかったのを覚えています。

当時もこのインタビューのようなスタンスで、そもそもアートは教えるもんじゃない、というような事をいきなりおっしゃっていたように思います。
(当時の横尾さんはもっとトンガっていました。)
そして私は、ワークショップなのに?と思った気がします。笑
主催側は苦笑いしていたような。
でも今ならよく分かります。
お付き合いとかいろいろありますよね。


インタビューの中で、ご本人がコンセプチュアル・アートと対極にいる事を示唆されていますが、私も昔からコンセプチュアル・アートが苦手です。
美大生だった頃、同級生に早稲田だったか慶應だったかにストレートで入っていたのに辞めて美大を受け直した賢い人がいたのですが、その人の作品がまさにコンセプチュアル・アートで、説明がめっちゃ長くて、でも作品はプロジェクションするんだったか覗くようなものだったか、とにかく自分の手で作ったものではなくどこかに発注して作られていて、私にはその良さが全く理解できませんでした。
グラフィックデザイン科だったからたぶん全然良いんですけどね。


この感覚は瞑想理論をやたら語るのが好きだけど実際には瞑想しない人に対する感じ方と似ている気がします。
そんなに語るならもっと瞑想したらいいのに、って思ってしまう感じ。


横尾さんの話に戻ると、そのピュアさを改めて感じました。
アーティストにとって、いかにそのピュアな創作意欲をそのまま表現できるかが才能なんだろうと思います。

「芸術は知識ではない。」

「考えるな」

「知識や意味を意識的に取り除く」

「生きていない自分の目線で生きている自分を見る」

すごくヨガ的です。







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