column:ヒッキーP/主観・『無色透名祭』録――伝説の4日間・最後の瞬間まで膨張していったムーブメント――
※このコラムは、2023年4月29日初版の同人誌『合成音声音楽の世界2022』に掲載したものになります。
文:ヒッキーP
はじめに
「とんでもない顛末を目撃してしまった……」
祭り最終日の夜、隠されていた投稿者名の「ネタばらし表」がめくれ、周囲の群衆が混乱の表情でどよめく中、私もまた呆然として立ち尽くしていた。人によっては色々な感想があるだろうけれど、4日間の祭りの経過をリアルタイムに追っていた人間にとっては、あの終了の瞬間に感じた「実は自分が社会実験の現象に乗せられていたと気付いてしまう感覚」は、ほかによほどのことがない限り、比類なき体験だったと思う。
ボカロシーンの初期体験のような興奮を思い出すとともに、(当初意図されていなかったトラブルも含めて)この『無色透名祭』の4日間がいかに事件的だったか、最終日の最後の瞬間に向かって熱狂的になっていく完璧な4日間であったかを、公式のボカロ曲レビュー団体「ぼかれびゅ」レビュアーとして、ほんの少しだけ運営側を覗かせていただいた私の視点から、主観で記録していきたいと思う。
「純粋に楽曲だけで実力を知らしめる機会」は果たして実現できるのか?
『無色透名祭』は、2022年の7月28日から7月31日にかけてはじめて開催されたボカロ曲(以下、各合成音声を使用している楽曲を含めた総称として使わせていただく)の投稿祭で、同年2月25日に主催のボカロP・ちいたな氏、企画協力のけすまる氏により概要が発表された。はじめは、ちいたな氏を中心とした個人規模で企画が進められていたが、ニコニコ動画運営が動画投稿祭応援施策として支援するかたちで、公式イベントとして形作られていった。
この投稿祭のほかとは違う最大の特徴が「投稿者名を伏せて、白背景の曲動画を一斉に投稿する」ということで、ここには主催のちいたな氏の「作者の知名度や話題性によらず、純粋に楽曲だけで実力を知らしめる機会を作りたい」という思いが込められている。
この投稿祭では以下のような厳格なガイドラインが設けられており、開催数週間前にそれに則った動画のアップロードを募った。
・動画には白い背景と黒い文字で、タイトルと歌詞のみを表示できる
・特定のフォントのみ使用できる
・アニメーションは不可
・未公開曲のみ
・作者は参加を表明してもいいが、イベント終了までどの曲を投稿したか示唆するような発言をしてはいけない
・作者1名につき2作品まで
集められた作品は、開催日である7月28日の18時に運営によって一斉に代理投稿され、7月31日の20時にニコニコ公式生放送とともに作者名と曲名が照合できるPDFファイル、いわゆる「ネタばらし表」が配布されフィナーレ、という行程が組まれた。
『ボカコレ』とは違い、再生数などの反響を競わせるためのシステムはなく、覆面の状態でそれぞれの作品を楽しみ、その後に答え合わせをした際の感覚も併せて楽しむというところにフォーカスが当てられた。なお、ネタばらしをしたくない作者は「永久匿名」を選択することも可能で、それらの楽曲は「ネタばらし表」にも作者名が記されず、本人が企画終了後に公言しない限りは、主催のちいたな氏にすら明かされないままとなる。
最終的に集まった作品は3,000曲あまりにのぼり、うち300曲近くが「永久匿名」の作品となった(「永久匿名」の作品のうち、何割かは後日作者本人からネタばらしがされた)。
私はというと、このとき結成されたばかりの「ぼかれびゅ」にレビュアーとして門をくぐらせていただき、その最初の活動として「『無色透名祭』の投稿作品を開催1週間前からあらかじめ視聴していき、開催と同時に始動する「ぼかれびゅ」公式Twitterアカウントのツイートネタとして、できるだけ多くのオススメ曲のレビューを書き溜める」という使命を与えられ、開催前からワクワク半分・不安半分の武者震いをしていたのだけれど、私自身がボカロPとして投稿に参加しなかったのは、正直に言うと、まさかここまで事件的な盛り上がりを見せるとは、そのときは思ってもみなかったからだ。
