【小説】セナ、走れ。 ―GRID:ZERO―
第一章 父の背中
最初の記憶は、エンジンの音だ。
二歳か三歳か、正確にはわからない。母に抱かれて、フェンスの向こう側を見ていた。小さなカートが何台も連なって、灰色のコースをぐるぐると回っている。
排気の匂い。焼けたゴムの匂い。芝生に座っていた母のスカートを握りしめながら、瀬奈はそのうちの一台を目で追っていた。
赤いヘルメットの人。お父さん。
速くはなかった。たぶん後ろから三番目くらいだった。でもコーナーを一つ曲がるたびに、瀬奈は声を上げた。あー、と。きゃー、と。何が楽しいのかもわからないまま、ただ声を出していた。
レースが終わって、赤いヘルメットを脱いだ父が、汗だくの顔で走ってきた。
「せーちゃん、見てた? お父さんカッコよかった?」
母が苦笑していた。
「十二台中十番目でカッコいいもないでしょう」
「順位の話はしてない。走ってる姿の話をしてるんだ」
父はそう言って、瀬奈を抱き上げた。ツナギの胸元からオイルの匂いがした。それが、瀬奈にとって「父親の匂い」になった。
新谷雄一郎は、千葉県船橋市の自動車整備工場で働く、ごく普通の会社員だった。
趣味はレンタルカート。月に二回、週末に富士か筑波のカートコースに通い、仲間うちのレースに出る。プロになれるような腕前ではない。本人もそれはよくわかっていた。だが走ることが好きだった。何よりも、誰よりも。
工場では油まみれの手でエンジンをばらし、休日にはまた別のエンジンを積んだカートで走る。
母の真紀は「あなたの人生、エンジンしかないの?」と呆れたが、雄一郎はいつも同じ言葉で返した。
「エンジンと、おまえと、せーちゃんだ。三つもあれば十分だろ」
瀬奈が四歳のとき、父がキッズ用のカートを買ってきた。中古の、塗装が剥げかけたやつだ。
真紀が呆れた声を出した。
「雄一郎、この子まだ四歳よ」
「四歳でカート始める子なんかいくらでもいるよ。セナだってそうだ」
「セナって……あのアイルトン・セナ? うちの子に同じことさせるつもり?」
「させるんじゃない。見せるだけだ。走ってみたいかどうかは、この子が決める」
真紀はそれ以上何も言わなかった。この人がこの口調になったら止まらない——結婚して六年、それくらいはわかっていた。
ただ、腕を組んで、庭先に運び込まれるカートを見つめていた。錆びたフレームに、色褪せた赤い座席。「この人は」と思った。
自分が乗るわけでもないのに、目が輝いている。子どもが走る姿を見る前から、もう嬉しそうなのだ。
庭先に置かれたカートに、瀬奈はおそるおそる近づいた。座席に座ると、足がペダルに届かなかった。
「ほら、まだ早いじゃない」と真紀。
父は黙って、ペダルに木のブロックを括りつけた。ガレージから持ってきた端材を、ガムテープでぐるぐる巻きにする。不格好だった。
真紀が「もうちょっとマシなやり方ないの」と言ったが、雄一郎は「大丈夫、俺が作ったものは壊れない」と根拠のない自信で返した。
「――届いた」
瀬奈がアクセルを踏んだ。
カートが、ゆっくりと前に進んだ。
庭の端まで五メートル。たった五メートル。だが瀬奈は、生まれて初めて自分の力で「前に進んだ」感覚を得た。
振り返って、父を見た。父が笑っていた。
真紀はその光景を、玄関の段差に腰を下ろして見ていた。心配していなかったと言えば嘘になる。
でも、カートの上で振り返った娘の顔が、隣で笑っている夫の顔と、まったく同じだったのだ。
同じ目の細め方。同じ口の開き方。ああこの子は、と真紀は思った。この人の子だ。
その笑顔を、瀬奈は一生忘れなかった。
第二章 速い女の子
瀬奈がカートレースに初めて出たのは七歳のときだった。
