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鉄の指輪のリングピロー

掌編 3500文字

あらすじ
その婚約指輪は鉄でできていた。それに合わせてリングピローを作ることになった二人の職人。試行錯誤して作るのだが。



「どなたかへの贈り物ですか?」
「はい。その……同僚に結婚を申し込もうと思いまして」

 それは奇妙な依頼だった。鉄の指輪に合うリングケースを作ってくれというのだ。アルジャンが装飾職人として身を立て十四年。そんな依頼は初めてだった。依頼人は若い魔法使いの男。ここ魔法都市ラベンダでは、そう珍しくもない職だ。聞けば、婚約指輪なのだという。婚約指輪といえば、普通は銀か金だ。よほど金がないのだろうか。しかし、依頼は依頼だ。しばらく他の仕事の予定もなかったから、アルジャンはその依頼を受けることにした。

 まず、鉄の指輪を観察する。鈍く黒っぽい六角形の指輪だ。おそらく、獣油を塗り、熱して酸化皮膜を形成したのだろう。夕立の季節だ。雨は弱酸性だから少しでも降られれば、鉄は容易に錆びてしまう。そのためのコーティングだろう。しかし、およそ、婚約指輪には見えない。しかし、不思議と魅力のある指輪だった。

 この指輪に合うケースとはどのようなものだろうか。凝った装飾のケースでは、中の指輪がみすぼらしく見えてしまう。であれば、金属より木材が良いだろう。同じように硬い黒檀がよいかもしれない。アルジャンは保管棚から黒檀の小箱を取り出した。思ったとおり、よく似合う。しかしだ。これでは地味すぎて婚約指輪としては不合格だ。となると、箱の中のリングピローで華やかさを演出せねばならない。地味な小箱を開けると、鮮やかなリングピローに包まれた鉄の指輪が現れる。悪くない趣向だろう。

 翌日、アルジャンは職人街の市場へと出かけた。リングピローにする生地を探すためだ。布職人の市場には、日よけとして色とりどりの布が頭上に張られ、並ぶ露店には生地が高々と積まれている。職人だけでなく、女性客も多いのがここの特徴だ。アルジャンは人をかき分け、奥まった路地の黒い扉を押した。

 石造りの店内は薄暗く、ひんやりと心地よかった。生地は日光を嫌う。だから、高級な生地を扱う店ほど路地の奥にある。しかし、店内が真っ暗というわけではない。店の中央にある机には、天井のすりガラスから柔らかい光が差し込んでいる。そこで生地の色味を確認するのだ。そういった職人の工夫を見るたびに、アルジャンの心は小さく踊るのだった。

「いらっしゃい、アルジャン。何か探し物かい?」
「ごぶさたしてます、イレースさん。実はですね……」

 イレースは束ねた銀髪を揺らしながらアルジャンの話に耳を傾けた。小柄な初老のこの女性は、アルジャンが店を構えたころから世話になっている布商だ。だが単に商いをしているというだけではない。染色の腕は一級品で、織りの職人たちからも一目おかれる存在だ。その証拠に、店には見たこともないような緻密に織り合わせた生地が並んでいた。アルジャンは手短に鉄の指輪のことを話した。

「この指輪なんですけどね」
「へぇ、またゴツい指輪だね。これを婚約指輪にねぇ」

 イレースは指輪と黒檀の箱を両手に持ち見比べた。

「指輪が無骨なぶん、リングピローは花をあしらった柄物がいいと思うんですけど、イレースさんはどう思います?」
「そうだね。でも、シンプルだからこそ、生地の素材で脇役に徹したほうがいいんじゃないかい?」
「たしかに。主役は指輪ですし」
「しかし、縁起もんだからね。あんたの言うこともわかるよ。とりあえず、合いそうな生地を出してくかね。あんたも、見て回りなよ」

 それから数時間、二人は店中の生地を引っ張り出し、最適な生地を検討した。二人は、お互いの哲学を戦わせ、うなずき、ではこれは? と議論を重ねていく。限られた時間の中で、諦めず、最高を目指す。二人はそういう職人だった。

 日も陰りだした頃、二人はそれぞれが推す生地を絞り込んだ。アルジャンが選んだのは、露草の青をパターンにした華やかな生地。イレースが選んだのは艶のある赤いビロード生地だ。

「露草の青が、華やかさで上品です」
「色めく赤が。求婚の情熱を表している」

 イレースはそれぞれの生地をリングピローのサイズに切り分けた。最後は、仕上がりに近い形で比較する。それが職人のやり方だ。

 露草の青は、無骨な鉄の指輪を、華やかにした。赤いビロードは、重い鉄の指輪を、より重厚にした。二人はふたつを何度も入れ替えながら、見比べた。

「これですね」
「こっちだろうね」

 二人は無言で、色めく赤の上にある鉄の指輪を見た。

 引き渡しの当日、イレースはアルジャンの店へやってきた。仕上がったリングピローを見るためだ。徹夜明けであろうアルジャンだったが、その顔は職人が大きな仕事をやり終えた顔に見えた。アルジャンが黒檀の箱をイレースへ手渡すと、彼女は蓋を開け、舐め回すようにそれを見た。