『無色透名祭』の話題がボカロPのあいだで出るようになってきた2022年春頃には、ボカロ曲の投稿祭としてはすでに『ボカコレ』が定着しており、大変白熱した盛り上がりを見せていた。それぞれの作者がここぞとばかりに作り込んだ作品が特定の期間内に投稿され、そのインプレッション数を1時間ごとにランキング化して伸びを競う、ボカロ版天下一武道会。これをきっかけにブレイクするボカロPも生まれ、ここ数年のボカロシーンの起爆力を担うイベントとなっているが、一方で「結局は元々のネームバリューが勝負の大部分を決めているではないか」「元々の知名度がなければ、作品の内容にかかわらず埋もれてしまうのではないか」といった批判的な見方もあり、そういった意味でもカウンター的な立ち位置として『無色透名祭』が期待されている部分があった。
この祭りでは運営が代理投稿をすることで、それぞれの作者が持っている元々のネームバリューは一旦無に還される。作品自体が持っている内容が完全にフラットに並列された状態で吟味され、純粋な反響をみることができるのではないかと楽しみにされる雰囲気もあった。しかし、多くのボカロPやリスナーの間で「理想としては盛り上がってほしいけれど、なかなか難しいんじゃないか」という見解が大きかったのはなぜか?
その理由として、すでに年2回の『ボカコレ』をはじめ、いくつかのボカロ曲投稿祭によってイベントが飽和していることと、それぞれの祭りの投稿作品数が多く、結局ほとんどの人が一部の投稿作品しか見て回れないという現実を目の当たりにしていることが挙げられる。あれだけ大規模な影響力や認知度を誇る『ボカコレ』でさえ、一斉投稿のデメリットとして新着順に動画をソートしても表示されにくいが故に、伸びない人は普段よりも伸びないことすらありえる。
直近の『ボカコレ』開催から約3ヶ月後のスパンで、作者の情報もなく、サムネイルや動画のフォーマットもすべて同じ状態で、周回できないほどの数の作品が一斉に投稿されて並べられたら、聴いて探す側も注力できず、再生数が伸びずに共倒れしてしまうのではないか?という懸念が大きかった。
また、今回は柊キライ氏、いよわ氏、Chinozo氏、きくお氏、OSTER Project氏など、多くの有名ボカロPが参加することを明言したが、参加表明した有名ボカロP経由で祭りを知った多くの層は、結局「有名P当てゲーム」に終始するだけの祭りになってしまうのではないか?と予想する人もいた。
しかし、祭りが進んでいくにつれ、これらの予想は思わぬ覆り方をしていく。
事前に作品を鑑賞した私の高揚
開催1週間前より、秘密のクラウドサーバーを通じて作品を視聴しはじめた私たち「ぼかれびゅ」メンバーにも、もちろん作者名などは一切明かされず、また開催前に視聴した楽曲についての感想を共有できるのは「ぼかれびゅ」メンバーのグループチャット内だけだったので、ほかの人と大々的に語り合えるようになるまでは、衝撃的なボカロ曲と出会っても悶々とした気持ちを充分に発散させられずにいたのだけれど(開催までは各メンバーが作品視聴を消化するのに手一杯で、それぞれそこまで多くのコミュニケーションをとれる余裕を持っていなかった)、私個人の感想として、視聴を消化していくにつれ「これは(再生数的な成功を収めるかどうかはわからないが)非常に面白い祭りになるぞ!」という確信を深めていった。
普段から定期的に新着ボカロ曲をチェックしている私個人の感覚からすると、集まっている楽曲の方向性は普段のそれとそこまで変わらないように聴こえたが、手が抜かれているなどといった印象は無く、かつ『ボカコレ』のときのような肩肘張った雰囲気が少なかったので、とても巡回しやすく感じられた。
肩肘張った雰囲気が少なかったのは、普段のボカロ作品のような映像情報が無かったからなのかもしれない。映像の情報に引っ張られず、なおかつ字幕を見ながらボカロ曲を体験できる感じは初期に通じるものがあった。「アニメーションや絵がないからこそ、素直に気に入ることができているのかも」と感じられる瞬間すら何度もあり、派手なアニメーションやイラストをつけることは必ずしも魅力を伝える上で吉ではないのでは、と今のボカロフォーマットのあり方を考え直すきっかけにもなった。