千葉県のカートコース。ジュニアクラスに十五台がエントリーし、瀬奈はその中で唯一の女の子だった。
スタート前、隣のグリッドに並んだ男の子が言った。
「女がカートなんか乗んなよ」
七歳の語彙では、気の利いた返しは浮かばなかった。ただ「うるさいな」とだけ言って、前を向いた。
バイザーの向こうに、灰色のアスファルトが伸びている。胸の中に、怒りとは少し違う、熱い塊があった。言葉にできなかった。ただ、踏んでやる、と思った。アクセルを。思いきり。
レースが始まった。
瀬奈は最後尾からスタートし、一周目で三台を抜いた。二周目で二台抜いた。最終ラップで、さっきの男の子の後ろについた。
最終コーナー。アウトから並んで、ブレーキングを遅らせて、ぎりぎりで前に出た。
七位。十五台中の七位。初レースとしては上出来だった。
だが瀬奈にとっては、順位よりも、あの男の子の前でゴールしたことのほうが大きかった。
パルクフェルメ(車両保管所)で、その男の子が泣いていた。瀬奈は黙ってそばを通り過ぎた。何も言わなかった。言う必要がなかった。
帰りの車の中で、父が助手席からこっそり振り返って言った。
「せーちゃん、最終コーナーの抜き方、最高だったぞ」
「お父さん、運転中に振り返らないで」
母がハンドルを握りながら冷静に突っ込んだ。
「私はね、心臓が止まるかと思ったの。最終コーナーであの子と並んだとき。ぶつかったらどうするのって」
「ぶつからないよ。スペースはあった」とバックミラー越しに瀬奈が言った。
真紀はハンドルを握る手に力を込めた。「七歳がスペースって言葉使わないでよ」
九歳から十二歳まで、瀬奈はジュニアカートの世界にのめり込んだ。
平日は学校、週末はカートコース。友達と遊ぶ時間は削られた。同級生の女の子たちが交換日記やお揃いのキーホルダーで盛り上がっている頃、瀬奈はキャブレターのセッティングとタイヤの空気圧について父と議論していた。
学校で「変わった子」と呼ばれた。からかわれることもあった。「車ばっかり。男みたい」と言われることもあった。
気にしなかったと言えば嘘になる。
五年生の参観日の後、母に聞いたことがある。
「お母さんは、私が変だと思う?」
真紀は洗い物の手を止めた。しばらく蛇口の水音だけが台所に響いていた。
「変じゃないわよ」
「でもみんな——」
「みんなって何人? クラスに三十人いて、何人があなたに言ったの?」
「……三人」
「じゃあ二十七人は言ってないのね。多数決なら圧勝じゃない」
理屈としてはおかしいと、子ども心にも思った。でも母がそういう言い方をしてくれたことが、少し嬉しかった。
六年生の冬、学校の作文で「将来の夢」を書く課題が出た。瀬奈は「レーサーになりたい」と書いた。担任の教師が、赤ペンでコメントをつけた。
「もう少し現実的な夢も考えてみましょう」
その作文を、父に見せた。父は赤ペンのコメントを読んで、しばらく黙っていた。
それから、近くに置いてあったノートを開いて青いボールペンで書いた。
「現実は、走って変えるものだ。お父さんより」
瀬奈はそのノートを、大人になっても捨てなかった。
第三章 雨の富士
十四歳。中学二年生。
この年、瀬奈は全日本カート選手権のジュニアクラスにフル参戦を始めた。
父がコツコツ貯めた貯金と、地元の整備工場からのささやかなスポンサーマネーで、なんとかシーズンを戦う体制を整えた。
マシンは中古。メカニックは父。データエンジニアなんていない。コース上でのセッティング変更は、父と瀬奈が二人で「なんとなくこうじゃない?」と話し合って決めた。
プロチームの子供たちが最新のテレメトリー機器を使っている横で、瀬奈たちはストップウォッチとノートだった。
父はそのノートをいつも持ち歩いていた。百円ショップで買った大学ノートに、びっしりとラップタイムが書き込まれている。字は汚かった。
