ザ・ラスト・レモンスカッシュ
いつだって休日は最高だ。
青い空。
眼下に雲。
体に打ち付ける大気。
そして、壊れたパラシュート。
ゴールデンウィーク後半、家族サービスを終えた俺はスカイダイビングにやってきた。妻は危ないから止めてと、レモンスカッシュを飲みながら言った。ここで反論は悪手。この時はそう思った。俺は聞こえないふりをして、夕方には戻ると言い残して家を出た。
飛行機の高度計が4000mを指した。俺は、日頃のストレスに別れを告げ、船外へ飛んだ。打ち付ける大気を全身でつかみ、バランスを取る。全身に力をみなぎらせ、右へ左へ空中を滑っていく。
60秒のフリーフォール。絶対に安全とは言えない。だからこそ止められない。俺は、今、自分の人生を生きている。
1500m付近でパラシュートを開く。後は、悠々と景色を楽しみながら着地地点へと向かう。
スカイダイビングをしていて、よく聞かれるのが、パラシュートが開かなかったときのことだ。心配は無用。サブのパラシュートを装備している。400mになっても落下速度が落ちていないと、AADという安全装置が働き、サブのパラシュートが開く仕組みになっている。
だから、今日みたいにメインパラシュートが開かなくても、慌てる必要はない。レクチャーではそう言っていた。
1500mでパラシュートが壊れていることに気づいた俺は、すぐさまそれをパージした。後は、400mに達するまで落下するだけだ。その間、約30秒。俺なら大丈夫。今を楽しもうと自分に言い聞かせた。
しかし、体は正直だ。過去の記憶が、頭の中で入れ替わり流れていく。それでも、まだAADは作動しない。最後には考える余裕すらできた。せっかくだから、少しばかり紹介しよう。脈絡も何もないが、最後まで読んでほしい。これが本当に最後のお願いになるかもしれないから。
レモンスカッシュの泡は、水面で弾けたとき、自分を形作っているのはソーダ水だったことを知る。ソーダ水がなければ、空気と見分けがつかない。レモンスカッシュを飲む妻の顔が浮かんだ。いつも、ストローでブクブクしている。そういう子供っぽさが好きだ。
花びらが地面に落ちたとき、もはや自分が花ではないことに気づく。そして、誰にも見向きもされないことに愕然とするだろう。だが、頭上ではひっそりと結実していことに気づく。俺は、子供たちに何か残せただろうか。
新幹線がリニアモーターカーを見たとき、自身の存在価値がなくなることに恐怖し嫉妬する。しかし、車庫で休んでいる電車を見て、旧式になろうとも自分を必要としてくれる人がいることに気づく。手伝ってくれと声をかけてくる同僚の顔が浮かんだ。
パラシュートが開かないとき、俺は――。
そろそろ400m付近だ。AADは一向に作動しない。遮二無二にAADを叩いてみるが、サブのパラシュートは反応しない。無限に時間が圧縮されていくのを感じる。もう、自分にできることはない。あるとすれば、あなたに話しかけることぐらいだ。
どうか、俺という人間を忘れないでほしい。年に一度でいいから思い出してほしい。もし、会うことがあったら、今度はあなたの話を聞きたい。レモンスカッシュでも飲みながら。
(了)
なかなかの怪作に仕上がったのではないかと思います。
こちらの企画に参加させていただきました。
■セリフ
「行ってませんね」
■三題
・新幹線
・花びら
・レモンスカッシュ
▼投稿ルール
投稿締切(任意):2026年4月23日(木)23:59
ハッシュタグ「 #せりふ三題噺 」「 #新幹線花びらレモンスカッシュ 」をつけて投稿
#ショートショート #小説 #短編小説 #読書好きな人と繋がりたい
#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門
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