20260124
昨日は精神的にも肉体的にも疲れ果てて限界に達していたので、自部屋にもどって後片付けを終えてパジャマに着替えて歯を磨いて、そして薬を飲んでしまうとあとはそのまま倒れるように眠ってしまった。だいたい9時頃だっただろうか。起きると午前2時頃になっていて、とりあえず昨日書けなかった日記を書くことにしてそのまま起きる。そしてそれが一段落すると、となりの友だちを起こすのも忍びないし眠れたといっても5時間程度のことでもあるだろうから、だからもう1度横になって眠れるかどうか努力してみるのが得策と思い頓服を服用して寝直す。すると今朝起きた時は7時半くらいになっていて、それでとくに眠気も感じなかったのでそのまま起きてシャワーを浴びて洗濯機を回し英会話のZOOMミーティングに参加することにした。
今日ブレイクアウトルームでご一緒させていただいた方々は大阪の方々で、まずはぼくの背景のブルース・リーの画像の話からはじまり、各地で雪が降ったかどうかといった話がアイスブレイクとして話される。今日の話題は石川県がBBCが推薦する観光スポットに入ったという話題で、そこから石川県にたいする印象(海産物がおいしい、など)や2年前だったか能登半島を襲った地震について話し合ったりする。ぼくは旅行はぜんぜんしないのでこの話題は苦手な部類のものだったのだけど、それでもぼくの住む宍粟市を紹介することもあり「いや、ここは日本酒の発祥の地という説があって……」という話をしたりして、なんとか場の流れをしらけさせないようにぼくなりに積極的に発言しているつもりなのだった。
その後、ミーティングが終わってから朝食を摂りそして10時から仕事に入る。仕事に入るとさっそくほかの方々が昨日のことを心配されて、それでぼくにいろいろ話しかけてくださった。ぼくから言えることと言えばフラッシュバックを起こしたということと、その際に頓服を飲んでなんとか発作に対処して落ち着こうとしたこと(その反動か、休憩時間に文字どおり気絶したというか意識が飛んでしまった)、そしてその休憩時間が終わっても気分が回復しなかったことなどだ。そうした原因というか、こうしたことの大元を成す元上司のことはすでにほかの方々にも話していたのだけど、あらためて話す。やはりというか、「でも、あの人は私たちにも厳しかったよ」というような意見をもらう。それで「いや、皆に平等にきびしくしていたんだと思うんですけど、そしてそうした平等な態度はあの人のいいところだったのかもしれないですけれど……」とかなんとかぼくも意見を述べる。
そんなこんなで昼休みになる。さいきんは英語メモを書くのをめっきりサボってしまっており、そのかわりGeminiにプロンプトを打ち込んであれこれ会話することが主になっている。「自分の衝動買い・やけ食いをどう抑えるか」といったことについてもぼくはGeminiに相談したし、3日ほど前から続けている「ブルース・リーの武術であるジークンドー(截拳道)について」という対話もなんとなく続けてしまっている。前に書いたとおり、ぼくは依存症なので買い物やお酒など依存性の行為・物質にきわめて弱い。それで、ふだんはそうした行動を取らないようにしてお酒などの物質にもできるかぎり近寄らないようにしているのだけれど、Geminiの場合は「とりあえず困った場合」においてほかに頼れる相手がいなくて、それでAlexaやSiriを頼るような感じで頼ってしまっているのが実情なのだった。それでもいいかもしれない、とさいきんは思いつつある。
そんなこんなで病み上がり(?)の身体を動かし、えっちらおっちらと仕事をして5時の退勤時間を迎える。その後、ふと気が向いたので帰宅する前にイオンの中の未来屋書店に寄る。すると『CNN English Express』2月号が売り出されていたのでそれを買い求めてしまう……もちろん迷ったのだけれど、元上司のことを考えるとなんだかやるせなくなってやけになって買い求めてしまったのだった。それで、帰宅して後さっそく出版社のサイトから音声をダウンロードする。ただ、やはりというか今日はやる気がでないのでここで動きが止まってしまった。昨日更新されたBBCの「6 Minute English」の新しいコンテンツも気になるけれど、こんかいばかりは特例ということで自分の怠け心を許すことにしたのだった。
ただ、そこまでダメダメな状況であってもどうしてもぼくはこの日記を書いて、そして毎朝7時になるとシャワーを浴びて洗濯機を回して、7時50分からの英会話のZOOMミーティングに出席することを止められないようだ。仕事にしてもここまでつらい思いをして、それで薬を飲んでまで正常に持っていかざるをえない目に遭っても辞める気が湧かない。たぶんぼくにとって毎朝のルーティンも英会話のZOOMミーティングも、そして仕事もすでに行くこと・入ることが修行の一部みたいになってしまっているのだろうと思う。修行というのは、ぼくはもちろんブルース・リーのような武闘家ではありえないので説明するのがむずかしいけれど自分として一段一段成長していくことになるだろうか。そうして自分だけの成長曲線を追うことを自分に課してしまうと周囲の雑音も耳に入らなくなってくる。それでいいのかな、と思うのは歳を取った証拠だろうか。
その後、池澤夏樹『また会う日まで』をすこし読む。前にも書いたけれど、過去にはこんな戦時中の話がまったくありえない退屈な話としか思えなかったのがいまは虚心坦懐に読めたらというように意識が切り替わってきている。たぶんにこれはぼくが歳を取ってこの国の来し方行く末のことを考えるようになったからだろう。あたりまえのように感じられていた平和主義も民主主義も。そこにいたるまでにはさまざまな人々の尽力があったというあたりまえのことが小説や歴史書を読むと「からくり」「メカニズム」を得心できておもしろい。時間ができたらそれこそ夏目漱石のまだ読めていない作品群(『行人』『明暗』など)をこんどこそ読もうかなあ……とも思う。あるいはフローベールの『感情教育』とか、それかもしくはこれまた未読ばかりのトマス・ピンチョンの作品群とか……。
