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真っ赤な僕のペンネ

「これはね、特別な人だけに見せるメニューなんですが」

真っ赤に口を染めたマスターは、メニューを僕へ差し出した。

 その噂を聞いたのは、noteを始めてから二ヶ月がすぎた頃だった。noteを極めた達人が経営するBARがあるというのだ。チラホラとスキがつき、コメントが一件入っただけの僕のnote。何が足りないのだろうか。風が強い週末、僕はそこへ出かけることにした。

 そのBARは、繁華街の裏路地にある。まず、西の外れにある細い路地へ入る。突き当りを右へ。階段を降りると、そこに鉄の扉が現れる。トン・ト・トンとノックをし三十秒待つ。カチリと鍵が外れる音がする。その鉄の扉を両手で押し、ようやくBARに入ることができる。

「いらっしゃいませ」

 息を呑んだ。出迎えたのは長身のマスターだった。口の周りを真っ赤にし、ニコリと口元だけを釣り上げている。僕が驚いているのを見て、マスターはナプキンをつまみ上げ、口元を丁寧に拭いた。

「すいません、アラビアータが好きなもので」

 マスターの手には大皿があった。それは赤いトマトソースで満たされ、その中にペンネの山があった。スキマークよりも鮮やかな色だった。

 店内は狭く、カウンター席だけの小さな店だった。BARにふさわしく、カウンターには立派な無垢材が使われている。僕は吸い寄せられるように腰を下ろした。オーダーはグラスホッパー。マスターがゆっくりとシェイカーを振りはじめる。カシャクカシャクと小気味よい音が徐々に速くなる。その音が途切れると、草原を思わせるミントの香りが店内に広がった。

「マスター……実は僕、noteをやってるんです」
「そうですか」
「でも、スキがまったく増えなくて」

 マスターは、ときおり頷きながら、話を聞いてくれた。いつの間にか、グラスホッパーのアイスフレークは溶けてしまっている。マスターは、ペンネのひとつにフォークを突き刺し、口へと運んだ。それを、じっくり味わい飲み込み話し始めた。

「読んでいる人の気持ちを想像なさい」

 タイトルを見たとき、興味が湧いているだろうか。先が読みたくなるようなフックが文頭にあるだろうか。読み終わった後に想像の余地が残るだろうか。なにより、それを誰かに話したいと感じるだろうか。書いたnoteを印刷し、読者の気持ちになって赤ペンで気持ちを書きこんでみることです。アドバイスを言い終えると、マスタはーは手のひらで鉄の扉を指し示した。僕は背中を押されたように店を出た。

 生真面目にも、僕はマスターのアドバイスを実行した。自分のnoteを印刷し、赤をいれた。ランキングで人気がある記事でも同じことをやった。比べてみると、おぼろげながら違いが見えてきた。その違いをほぐし、噛み締め、掬い取りながら記事を書いてみた。

 みるみるうちに、赤いスキが増えていった。特に、誰かに話したくなるか?という問いは強力だった。僕はどんどん満たされていった。大皿の真っ赤なペンネのように。

 それからというもの、僕のnote生活はどんどん充実したものになっていった。投稿に頭を悩ませる時間も、伸びていくスキを眺めるのも、大切な生活の一部になっていった。しかし、やはり限界はある。スキが50前後になると、また停滞し始めたのだ。

 もっとスキが欲しい。僕はまた、BARの扉を押した。真っ赤な口で笑みをつくり、マスターが暖かく出迎えてくれた。こころなしか、赤いペンネの大皿が大きくなったように感じる。だが、そんなことはどうでもいい。

「マスター、実は……」

 そう言いかけた僕の前にメニューが差し出された。

「これはね、特別な人だけに見せるメニューなんですが」

 ショート、トール、グランデ。

 そのメニューには、その三文字だけが並んでいた。価格もサービス内容も書かれていない。しかし、僕には予感があった。それは図書館の本のようには返却できない何かだろう。マスターはペンネを食べる手を止め、こちらを見ている。僕は ——

「スモールで」
「うけたまわりました」

 そう言うと、マスターは手のひらで鉄の扉を指し示した。僕が店を出た直後から、ピコンとスマホへ通知が入り始めた。スキの通知だ。その後も通知は鳴り止まず、翌朝には300を超えていた。スマホを持つ手が、ほんのり赤い。

 翌週、僕はまた鉄の扉を開いた。マスターは、真っ赤な口で笑みを作り、何も言わず、メニューを差し出した。僕は迷わずトールを注文した。その週、僕のnoteはコングラボードを獲得した。よく読まれたnoteに送られる勲章だ。スキは1000を超えていた。もっと、もっとスキしてほしい……。顔に赤みが差していく。ペンネのように鮮やかに。

 そして今週も、僕は鉄の扉を開いた。真っ赤な口のマスターは、いつものメニューを差し出した。妙に暑い。視界が赤い。息が荒い。僕はメニューへと手を伸ばす。体調が悪い。今日はショートがいいだろう。

「ショート……いや、グランデサイズで——」

 ピロリロリン

 そのとき、スマホの通知音が響いた。僕はハッとして、スマホの青い画面を見た。コメントが入っている。アカウントを開設した頃にコメントをくれた人からだ。

「すごいスキの数ですね、簡単に追い越されちゃいました。以前に書いてたあのシリーズ、もう書かないのですか? 楽しみに待っています」

 そうだ、最近、書いていなかった。noteを始めた頃に書いていた、大好きな冒険シリーズだ。それが書きたくてnoteを始めたのに、どうして忘れていたのだろうか。書きたい。今すぐ書かないと。体からもぞもぞと赤が這い出ていくようだ。

 「すいません、マスター。僕、帰ります」

 立ち上がった僕は、息を呑んだ。真っ暗な路地にひとりで立っていたからだ。

 眼の前には誰もいなかった。それどころか、ペンネの大皿も鉄の扉もなかった。ただ薄暗い路地があり、繁華街の青いネオン光が見えた。そんなことがあるだろうか。しかし、今はそんなことはどうでもよかった。やるべきことは分かっている。

 僕はコメントにスキを押し、その路地裏から抜け出した。

 
(了)


ニクニクを効かせたアラビアータには、ペンネが合うよね。

■セリフ
「ショート……いや、グランデサイズで」
■三題
・草原
・返却
・ペンネ

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https://note.com/valley_/n/n765fbdd87a9c


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