整備士の手は指先がゴツゴツしていて、ボールペンをうまく握れないのだと言い訳していた。でもデータは正確だった。
どのコーナーで何秒落ちたか、どのラップでタイヤが垂れ始めたか。テレメトリー機器はなくても、父の目と手書きのノートが、瀬奈のデータエンジニアだった。
それでも瀬奈は速かった。
開幕戦の鈴鹿で五位。第二戦のもてぎで三位。表彰台に立ったとき、父がフェンスの向こうで拳を突き上げていた。隣にいた母が恥ずかしそうに父の腕を引っ張っていた。
そして第四戦。富士スピードウェイのカートコース。
朝から雲が低く垂れ込め、予選の直前に雨が降り始めた。
他のドライバーたちが顔をしかめる中、瀬奈は妙に落ち着いていた。雨は好きだった。理由はうまく説明できない。
水に濡れた路面の上では、マシンの差が縮まって、人間の感覚がものを言う。指先に伝わるグリップの変化を読み取りながら、限界の少し手前を探っていく感覚が好きだった。
父が教えてくれたのだ。「雨の日は、マシンと会話しろ。晴れの日は『行けるか?』って聞けばマシンは『行ける』って答える。でも雨の日は、『ここまでなら大丈夫?』って優しく聞いてやるんだ。そしたらマシンが教えてくれる」
非科学的な話だ。エンジニアが聞いたら笑うかもしれない。でも瀬奈は、その感覚を身体で理解していた。
ステアリングを握る手のひらに伝わる微細な振動。タイヤが路面をつかんでいるのか、滑り始めているのか。その境界線は、データよりも先に、指が教えてくれる。
予選。ウェットコンディション。瀬奈はポールポジションを獲った。
二番手に一秒以上の差をつけた。十四歳の女の子が、ワークスチームの男の子たちを雨の中で圧倒した。
レースでも、一度もトップを譲らなかった。最初から最後まで先頭を走り、独走で優勝。
チェッカーフラッグを受けたとき、ヘルメットの中で瀬奈は叫んだ。声にならない声だった。嬉しいのか、安心したのか、自分でもわからなかった。ただ、叫んだ。
パルクフェルメに戻ると、父がフェンスの向こうで泣いていた。
雨に濡れていたから涙は見えなかったけれど、肩が震えていたからわかった。
母はその隣で、ビニール傘を父に差しかけようとしていた。だが父は傘に入ろうとしない。雨の中に立ったまま、震えていた。真紀は傘を差しかけるのをやめて、自分も雨に濡れたまま、父の隣に立った。
その夜、父と二人でファミレスに入った。母は「先に帰るね、二人で話してきなさい」と言って電車に乗った。
ドリンクバーのメロンソーダを吸いながら、瀬奈は聞いた。
「お父さん、なんで泣いてたの」
「泣いてないよ。雨だよ」
「嘘ばっか、あれは絶対泣いてたよ」
父は観念したように笑った。
「嬉しかったんだ。おまえが速いからじゃない。おまえが、自分のやり方で勝ったから」
「自分のやり方?」
「うちは金がない。最新のマシンも、プロのメカニックも、データ解析も何もない。でもおまえは、おまえの感覚と、おまえの判断で、雨の中を走りきった。それが嬉しかった」
「……お父さんが教えてくれたんじゃん。マシンと会話しろって」
「教えたのは俺だけど、実際にやったのはおまえだ。それは全然違う」
メロンソーダの氷がカラカラと鳴った。
「せーちゃん。おまえ、もっと上に行けるよ」
「もっと上って、どこ」
父はテーブルの上のナプキンを取って、ボールペンで何かを書いた。
「F4。フォーミュラカーだ。カートの次のステップ。来年、おまえが十五歳になったら挑戦できる」
「お金、あるの」
「……なんとかする」
「なんとかって何」
「なんとかはなんとかだ」
ナプキンの「F4」の文字は、やはり父の字で、やはり汚かった。大学ノートの字と同じだ。ゴツゴツした指で、でも確かな筆圧で書かれた二文字。