また、流行の音楽性を追う一派もいれば、完全に我が道を行く個性的な楽曲も多く集まっていたが、とにかく共通して、白背景で黒文字字幕でも100%熱狂させたいという気持ちや配慮がこもった作品が一堂に会しており、とても熱かった。
ちなみに、私は事前に作者当てゲームをするつもりはなかったが、極めて特徴的な作者数名の楽曲に関しては意識せずともわかってしまった(特にキテさんの曲!)。
これらの楽曲群がどんな結果をもたらすのか、想像できるようで全くできなかった。開催数日前は、どうすれば多くの人に多くの曲を薦められるか、SNSにおける私個人の動き方をずっとシミュレーションしていた記憶がある。とにかく、楽しみは膨らんでいった。
突如あらわれた「不公平」
そしていよいよ開催日。祭り開幕の時間帯ともなると、Twitterのボカロクラスタも期待・不安ともどもボルテージが上がってきたが、まさに3,000あまりの動画が一斉投稿された瞬間、そのトラブルは浮き上がった。『無色透名祭』にはニコニコ動画内に公式の特設ページが用意されていたが、一斉投稿された作品は6つのマイリストに分けられて格納され、それらが特設ページから閲覧できるような仕組みを作っていた。あたり前だけれども、ページで一番上の方に表示される動画ほど目立ってアクセスされやすい。開幕の瞬間、祭りの開始の報せは確かに大きく広まりはしたが、そこで上の方に表示されていた数10曲にのみ偏ってアクセスされるという非常に歪なスタートダッシュを切ってしまったのだ。
システム上の偶然で一番上に表示されていた曲は一瞬で数千再生を記録していたのに対して、下の方にあった大部分の曲は数十再生いくかどうかという、とてつもなく大きい格差が生まれてしまった。いくら『無色透名祭』が再生数などの反響を競うためのものではないとはいえ、「ネームバリューによる力が発生しない公平な状況下で、楽曲の実力だけでの反響をみたい」という意図からは反するトラブルのため、そのときのTwitterのタイムラインでは多くの落胆の声が上がったことを記憶している。「結局実力とは関係ない運ゲーじゃんか」「ラッキーな一部の曲以外はどんなにすごい曲でも総倒れで埋もれたな」などと、悲しい嘆きがあちこちから聞こえてきた。個人的には、このトラブルもまた最初期のニコニコ動画っぽくて面白く感じていたが、批判的な立場の気持ちも痛いほど伝わってくる状況だった。
『ボカコレ』のように特設ランキングは用意されていなかったが、祭り自体への反響はある程度大きかったため、ニコニコ動画本体のランキングを『無色透名祭』の上位曲がジャックするという現象が発生した。しかし、これも楽曲の反響が反映されたものではなく、特設サイト表示上位の楽曲が機械的にランキング上位をジャックするかたちとなった。投稿祭をライトに楽しむ大部分のユーザーは、ニコニコ動画のランキングを頼りにする方も多いので、そこでさらに伸びる曲と伸びない曲の格差は広まり、『無色透名祭』に希望を見ていたボカロPやコアなリスナーのあいだには諦めの空気感が漂った。これが7月28日、1日目の夜だった。
しかし、そんな1日目の夜にも面白い現象は見られた。ニコニコ動画のランキングに顔を出した上位曲は、ネームバリュー主体のボカコレと違って完全にシステム上の運で注目されたものだ。その中には、普段であれば数百再生で埋もれている性質の作品も多く含まれていたが、それらに対する反響は決して否定的なものではなく、まるでボカロシーン初期のようなハードルの低さと熱量の高さでライトなリスナーに迎え入れられたのだ。これは、祭り自体の高揚感も含まれていると思われるが、ライトなリスナーが大ヒット曲以外のボカロ曲にアクセスする機会、またはビビッドな動画を伴わないボカロ曲を鑑賞する機会を長らく失っていたことも関係しているのかもしれない。なにはともあれ、伸びそうな雰囲気からは外れた楽曲を新鮮な発見として楽しむ土壌がにわかに立ち現れた。これは非常にワクワクさせる現象だった。
