『ロードス島戦記の思い出話をするだけ』を発行します!
コンプティークのバックナンバーを読み返しながら、ロードス島戦記の思い出話をするだけの同人誌を発行します!
ゲームトレジャー6の新刊として頒布します!
表紙イメージはこんなカンジです。

同人誌の仕様
A5版
24ページ
モノクロ
コピー本
2025年9月20日 カナモトホール(札幌市民ホール)2F全面 ゲームトレジャー6頒布
300円
本文目次
episode Ⅰ『ロードス島戦記』前史(1984年1月号(創刊号)~1986年8月号まで)
episode Ⅱ ロードス島戦記リプレイⅠ(1986年9月号~1987年4月号まで)
episodeⅢ ロードス島戦記リプレイⅡ(1987年5月号の予告を経て、1987年6月号~1988年7月号まで)
episode Ⅳ 小説版『ロードス島戦記 灰色の魔女』
episodeⅤ ロードス島戦記リプレイⅢ
episode Ⅵ パソコン版『ロードス島戦記 灰色の魔女』
episode Ⅶ ロードス島戦記コンパニオン
episode Ⅷ OVA版『ロードス島戦記』
episode Ⅸ パソコン版『ロードス島戦記Ⅱ 五色の魔竜』
final episode お家騒動以降
概要
「闘うパソコンゲームマガジン」コンプティークに連載されていた『ロードス島戦記』。
コンプティークのバックナンバーを読み返しながら、『ロードス島戦記』の思い出話をするだけという内容です。
おおむね、1986年9月号のリプレイ連載開始から、1992年12月号までを対象としています。
しかし、読み返していると前後の様子も気になるので、創刊号から1993年ごろまで、そして最近の様子なんかも含めています。

なお、ゲームトレジャーは「レトロゲーム&レアゲーム中心同人イベント」なのですが……本書は、ゲーム雑誌に連載されていたし、パソコンゲーム版のことも書いているので大目に見てください。


コンプティークを読み返してみると、当時の『ロードス島戦記』はリプレイ記事だけでは収まりきらない、メディアミックスへの道をどんどん切り開いていった様子がよく分かります。

っていうか1992年12月号ぐらいだと、そのメディアミックス展開の端緒といったあたりです。
そもそも小説版の完結編『ロードス島戦記7 ロードスの聖騎士(下)』が発売されたのは1993年4月。
テレビアニメはまだやっていなかったし、『ロードス島戦記 ファリスの聖女』がモヤモヤしてコミックスの発売はされておらず、コンシューマー版のゲームはPCエンジン版が1992年に7月に出たぐらい。そういう時期でした。
古いコンプティークを読み返しながら、昔の思い出話にお付き合いただければ幸いです。
制作方法
昔のバックナンバーを読み返しながら、Excelで年表を作っていきました。
これをやっていておもしろかったのが、当時は参加できなかったオフラインイベントの様子が誌上で紹介されていたり。
月刊誌ならではのタイムラグのせいか、思わぬところで思わぬ情報がリークされていたりして(予定がずれただけ?)、「こうやって雑誌って作っていったんだな」と感慨深かったりもしました。
まさに黎明期って感じの、ごった煮感とコンプティークの勢いが紙面から伝わってきました。

年表を完成させた後は、誌面に落とし込んでいきました。
時系列だけでなく、コンテンツごとの整理もしていたのですが。これをやっていておもしろかったのが、『ロードス島戦記』って小説→パソコンゲーム→OVAみたいなメディアミックスの進化・拡大をしていたように、ぼんやりと思っていたのですが。
予定では小説とゲームが、ほぼ同時進行だったらしいことが窺い知れました(本当の計画については、誌面から知るよしはありませんが)。
なお、コンプティークの掲載記事を、なんとなく追いかけてインデックスにしたブログを書いていますので、こちらもよろしくです。
ボツ
誌面の都合上、載せられなかったネタについて、こちらでご紹介して供養します。
ロードス島戦記Ⅱが表紙になるのは2話目

1987年6月号から『ロードス島戦記リプレイⅡ』の連載が始まるのですが、表紙には記載がありませんでした。
(1987年6月号より)

翌号の1987年7月号で、めでたくイラスト付きで表紙に記載されました。
(1987年7月号より)
RPG・AVGノベルズ登場!