「いい仕事だ」

 イレースはそれだけ言うと、箱の蓋を閉めた。アルジャンはそれが最高の褒め言葉だと知っていた。イレースの審美眼は本物だ。少しでも、引っかかるところがあれば、それを指摘する。事実、今まで、アルジャンの仕事が手放しで褒められたことはなかったのだ。

「これなら、依頼人も満足してくれるだろうね」
「はい。できることはすべてやりました」

 しばらくして、魔術師の若者がやってきた。アルジャンが神妙な面持ちで指輪の入った黒檀の箱を差し出す。それを開いた魔術師は、色めく赤に目を見開いて言った。

「すごい、彼女にぴったりです」
「お気にめされましたか? もっと華やかなリングピローもございますが……」
「いえ、彼女もこの赤を気に入ると思います。お代はこれで足りますか」
「はい、お約束通り。ありがとうございます」

 魔法使いは黒檀の箱を受け取り、出口のドアへ手をかけると振り返り言った。

「今から婚約を申込みにいきます。たぶん、酒場にいると思うので」
「ご幸運を」

 アルジャンは深く礼をし、鉄の指輪を見送った。すると、入れ替わるように、イレースが入ってきた。

「イレースさん、見てらしたんですか?」
「気になっちまってね。それよりほら、でかけるよ」
「どこにです?」
「もちろん、見に行くんだよ、物語の結末を。酒場でやるんだろ」
「お客さんをつけるんですか……」

 アルジャンは店に鍵をかけ、魔術師が去った方角へと急いだ。

 若い魔術師はすぐに見つかった。しばらく後をついていくと、冒険者街の一角にある酒場へと入った。アルジャンとイレースも後に続いた。二人は目立たないように隅のテーブルに腰を落とした。魔術師は奥の席へ向かった。話しかけたのは、赤毛の女戦士だった。

 真っ赤な髪の戦士に向かって、魔術師がなにやら話しかけている。遠くてよく聞き取れないが、まさに今、プロポーズをしているのだろう。赤毛戦士はジョッキを片手にそれを聞いている。周りのテーブルからは、はやし立てる声が上がった。

 魔術師が黒檀の小箱を差し出す。
 女戦士がそれを開いた。

 小箱のリングピローが、ランタンの光を受けて赤く輝いた。女戦士の赤髪もまた同じく輝いている。いつの間にか喧騒は遠のき、誰もが二人を見守った。女戦士は、鉄の指輪を手に取り、魔術師をみつめる。そして、指輪を左手の薬指にはめた。その瞬間、アルジャンは不思議な感覚を覚えた。

 彼女がその指輪をはめると、その無骨だった鉄の指輪が光をまとったように見えたのだ。今や、ビロードの赤は黒く沈み、あるのは、赤髪の戦士と輝く鉄の指輪だった。彼女は、指輪をはめた手を何度か握り込み、次に納刀したまま剣をつかみ、軽く素振りをしている。それを見た周りのテーブルから笑い声が上がる。どうやら、指輪が邪魔にならないか試しているようだ。

 女戦士は満足そうに頷くと、その太い腕を魔術師の首に巻き付け、グイと引き寄せた。酒場のあちこちから歓声があがった。唯一、アルジャンとイレースだけは呆然としていた。気づいてしまったからだ。

 彼女の指にある鉄の指輪は、今、輝いている。しかし、それは指輪や、ましてやリングピローが美しいからではない。感動的な舞台だからというのもあるだろう。だが、それ以上に、鉄の指輪と女戦士が調和していたからだ。

 女戦士が指輪をはめたとき、彼女は指輪の美しさなど見てはいなかった。確かめたのは指輪が邪魔にならないかどうかだ。戦士は敵と直接対峙する。後衛の魔法使いを守る。それを妨げるものは悪だ。だから、使い勝手を試したのだ。それが戦士にとっての本分なのだ。

 アルジャンとイレースは、自嘲気味に無言で顔を見合わせた。歓声が続く中、二人は席を立ち、酒場を後にした。

 二人が魔法都市ラベンダの名工として、冒険者達の間で讃えられるようになったのは、四年後のことだった。


(了)


ファンタジー世界のいぶし銀な話を書いてみました。
AI生成が増えていく昨今、なろう系で育った大人のための物語をめざして。

■セリフ
「わ!ふっかふか!」
■三題
・酸性
・夕立
・リングピロー

▼投稿ルール

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#創作大賞2026 #オールカテゴリ部門


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