母には内緒だった。父は工場での残業を増やし休日もアルバイトを入れ始めた。瀬奈は後になってそれを知り、胸が締めつけられた。
知ったのは、父が亡くなった後だった。
母がぽつりと言ったのだ。
「お父さんね、日曜のカートをやめてたの。知ってた? あの人が日曜日に走らないなんてよっぽどのことよ」
自分のレース資金のためだった。父は月に二回の、あの幸せな趣味を黙ってやめていた。
第四章 いなくなった人
十六歳。
瀬奈がFIA-F4選手権に参戦した年。
春の開幕戦を前にして、父が倒れた。
最初は「ちょっと疲れが溜まってるだけだ」と言っていた。病院に行きたがらなかった。母が無理やり連れていった。検査の結果が出たのは、四月の半ばだった。
膵臓がん。ステージ4。
「手術は難しい」と医者が言った。母の顔から血の気が引いた。瀬奈は診察室の隅で、壁の掲示物をぼんやりと見ていた。「すい臓のはたらき」と書かれた図解ポスター。
丸みを帯びた臓器のイラストが、妙に穏やかな色で描かれていた。脳が情報を処理するのを拒否していた。
父は妙に落ち着いていた。いや、落ち着いているように見せていた。
真紀だけがそれを見抜いていた。病室で二人きりになったとき、雄一郎が初めて弱音を吐いた。
「真紀、せーちゃんのレース、最後まで見届けたかったな」
真紀は何も答えられなかった。ベッドの脇のパイプ椅子に座って、夫の痩せ始めた手を握った。握り返す力は、まだあった。エンジンをばらしてきたゴツゴツした指。その感触だけは、まだ変わっていなかった。
「最後まで見届けれるわよ。何言ってるの」
声が震えないように、精一杯の力で言った。嘘だとわかっていた。夫もわかっていた。それでも言わなければならない言葉があった。
病室のベッドに横たわりながら、父は瀬奈に言った。
「せーちゃん、開幕戦いつだ」
「……来週」
「出ろよ」
「出るわけないでしょ。お父さんがこんな——」
「出ろ」
父の声が、珍しく強かった。
「俺がこうなったから走らない、なんて言ったら、俺は一生おまえを許さないぞ」
冗談めかした口調だったけれど、目は笑っていなかった。本気だった。
真紀が廊下に出た瀬奈を追いかけてきた。
「お母さん、私——」
「走ってきなさい」
母の声は、病室の中では震えていたのに、廊下ではまっすぐだった。
「お父さんが見てるうちに、走れるだけ走りなさい」
その言葉の意味を、瀬奈は正確に理解した。「見てるうちに」という言葉の残酷さを、母は自分に向けている。
看病をしながら、娘をレースに送り出す。そのあいだ自分は、一人で病室にいる。それでも「走れ」と言う母の横顔に、瀬奈は初めて、母の中の強さを見た。
開幕戦の富士。瀬奈はF4マシンに初めて乗った。
カートとはまるで違う。車重が違う。ダウンフォースが違う。ブレーキの踏力が違う。初めてコースに出たとき、あまりの速さに息が止まった。
予選は二十二台中十八番手。決勝は十六位。
帰宅後、病院に寄って結果を報告した。父はベッドの上で、やせ細った指を広げた。
「十六位か。まあ最初はそんなもんだ。次はどこだ? もてぎか?」
レースの話をしているとき、父は病人に見えなかった。目が生き生きとして、声に張りが出た。
真紀はベッドの横で、黙って夫の点滴のチューブを整えていた。二人がレースの話で盛り上がるのを聞きながら。時折、窓の外に目をやった。何を見ていたのか、瀬奈にはわからなかった。
六月の第三戦。鈴鹿。瀬奈は十一位でフィニッシュした。帰りの新幹線の中で父に電話すると、酸素マスク越しのくぐもった声が返ってきた。
「あと一つ。あと一つで入賞圏内だな」
「うん」
「次は入れよ。約束だ」