スニーカー文庫が創刊される前の小説版『ロードス島戦記』は角川文庫<青帯>にラインナップされていました。
同時期に、『聖エルザクルセイダーズ』のようなコンプティーク発の小説や、『ラプラスの魔』『イース』といったゲームを原作とした小説も登場します。
しかし、これらのジャンルをうまく言い表す言葉がなかったのか、広告では「RPG・AVGノベルズ」という言葉が使われていました。
(1988年5月号より)
Soft Top 20にロードス島戦記が5位で初登場

1989年1月号のSoft Top 20(読者による人気投票)に『ロードス島戦記』が5位で初登場です。
その後、『ロードス島戦記Ⅱ』も含めてコンプの人気ランキングの常連ゲームとなります。
(1989年1月号より)
Soft Sales Top 20にロードス島戦記が4位で初登場

1989年1月号のSoft Sales Top 20(ゲームの販売ランキング)に『ロードス島戦記』が4位で初登場です。
(1989年1月号より)
ホテルロードスのウラ技

『PC-9801ゲームリバイバルコレクション』で言及されていたウラ技は、1989年3月号の「How To Win」にありました。
後発のムックでは明かされていないのに、本誌では書いちゃってるという攻めの姿勢。
なお、本noteではムックに準拠してウラ技の内容は伏せておきます。
(1989年3月号より)
角川文庫? スニーカー文庫?
1989年4月号には、小説版『ロードス島戦記2』の広告が2箇所あります。

巻頭のカラー広告では、「角川文庫」となっていました。

モノクロページには「スニーカー文庫」の広告があるのですが、ここにも『ロードス島戦記1・2』がありました。
いかにもレーベル立ち上げの端境期といった感じがします。
(1989年4月号より)
ロードス島戦記RPG単行本化決定!

1989年7月号で、リプレイで使用されたルールをまとめた『ロードス島戦記RPG』が発売されると告知されました。
このときは「単行本化」とあります。
(1989年7月号より)
その後、『ロードス島戦記コンパニオン』と題を改め、B5版(コンプ本誌と同じサイズ)の「コンプコレクション」第1弾として発売されることとなります。
『ロードス島戦記』と『宇宙皇子』の劇場公開

『ロードス島戦記』と『宇宙皇子』のOVAを劇場公開したときの広告です。
『ロードス島戦記』のキャッチコピー【剣と魔法と恋の物語。】とは……?
(1990年10月号より)
LDの広告

OVA版『ロードス島戦記』のLDの広告です。
LDを全巻一括購入すると、「出渕裕 Lodoss Concept Book」と予約購入特典が付いたそうです。
(1990年11月号より)
サンキューベリーマッチショー

角川メディアオフィスが主催するオフラインイベントの広告。
グッズ販売やOVA上映会の他、『ロードス島戦記』はじめTRPGをプレーする機会もあったようです。
現在でこそ、こんなカンジのオタクイベントもありますが、当時はかなり攻めた内容だったんじゃないでしょうか。
(当時は子どもで、こういうイベントが他にもあったのかどうか把握できてませんが)
便宜上、本noteでは「会場に足を運ぶイベント、対面のTRPGで遊ぶイベント=オフラインイベント」という言葉を使ったのですが。
考えてみると、当時はオンライン上でイベントなんて、かなり難しかったでしょうね(パソコン通信でできたのかな?)。
(1991年1月号より)
ファンタジー王国Ⅰの広告

『ロードス島戦記外伝 妖精界からの旅人』が掲載された『ファンタジー王国Ⅰ』の広告。
当時は『ロードス島戦記』に飢えていたので、この短編アンソロジーも読んでいた記憶があります。
(1991年2月号より)
TRPG専門誌創刊