とはいえ、上述のトラブルにより微妙な流れになるかと思われた祭りは、ここから怒涛の展開と巻き返しを見せる。むしろ、これらの歪で不公平な格差が、シーンを愛するコアなリスナーやボカロPに異常な執着と使命感、熱狂を与えていったのかもしれない。
界隈が持つ純粋なマスパワーが試されている
「ぼかれびゅ」による公式レビュー群は、ニコニコ動画のランキングとは別の窓口として投稿楽曲を紹介するツールとしてわずかに機能したが、それよりも、その活動に続くかたちでほかの多くのボカロリスナー・ボカロP間でも活発にボカロ曲発掘の情報発信・交換がされていったことが、その後の流れを変えた。中には、あらかじめ「ぼかれびゅ」のレビュアーとして選ばれていた特定のリスナー(私も含む)に対して嫉妬する声も見られたが、そういった「俺の方が熱くボカロ曲を紹介できるのに、なぜこいつらが選ばれるんだ!」といった感情もまた、さらに発掘・発信の熱量に拍車をかけたのかもしれない。
『無色透名祭』の投稿楽曲にはニコニ広告をつけることができなかったのだが、このことも非常にうまく作用した。課金によって再生数やランキングを左右させられないので、そうなると後は純粋なクチコミのパワーに頼るしかない。2日目あたりで、この祭りは作品自体の内容を見られているだけでなく、界隈が持つ純粋なマスパワーが試されている祭りなのだと気付いてしまった人も多いのではないか。発信する側だけでなく、それらの情報を積極的に受け取って反応をしていこうという流れも活発化していき、独特なチームワークが形成されていったのがこの時期だった。
1日目に発生した不公平を埋めようとするかのように、当初サイトの上の方に表示されていなかったがゆえに全く伸びていなかった楽曲が、クチコミの連鎖で拡散されてニコニコ動画のランキングを駆け上がっていき、『無色透名祭』の楽曲内でヒットの入れ替わりが発生しはじめたのが2日目だった。最終的に『無色透名祭』の代表的楽曲となる世界電力氏の“ポストずんだロックなのだ”も、そういった傾向の伸びを見せた。
つまり、運良くサイトの上部に表示されて伸びた楽曲群には大変申し訳ない言い方だが、最初に注目されたそれらの楽曲が「仮想敵」となり、2日目以降、それを塗り替えようというボカロリスナーの気運が高まり異様な熱狂が上乗せされていったのではないか、というのが私の仮説だ。『無色透名祭』は、はからずもこの2日でボカロの内部にパンクロック・ムーブメントの構図を形成してしまったのだ。
3日目あたりになると、とある注目楽曲のパクリ疑惑などもゴシップ的に話題にのぼりつつ、「有名ボカロPの楽曲はこれじゃないか?」という推測や議論が活発化していった。「どこかに有名Pの楽曲が紛れている」という事実はリスナーの発掘意欲に大きく寄与している要素だったが、そういった推測をどこまでコメント欄やSNSで書いていいのかというバランス感についても話し合われていた記憶がある。自信満々に「これはこの作者だね!絶対!」と断言する方も結構いて、それについて長文の考察ブログ記事を書く方まで現れ、「無色透名祭マス」はさらにヒートアップの様相を見せた。
しかし、そういった話題に必ずしも終始しなかったのは、「有名Pっぽい」に留まらないユニークな作品にあふれていたことが大きく貢献していたからだろう。衝撃を受けた楽曲は何曲もあったが、今回はあえて具体的な楽曲には触れないかたちでレポートにしている。本書のレビューページで楽曲に言及している方もいるので、要チェック。
「ネタばらし」という現代アート