声が弱くなっていた。前回の電話よりも、明らかに。瀬奈はそれに気づかないふりをした。
七月十四日。第四戦の前日。
母から電話が来た。
「お父さんが、今朝——」
走馬灯のようなものは見なかった。ただ、電話を持つ手が震えて、画面に映った母の名前の文字が揺れて読めなくなった。
葬儀は小さなものだった。
工場の同僚と、カート仲間と、親戚が少し。父の赤いヘルメットが、祭壇の隅に置かれていた。
喪主席に座りながら、瀬奈はそのヘルメットを見つめていた。塗装が剥げかけている。バイザーに小さな傷がある。何百回とかぶって、何千周と走ったヘルメット。
読経の間、瀬奈は一度も泣かなかった。
母が心配した。「泣いていいのよ」と言われたが、涙が出なかった。泣いたら、父が「まだ走ってないのに泣くなよ」と言いそうな気がした。
真紀は、その夜、瀬奈が寝たあとに一人で泣いた。台所の蛍光灯の下で、声を殺して。夫の湯呑みがまだ食器棚にあった。洗って、しまおうとして、やめた。まだしまえなかった。
第四戦は、欠場した。第五戦も。
八月の終わり。夏休みの残りを持て余して、瀬奈は自分の部屋にこもっていた。
カートのトロフィーが並んだ棚。壁に貼ったアイルトン・セナのポスター。父がナプキンに書いた「F4」の文字。その横に、ノートが一冊。
「現実は、走って変えるものだ。お父さんより」
瀬奈はノートを手に取った。
長い間、見つめていた。
それから立ち上がって、ガレージに行った。父の工具箱を開けた。油の匂いがした。父の匂いだった。
母がガレージの入り口に立っていた。何も言わなかった。瀬奈も何も言わなかった。
真紀は、娘の背中を見ていた。工具箱の前にしゃがみ込んだ小さな背中。夫にそっくりな肩の丸め方。何も言わなかったのは、言葉がなかったからではない。言葉が要らなかったからだ。
翌朝、瀬奈はチームの監督に電話をかけた。
「次の戦、出ます」
台所から、コーヒーの匂いがした。微糖の缶コーヒー。父が毎朝飲んでいた銘柄を、母がいつの間にか買い置きしていた。
第五章 もてぎの約束
十六歳の秋。第六戦。もてぎ。
瀬奈がレースに復帰した。
二ヶ月のブランク。ブレーキの感覚が鈍っていた。コーナーの進入で、身体が反応するまでにわずかな遅れがある。脳と身体のあいだに、薄い膜が一枚挟まったような感覚。
予選は十四番手。
決勝の朝、ピットガレージで一人、マシンのコックピットに座っていた。目を閉じると、父の声がした。
「マシンと会話しろ」
ステアリングを握った。冷たかった。
「行けるかな」と声に出して、マシンに聞いた。
返事はない。当たり前だ。マシンは喋らない。
でも、ステアリングを通じて、何かが伝わった気がした。振動でも、温度でもない。もっと曖昧な、しかし確かな何か。
決勝。
スタートで二つ順位を上げた。一周目の終わりで十二番手。三周目のヘアピンでインに飛び込んで十一番手。
十周目に入賞圏内の十位。
「入れよ。約束だ」
父の声が蘇った。酸素マスク越しの、くぐもった声。あの声を、忘れることはない。
最終ラップ。九番手の車がすぐ前にいた。コンマ五秒差。ダウンヒルストレートでスリップストリームに入り、九十度コーナーの手前でブレーキを奥まで残した。
タイヤがロックしかけた。でも、いける。マシンがそう言っている気がした。
九位。入賞。
チェッカーフラッグを受けた瞬間、ヘルメットの中で瀬奈は初めて泣いた。
富士の雨で勝ったときは叫んだ。でも今日は、泣いた。声を出さずに、バイザーの中で涙が頬を伝った。
パルクフェルメに戻ると、チームの監督が待っていた。
「よく戻ってきたな」
瀬奈はうなずいた。声が出なかった。
帰りの車は母が運転した。もてぎから船橋まで、三時間近い道のり。助手席で瀬奈は眠ってしまった。目が覚めたとき、車は家の前に停まっていた。
