真っ赤な僕のペンネ
「これはね、特別な人だけに見せるメニューなんですが」
真っ赤に口を染めたマスターは、メニューを僕へ差し出した。
◆
その噂を聞いたのは、noteを始めてから二ヶ月がすぎた頃だった。noteを極めた達人が経営するBARがあるというのだ。チラホラとスキがつき、コメントが一件入っただけの僕のnote。何が足りないのだろうか。風が強い週末、僕はそこへ出かけることにした。
そのBARは、繁華街の裏路地にある。まず、西の外れにある細い路地へ入る。突き当りを右へ。階段を降りると、そこに鉄の扉が現れる。トン・ト・トンとノックをし三十秒待つ。カチリと鍵が外れる音がする。その鉄の扉を両手で押し、ようやくBARに入ることができる。
「いらっしゃいませ」
息を呑んだ。出迎えたのは長身のマスターだった。口の周りを真っ赤にし、ニコリと口元だけを釣り上げている。僕が驚いているのを見て、マスターはナプキンをつまみ上げ、口元を丁寧に拭いた。
「すいません、アラビアータが好きなもので」
マスターの手には大皿があった。それは赤いトマトソースで満たされ、その中にペンネの山があった。スキマークよりも鮮やかな色だった。
店内は狭く、カウンター席だけの小さな店だった。BARにふさわしく、カウンターには立派な無垢材が使われている。僕は吸い寄せられるように腰を下ろした。オーダーはグラスホッパー。マスターがゆっくりとシェイカーを振りはじめる。カシャクカシャクと小気味よい音が徐々に速くなる。その音が途切れると、草原を思わせるミントの香りが店内に広がった。
「マスター……実は僕、noteをやってるんです」
「そうですか」
「でも、スキがまったく増えなくて」
マスターは、ときおり頷きながら、話を聞いてくれた。いつの間にか、グラスホッパーのアイスフレークは溶けてしまっている。マスターは、ペンネのひとつにフォークを突き刺し、口へと運んだ。それを、じっくり味わい飲み込み話し始めた。
「読んでいる人の気持ちを想像なさい」
タイトルを見たとき、興味が湧いているだろうか。先が読みたくなるようなフックが文頭にあるだろうか。読み終わった後に想像の余地が残るだろうか。なにより、それを誰かに話したいと感じるだろうか。書いたnoteを印刷し、読者の気持ちになって赤ペンで気持ちを書きこんでみることです。アドバイスを言い終えると、マスタはーは手のひらで鉄の扉を指し示した。僕は背中を押されたように店を出た。
生真面目にも、僕はマスターのアドバイスを実行した。自分のnoteを印刷し、赤をいれた。ランキングで人気がある記事でも同じことをやった。比べてみると、おぼろげながら違いが見えてきた。その違いをほぐし、噛み締め、掬い取りながら記事を書いてみた。
みるみるうちに、赤いスキが増えていった。特に、誰かに話したくなるか?という問いは強力だった。僕はどんどん満たされていった。大皿の真っ赤なペンネのように。
それからというもの、僕のnote生活はどんどん充実したものになっていった。投稿に頭を悩ませる時間も、伸びていくスキを眺めるのも、大切な生活の一部になっていった。しかし、やはり限界はある。スキが50前後になると、また停滞し始めたのだ。
もっとスキが欲しい。僕はまた、BARの扉を押した。真っ赤な口で笑みをつくり、マスターが暖かく出迎えてくれた。こころなしか、赤いペンネの大皿が大きくなったように感じる。だが、そんなことはどうでもいい。
「マスター、実は……」
そう言いかけた僕の前にメニューが差し出された。
「これはね、特別な人だけに見せるメニューなんですが」
ショート、トール、グランデ。
そのメニューには、その三文字だけが並んでいた。価格もサービス内容も書かれていない。しかし、僕には予感があった。それは図書館の本のようには返却できない何かだろう。マスターはペンネを食べる手を止め、こちらを見ている。僕は ——
「スモールで」
「うけたまわりました」
そう言うと、マスターは手のひらで鉄の扉を指し示した。僕が店を出た直後から、ピコンとスマホへ通知が入り始めた。スキの通知だ。その後も通知は鳴り止まず、翌朝には300を超えていた。スマホを持つ手が、ほんのり赤い。
翌週、僕はまた鉄の扉を開いた。マスターは、真っ赤な口で笑みを作り、何も言わず、メニューを差し出した。僕は迷わずトールを注文した。その週、僕のnoteはコングラボードを獲得した。よく読まれたnoteに送られる勲章だ。スキは1000を超えていた。もっと、もっとスキしてほしい……。顔に赤みが差していく。ペンネのように鮮やかに。
そして今週も、僕は鉄の扉を開いた。真っ赤な口のマスターは、いつものメニューを差し出した。妙に暑い。視界が赤い。息が荒い。僕はメニューへと手を伸ばす。体調が悪い。今日はショートがいいだろう。
「ショート……いや、グランデサイズで——」
ピロリロリン
そのとき、スマホの通知音が響いた。僕はハッとして、スマホの青い画面を見た。コメントが入っている。アカウントを開設した頃にコメントをくれた人からだ。
「すごいスキの数ですね、簡単に追い越されちゃいました。以前に書いてたあのシリーズ、もう書かないのですか? 楽しみに待っています」
そうだ、最近、書いていなかった。noteを始めた頃に書いていた、大好きな冒険シリーズだ。それが書きたくてnoteを始めたのに、どうして忘れていたのだろうか。書きたい。今すぐ書かないと。体からもぞもぞと赤が這い出ていくようだ。
「すいません、マスター。僕、帰ります」
立ち上がった僕は、息を呑んだ。真っ暗な路地にひとりで立っていたからだ。
眼の前には誰もいなかった。それどころか、ペンネの大皿も鉄の扉もなかった。ただ薄暗い路地があり、繁華街の青いネオン光が見えた。そんなことがあるだろうか。しかし、今はそんなことはどうでもよかった。やるべきことは分かっている。
僕はコメントにスキを押し、その路地裏から抜け出した。
(了)
ニクニクを効かせたアラビアータには、ペンネが合うよね。
■セリフ
「ショート……いや、グランデサイズで」
■三題
・草原
・返却
・ペンネ
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