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パジャマしか勝たん

 家族で温泉宿に泊まりに来た。和室の窓から温泉街の灯りが見える。家庭を持つのは大変だけど、こうやって昔、親にしてもらったことをするのは感慨深い。五歳の息子に浴衣を着せる。ただそれだけのことだったが、それが無性に大切なことのように思えた。

 だが、思い通りにいかないのが、子育てというものだ。ママが差し出した浴衣を払いのけた息子は言った。

「これしか勝たんのよ」

 そう言ってリュックから出したのは、いつものパジャマだった。慌てた様子でパジャマに着替える息子。そんなにパジャマが好きなのだろうか。そういえば、タブレットで温泉宿を探していたとき、息子はしきりに「これ着るの?」と浴衣のことを気にかけていた。

 パジャマを着てもいいのだが、しかし、今日は初めての温泉宿である。家族全員で浴衣を着て思い出にしたい。そういう経験を息子に残してやりたい。こういうとき、ママは頼りになる。

「息子くん、どうして浴衣やーなの? 楽しいよ?」
「ヤダー、見えるもん」
「何が見えちゃうのかな? ママにおしえて」
「ホクロ…」

 そう言って、息子は胸のあたりを押さえた。たしかに息子の胸元にはホクロがあるが、それがそんなに嫌なのだろうか。どうやら単純にパジャマを着ていたいというわけではなさそうだ。

「ママ、ホクロ好きだよ。どうして、やーなの?」
「……さっちゃん。さっちゃんが、ホクロあるって言った」
「そうなんだね、教えてくれてありがと」

 ママは聞き上手だな。どうやら息子は保育園で、さっちゃんという子にホクロがあると言われて気にしているらしい。

「さっちゃん、息子くんのホクロ、やーって言ったの?」
「……言ってない」
「もしかして、さっちゃん、息子くんのホクロが好きなんじゃないかな?」
「そう……なの?」
「だって、好きな人じゃないと、ホクロなんて見ないよ」
「そう……なの?」
「うん。だから、浴衣着て、ホクロ見えたほうがいいよ」
「ゆかた、きる」

 息子は勢いよくパジャマを脱ぎすてた。まったくわかりやすい男の子だ。誰に似たのだろうか。それにしても、まさかホクロを見られたくなかったから浴衣を着たくなかったとは思いもしなかった。

 だが、息子の隠したいという気持ちもわかる。僕だって出っ張った腹を隠したくて大きいサイズの服を買っているし、ママだって頬骨が気になると言ってお化粧時間は長めだ。案外、気にしているのは自分たちだけかもしれないが。

「かっこいい! よし、温泉いこー!」
「いこー!」

 僕達三人は手を繋いで湯船へと向かった。道すがら、息子を見習って浴衣を着崩してみた。僕の腹が浴衣からはみ出しそうだ。でも、これでいいのかもしれない。僕達は家族なのだから。

 しかし、それを見たママがにこやかに側にやってきて、僕の浴衣を直し、帯をぎゅっと締め上げた。部屋に置いてきたパジャマの笑い声が聞こえた気がした。

(了)


パパ役、おつかれさまです。

こちらの企画に参加させていただきました。
#せりふ三題噺 #温泉パジャマ頬骨

■セリフ
「これしか勝たんのよ」
■三題
・温泉
・パジャマ
・頬骨

#ショートショート #小説 #短編小説 #読書好きな人と繋がりたい


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