「お父さんに報告しておいで」
母がエンジンを切らずに言った。
「お母さんは?」
「私はいいの。あなたが報告しなさい」
瀬奈は車を降りて、家に入った。仏壇の前に座った。
「お父さん、九位。入賞したよ。約束、守ったよ」
返事はない。当たり前だ。仏壇は喋らない。マシンと同じだ。
でも、線香の煙がゆらりと揺れたのを、瀬奈は見逃さなかった。
第六章 十八歳の選択
高校三年生。進路面談。
担任の教師が眉間にしわを寄せた。
「新谷さん、進路希望欄に何も書いてありませんが」
「まだ決めてません」
嘘だった。決めていた。ただ、この教師に言ってもしょうがないと思っただけだ。六年生のときの作文を思い出した。「もう少し現実的な夢も考えてみましょう」——学校という場所は、いつもそうだ。
瀬奈はF4の二年目のシーズンを戦い、ランキング六位でフィニッシュしていた。三年目となる今シーズンは、さらに上を狙っている。
大学には行かない。レースを続ける。その先に何があるかはわからない。でも走り続けることだけは決めていた。
母にはすでに話してあった。
「大学は行かない。レースをやる」
母は長い沈黙のあと、こう言った。
「お父さんがいたら、たぶん『当たり前だろ』って言うわね」
「お母さんは?」
真紀はテーブルの上の湯呑みを見つめた。夫の湯呑み。あれから二年経って、まだ食器棚にしまえていない。毎朝、自分の湯呑みの隣に並べて、お茶を注いでいる。
「私は……心配よ。当たり前でしょう。女の子一人で、お金もなくて、モータースポーツの世界で食べていくなんて」
母の声が震えた。でも目は、まっすぐだった。
「スポンサーのことだって、あなたはまだ知らないでしょうけど、お父さんがどれだけ頭を下げて回ったか。女の子のドライバーにお金を出してくれるところなんて、ほとんどなかったのよ。『女の子じゃあね』って何度断られたか」
瀬奈は知らなかった。父はそういうことを一切言わなかった。
「それでもお父さんは続けた。あなたが走っている姿を見れば、誰でもわかるって信じてた」
真紀は湯呑みから手を離して、瀬奈を見た。
「でもね、あなたが走ってるときの顔は、お父さんとそっくりなの。怖がってなくて、何も背負ってなくて、ただ嬉しそうで。それを見たら、やめなさいなんて言えないわよ」
瀬奈は進路希望欄に「レーシングドライバー」と書いた。
担任の教師は困った顔をしていたが、瀬奈は気にしなかった。
第七章 富士の三連勝
十九歳。FIA-F4選手権、三年目のシーズン。
この年、瀬奈は覚醒した。
開幕戦の富士で優勝。第二戦の鈴鹿で三位。第三戦のオートポリスで優勝。チャンピオンシップの首位に立った。
何が変わったのか。
技術面では、ブレーキングの精度が格段に上がっていた。ターンイン直前までブレーキを残し、荷重移動を利用してノーズをインに向ける「トレイルブレーキング」の技術を、二年目のオフシーズンに徹底的に磨いた。
F1のオンボード映像を何百本と見て、プロドライバーのブレーキトレースを独学で分析した。
夜、自分の部屋で画面を食い入るように見つめる日が続いた。母が「目が悪くなるわよ」と言いながらホットミルクを持ってきた。
画面の中では、F1マシンがモンツァの第一シケインに飛び込んでいく。ブレーキランプが点灯するタイミング。消えるタイミング。その間のコンマ数秒に、すべてが詰まっている。
ノートに書き留めた。父の大学ノートを引き継いで使っていた。字は父よりも小さく、几帳面だった。でもボールペンの色は同じ青だった。
精神面では、父の死を乗り越えた——というよりも、父の死と一緒に走ることを覚えた。もういない人の言葉を思い出すのではなく、自分の中にある父の感覚を信じるようになった。
