【閑古鳥雑貨店のプク】マグカップ選びに疲れた夜に、これだけが残った話
マグカップを選ぶのが、少し面倒になっていた。
割れにくいとか、軽いとか、かわいいとか。
条件だけが増えて、どれもしっくりこない夜が続いていた。
雪の日のあと、店はいつもどおりだった。
バレンタインが終わったからといって、何かが変わるわけでもない。
シャッターを少し早めに下ろして、店の奥の小さなテーブルに腰を下ろす。
昼間ほどではないけれど、外はまだ冷えている。
コーヒーを淹れた。
この時間に必要なのは、味よりも温度だと思っている。
ちゃんと温かいこと。それだけでいい。

手に取ったのは、家にあった耐熱ガラスのマグカップだった。
新しく買ったものでもないし、誰かに勧められた覚えもない。
気づくと、最近はいつもこれを使っている。
取っ手があって、指が自然に収まる。
ガラスだから、中身の色がそのまま見える。
それだけのことなのに、飲む前に一呼吸置ける。
たぶん私は、マグカップに主張を求めていない。
かわいさも、重さも、特別な形も、いらなかった。
飲み終わったあと、
テーブルの上にそのまま置いてあっても気にならない。
それがいちばん大事だった。

プクは、少し離れた場所で丸くなっている。
ストーブの前でもなく、私の足元でもない。
ちょうどいい距離だ。
カップに口をつけるたび、
ガラス越しに湯気がふっと揺れる。
それを眺めている時間が、思ったより長くなった。
以前は、マグカップを選ぶのに妙に時間をかけていた。
割れにくさや軽さや、収納のこと。
条件を並べて、結局どれも決めきれなかった。
でも、夜に一人で飲むときは、
条件よりも「邪魔にならないこと」のほうが大事だったみたいだ。
使っていない時間、
きちんと背景に戻ってくれるもの。
このカップは、そういう役割に向いていた。

飲み終えて、カップを洗う。
ガラスは汚れが残りにくくて、拭きあげも早い。
そのまま棚に戻す。
また明日も、たぶん使う。
理由は説明できないけれど、
使わない理由も見当たらない。
プクが、いちどだけこちらを見る。
何も言わず、また目を閉じる。
一人で飲む夜には、
これくらいで、ちょうどよかった。
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