最終日の4日目には、1日目で発生した不公平な格差もかなり縮まり、最も再生されていない楽曲でも200再生を超えるという、近年のボカロシーンでは見られない快挙に至った。すでにイベント自体を「大成功」「伝説」とまで称賛する声も多く、開催前に悲観的な見方をして参加を見送っていたボカロPが「これなら参加すればよかった」と悔しがる姿も散見されるようになった(私もそのひとりである)。イベントは1日目の落胆からはじまったこともあり、4日目にかけてどんどんボルテージが上がっていくという、企画として理想的なかたちを描いた。1日目には軽い気持ちで傍観していたが、2日目以降に惹きこまれ、最終日にはその動向に目を離せなくなっていたという方も多いだろう。
この祭りの伝説的だったところは、開催中の4日間に運営側がユーザーに特別なトピックや中途企画を提供していたわけではないのに、4日間でユーザーが自発的に音楽コミュニティを形成していく過程自体が『無色透名祭』というムーブメントの存在そのものになっていったことだ。1日目に作品が一斉に投稿されているのに、2日目、3日目、4日目と盛り上がりがどんどん大きくなっていくなんて通常はありえない。それは、この祭りの4日間で、音楽シーンの勃興と爆発を擬似的にシミュレーションしていたからにほかならない。ずっと加熱し続けていた盛り上がりは、この日の夜、主催・ちいたな氏の公式ニコニコ生放送にて、作者名と曲名を照合できる「ネタばらし表」のリンクが発表された瞬間に最高潮を迎えるが、その結果は多くの人の度肝を抜いた。
「有名P……どこ?」
そんなどよめきが起こった。4日の間、ニコニコ動画のランキングでは幾度も『無色透名祭』の投稿曲が入れ替わっていき、最終的に数十曲が特に話題に上る人気楽曲となったが、その最上位の楽曲の大部分が、元々ネームバリューの大きくない作者による作品だったのだ。人気楽曲を有名Pのものと豪語しつづけ、信じて疑わなかったライト層が混乱し、ネタばらし表のPDFを必死にめくる様子が散見された(SNSを見ていて私が勝手に抱いた妄想です)。まさしく、作者名や映像の情報を制限してフラットにしたことで、普段の伸びとは全く違う結果があらわれるという革命的な実験結果が実装されたのだ。これがきっかけで新たに知名度を伸ばしたボカロPが生まれ、「有名ボカロP主義」の方々の価値観が改まる瞬間を目撃できた。
1日目から2日目の流れでとんでもない空気感をおぼえ、3日目から4日目の朝にはパンパンに膨れ上がったシーン感・ムーブメント感・革命感に興奮をたぎらせていた。しかし、その時点でさえまだマックスではなかった。ネタばらしされて企画が終了したその瞬間に、最も大きなパンク・ムーブメントの爆発は花開いたのだ。
「よっしゃっっっ!」
私は虚空に向かってガッツポーズを決めた。
祭りのあと
冷静に考えると、元々有名なボカロPは普段とは違う作風で投稿しようという方が多かったのに対し、ネームバリューを持たないボカロPは真っ向から有名ボカロ曲と勝負しようという姿勢の方が多かったことも、この結果に繋がったのかもしれない。いずれにしても、なんて面白い現象だったんだという思いが未だに蘇ってくる。一方でネタばらしの際、どうしても作者を知りたかった楽曲が「永久匿名」だったとき、言い知れぬ寂しさと侘しさをおぼえ、そのことも大きな余韻をのこした。
これをきっかけとして、逆に映像が担う魅力に気付いたり、自身が好きなのは動画やイラストありきの作品なのだと認識した方もいるかもしれないけれど、一方で、音楽自体が持つ魅力も遺憾なく伝わったイベントであり、『ボカコレ』とは全く別の切り口から多くの方々に新たなシーンの見方を提示することとなった。
主催のちいたな氏には、こんなにも現象的な面白さを持つイベントを開いてくれたことに最大限の感謝をしたいし、『無色透名祭』第2弾こそは絶対にボカロPとして参加したい。そのときには、今回体験し逃した方にもぜひ「事件」を目撃してほしい。
後日、きくお氏が有名ボカロPという立場から、自らの『無色透名祭』体験談をPixiv Fanbox内に上げていた。細かな感情の変化など、この祭りの臨場感を感じさせる素晴らしい記事だったのでおすすめ。
執筆者プロフィール
ヒッキーP
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