香港火災が蘇らせた、見えない火種と消えない嗚咽【今日の余録】
高層マンションから立ち昇り続ける黒煙。窓という窓から炎が押し出され、異様な気配をまとって揺らめく。香港の火災映像だ。外壁を覆う竹の足場とネットが、火の勢いを加速させたという。近代的な都市の風景が、一瞬で地獄絵図に変わる。その落差に、背筋が凍る思いがした。どれほど堅牢に見える建物でも、ひとたび牙をむいた炎の前では、あまりにも無力だ。
きょうの余録はこの火災を取り上げ、香港独特の「竹の足場」に焦点を当てていた。竹の可燃性が被害拡大につながったという含みはある。だが、現地では「防護ネットの素材が適切でなかった」との指摘がSNSで目立つ。竹であれネットであれ、あるいは管理体制の不備であれ。何らかの綻びが連鎖し、安全管理の穴が浮き彫りになったことだけは間違いない。
忘れられない光景がある。小学生のとき、学校からほんの数分の場所で火事があった。避難した校庭から見ると、濃い黒煙が絶え間なく立ち上っていた。近所の家が燃えていたのだ。同じ学校の生徒の自宅だった。その生徒は、その光景を見てただただ泣き叫んでいた。火元はたばこの不始末だったらしい。平穏な日常が、ほんの数センチの火の塊により、あっけなく灰燼に帰す。腹の底から絞り出されるような嗚咽を直に聞いたのは、このときが最初で最後かもしれない。
恐ろしいのは、火がすぐには燃え上がらないケースだ。たばこ火災には「無炎燃焼」という現象がある。炎を出さず、布団や畳の内部で長時間くすぶり続ける。数時間経ってから、条件が揃った瞬間に爆発的に燃え上がるのだ。音もなく進行する危険は、外からでは察しようがない。気づいたときには、もう手遅れになっている。消防庁の統計でも、たばこは出火原因の上位を占め続けている。
最近は火を使わない加熱式たばこも増えたが、まだ紙巻たばこを愛飲する人も多い。たとえ小さな火種でも、条件さえ揃えば家を一軒焼き尽くすには十分だ。12月からは寒気が強まり、真冬の様相を呈すようだ。乾燥した空気が支配する季節。たばこに限らず、火の始末だけは、くれぐれも用心したい。
