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宇宙またたき 海の底

「月の土地を買ったよ。結婚したら、あそこに住もう」

手渡されたペラい権利書が私の頬を朱くした。
それから、八年がたった。
今でも、彼氏は彼氏のままだった。

広くも狭くもない1LDKのマンションは散らかっていた。
わたしはキッチンのコバエに虫よけスプレー吹きかけた。
クラクラと落ちていくコバエに「ごめんね」と声をかけた。

「ただいま!」

ドアが開く音がした。
それは彼氏の機嫌が良いときの音だ。
たいていは、何かを買ってきている。
もしかしたら、指輪かもしれない。
もしくは、ゆびわだろうか。
あるいは、ユビワの可能性もある。

「宇宙イカ、買ってきたんだ。いっしょに育てよう」

彼氏は、水が入ったビニール袋を差し出した。
金魚を入れるのと同じものだ。
親指ほどの宇宙イカがフワフワ泳いでいる。

宇宙イカは近年発見された星系外来種だ。
言葉こそ話さないが、意志があると言われている。
覗き込むと、宇宙イカは足を揃えてお辞儀をした。
わたしもつられて、お辞儀を返した。

窮屈そうなので、洗面器に移した。
少しずつミネラルウォーターを注ぎ、水合わせをする。
キッチンにあった沖縄の雪塩を加え、塩分濃度を調整した。
インスタント命のスープの出来上がりだ。
宇宙イカはピカピカ光って泳ぎだした。

背後から、バラエティ番組の笑い声が聞こえてきた。
振り返ると彼氏は、寝転がってテレビを見ていた。
ため息が漏れ出た。
でも、放っておけないのだ。彼氏もイカも。
宇宙イカが、わたしの手に触手を置いた。
気遣ってくれているのだろうか。
優しい子だ。

宇宙イカは、日に日に大きくなった。
毎日、ピカピカとわたしに話しかけてきた。
餌の活エビは高くついた。
貯金は、少しずつ減っていった。
でも、わたしは笑うことが増えた。

しかし、それは長くは続かなかった。
十ヶ月後、二メートルに育った宇宙イカが、ユニットバスで窮屈そうにしていた。

「仕方ない、海へ逃がそう」

彼氏は迷うことなく言った。
そんなに簡単に決めていい問題だろうか。
宇宙イカのヒレを撫でてやりながら、わたしは考え続けた。
何も思い浮かばなかった。
それどころか、ユニットバスに閉じ込めているのは、彼氏でなくわたしだった。

深夜、わたしたちは宇宙イカを車の後部座席へ押し込んだ。
サザンを聞きながら、久しぶりのドライブ。
リズムに合わせて、肉厚の胴体をペタペタと叩いた。
そのリズムにのって、全身がオレンジにピカピカと光る。

月が海に光条を落とし、砂浜をうっすら照らしていた。
宇宙イカは、窮屈そうに車から這い出ると、音もなく砂浜を進んだ。
打ちつける波の音といっしょに、わたしはそれを見守った。

波打ち際で、宇宙イカは振り向いて、お辞儀をした。
巨体は溶けるように夜の海へと消えていった。
潮風が髪の毛を撫でた。

「見て、光ってる!」

海底で無数の光がピカピカと光っていた。
その中の一点だけがサザンのリズムで光っていた。

「なんだ、仲間がいたんじゃん。逃がして正解だったな」

無責任な物言いに、息が詰まった。
それを許していた自分にもだ。

わたしは、財布の中からペラペラの権利書を取り出した。
それをクシャと丸め、海へ投げ入れた。
海底の光が一斉にきらめき瞬いた。


(了)


屋台で買うイカの姿焼きはスキです。

こちらの企画に参加させていただきました。

■セリフ
「見て、光ってる」
■三題
・宇宙
・スープ
・虫よけ

▼投稿ルール

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#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門


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