1991年8月号に、「テーブルトークRPG」専門誌がコンプの増刊号として発刊されることが告知されます。
これが後の『コンプRPG』の創刊となります。
この増刊でも『ロードス島戦記』が扱われることがアナウンスされています。
(1991年8月号より)
コンプRPG月報

1991年11月号に掲載された「コンプRPG月報」の記念すべき最初の記事。
コンプRPG発刊記念の「テーブルトークRPGコンベンション」のリポートです。
記事のリードにもありますが、これが掲載されたときは、まだコンプRPGは発刊されていません。
(1991年11月号より)
ゲームと原作の違い

『ロードス島戦記Ⅱ 五色の魔竜』にて、ゲームと原作との違いをコラムに入れるなど、コンプらしさがありました。
(1992年5月号)
これ以外のコンプティークに掲載された『ロードス島戦記』の記事や思い出話が本書では書いています。
ぜひお手に取って、この当時のコンプティークや『ロードス島戦記』のことを思い出してみてはいかがでしょうか。
『ロードス島戦記』以外のネタ
『ロードス島戦記』以外でも、コンプティークのバックナンバーを見ていておもしろかったネタをご紹介。
闘うパソコンゲームマガジン

1985年11/12号に、月刊化にあたりコンプのキャッチコピーを考える「キミはコピーライター。」という募集がありました。
賞品として、最優秀賞(1名)に図書券1万円分、優秀賞(2名)に図書券5000円分。
〆切は11/1までで、雑誌発売は1985年10月16日前後だったことを考えると、けっこうタイトなスケジュールでした。
(1985年11/12号より)

1986年1月号で、最優秀賞は渡辺和久さんと発表されました。
そして、この号から「闘うパソコンゲームマガジン」がキャッチコピーとして使われることになりました。
(1986年1月号より)
欲しがりましょう、当たるまで。

高橋名人が「サッポロビール」の広告キャラクターに起用されていました。
キャンペーンに応募すると、名人のサイン入りハドソンスティックとファミコンのソフトがもらえたようです。
ハドソンとのコラボ企画だったのかもしれませんが、高橋名人って他社の広告にも登場していたんですね。
(1986年5月号より)
コミックコンプの準備?

「新人コミック作家大募集」としてマンガの持ち込みと投稿を受け付けています。
この段階では掲載誌について情報はありません。
(1987年11月号より)
コミックコンプ創刊

1988年3月25日、コミックコンプが創刊されるとの広告。
創刊当初は「コミックコンプティーク」という誌名でした。
先述した新人漫画家の大募集で、漫画家としてデビューされた方はいらっしゃるのでしょうか。
(1988年2月号より)
ゲーム版『天と地と』がコンプ読者特別販売

1990年9月号に、パソコンゲーム版『天と地と』がコンプ読者特別販売されるとの広告。
定価で購入の上で特製テレカ付きました。
角川メディアオフィス(KMO)はコンプ誌上で、テレカなどのグッズを通信販売していたので、これもそんなカンジだったのでしょうか。
(1990年9月号より)
戦国ヒロイックファンタジー

劇場版『天と地と』はキャッチコピーといえば「この夏、赤と黒のエクスタシー」が有名です。
しかし、ゲーム版や後に発売されるVHS版では「戦国ヒロイックファンタジー。」というものも使われていました。
(先述の読者特別販売にも用いられている)
こちらのキャッチコピーが映画版にも使われていたかは不明です。
そして『天と地と』の劇場公開に合わせて、原作小説の広告も掲載されるようになりました。
その広告のイメージイラストも天野喜孝氏が手掛けられていて、なんともヒロイックでファンタジーな雰囲気です。
ゲーム版や映画・VHSでは、劇中の実写イメージが使われていたので、ものすごいインパクトです。
(1990年10月号より)
サンタ・マリア号

サンタ・マリア号と角川春樹社長。
(1992年7月号より)
