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【閑古鳥雑貨店のプク】バレンタインデーなのに、大雪だった日


朝、カーテンを開けた瞬間、少しだけ迷った。
今日は店を開けるべきか。
それとも、開けない理由を探す日か。


窓の外は一面の雪だった。
きれい、で済ませるには多すぎる。

道路の輪郭がぼやけて、
いつもの景色が、白い紙に上書きされている。

天気予報は、昨夜からずっと大雪のまま。
「不要不急の外出は……」という言葉が、テレビの下で繰り返される。
その中に、私の店も入っている気がした。

それでも、いつもの時間に鍵を回した。
看板を出し、ストーブをつけ、カウンターを拭く。

「バレンタインデーだから」という理由は、どこにも見当たらなかった。


プクは、開店準備のあいだ、ずっと丸くなっていた。
雪の日は、だいたいこうだ。

店の前の歩道には、まだ足あとがない。
ときどき、屋根の端から雪が落ちて、鈍い音がするだけだった。

私は、レジ横のメモ帳を開いた。
仕入れは来ない。
宅配も遅れる。
来店も、たぶんない。

こういう日は、普段なら「よかった」と思う。
何もしない理由が、ちゃんと外にあるから。

でも今日は、少し落ち着かなかった。

バレンタインデー。
それが何かを運んでくるわけでもないのに、
胸の奥に引っかかっている。


私は、引き出しの奥の小さな箱を思い出した。

昨日の夜、コンビニで買ったチョコだ。
誰かに渡すためではない。
そう言い切れる顔で、私はレジに並んだ。

包装は赤い。
袋の奥に押し込んだまま、家に帰ってからも出さなかった。

今朝、その箱は引き出しの中にある。
使われない前提で、静かに。

プクは、そんな事情を知らない。
知らないまま、眠っている。


昼前、店の電話が鳴った。

相手は、魚屋の奥さんだった。

「開けてる? こんな日に」
「ええ、なんとなく」
「うちもだよ。なんとなく」

それだけ話して、電話は切れた。

私は、コーヒーを淹れた。
湯気が立つのを見て、窓際の椅子に座る。

外は、まだ白い。


午後になって、雪が少し弱まった。
ドアベルが鳴った。

魚屋の奥さんだった。
マフラーに雪をつけたまま、紙袋を差し出す。

「余ったから」

中には、丸い焼き菓子が入っていた。

奥さんは店を一周して、何も買わずに帰った。
それでよかった。


私は、引き出しを開けた。
赤い箱を取り出し、今度は戻さなかった。

プクは、ストーブの前で丸くなっている。

夕方、雪はまた強くなった。
私は、店を早めに閉めた。

クッキーを一枚、皿に置く。
赤い箱を開ける。

中身は、ごく普通のチョコだった。

ひとつ、口に入れる。
甘さのあとに、少しだけ苦みが残る。

プクは、何も言わない。

私は、もう一粒チョコを口に入れた。
理由は、特にない。



窓の外は、まだ白い。

包み紙が、一枚増えていた。



※本記事はフィクションです。
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※商用利用可能なフリー素材の画像、イラストを使用しています。


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