第四戦のSUGOでは、スポンサーのことで苦い経験をした。チームを通じて紹介されたある企業の担当者と面談したとき、こう言われた。
「新谷さん、正直に言いますとね、女性ドライバーへのスポンサードは弊社としてもリスクがあるんです。メディア露出が男性ドライバーに比べて少ない。レース結果が同じでも、記事の扱いが小さい。費用対効果を考えると——」
言葉は丁寧だった。だが意味は明快だった。女だから、金が出ない。
チームの監督が割って入った。「結果を出せば状況は変わります」と。だが担当者は曖昧に笑って、名刺だけ置いて帰った。
帰りの車の中で、瀬奈は窓の外を見ていた。悔しさとも怒りとも違う、鈍い感覚が胸の底にあった。これが父の戦ってきた世界なのだと思った。
ヘルメットをかぶって速く走ることよりも、ヘルメットを脱いだあとの世界のほうが、ずっと難しい。
でも、走るしかない。走って結果を出すしかない。それ以外の言語を、瀬奈は持っていなかった。
そして、雨。
第五戦の富士。この日、朝から豪雨だった。セーフティカースタートすら検討されるほどの大雨。視界はほぼゼロ。前のマシンが巻き上げる水しぶきで何も見えない。
多くのドライバーが慎重に走る中、瀬奈はペースを落とさなかった。
見えないなら、感じればいい。ステアリングの振動。シートを通じて伝わる路面の凹凸。ペダルに返ってくるブレーキの反力。五感のすべてを使って、見えない路面と会話する。
父が教えてくれたことを、瀬奈は十四歳のときよりも深く理解していた。マシンとの会話というのは、比喩ではなかった。人間の身体は、機械を通じて路面と繋がっている。その繋がりの解像度を、どこまで上げられるか。それが雨のドライビングの本質だった。
三番手でスタートし、二周目のダンロップコーナーでアウトから二台をまとめてかわした。水しぶきの中に突っ込んでいく瞬間、恐怖はなかった。タイヤのグリップが手のひらに伝わっていた。いける、と身体が知っていた。
コメンタリーブースのアナウンサーが叫んだ。
「新谷瀬奈が来ている! 三番手から一気に二台をかわしてトップに立った! この雨の中で、信じられない走りです!」
そのまま独走。二位に八秒差をつけて優勝。
続く第六戦の富士。今度はレース中盤から雨が降り始める変則的なコンディション。ドライタイヤからウェットタイヤへの交換タイミングが勝負を分けた。多くのチームが早めにピットインする中、瀬奈は二周だけ長くドライタイヤで引っ張った。
「まだ行ける」
無線でチームに伝えた。路面はすでに濡れ始めていたが、ドライタイヤでもグリップが残っている感覚があった。その二周のマージンが、ピットアウト後の順位を決定的に変えた。
三番手でウェットに替えた瀬奈は、コースに戻ったときにはトップだった。
そのまま後続を抑えきって二連勝。
第七戦のもてぎ。ドライコンディション。雨の速さだけではないことを証明しなければならなかった。
予選三番手。決勝はスタートで一つ上げて二番手。トップの車をずっと追いかけた。十五周のレースの十二周目、130Rの進入でインに飛び込んだ。
トレイルブレーキングでノーズをねじ込み、コーナー出口で並んだ。立ち上がりの加速で前に出た。
三連勝。
シーズン終了時、ランキング三位。チャンピオンには届かなかったが、最終盤の三連勝——しかもそのうち二勝がウェット——は業界で大きな話題になった。
モータースポーツ専門メディアが、瀬奈の特集記事を書いた。見出しはこうだった。
「雨の申し子、新谷瀬奈——日本の女性ドライバーが示した可能性」
記事には瀬奈のこれまでの経歴が詳しく書かれていた。父のこと。手作りのデータ分析。限られた予算。スポンサー獲得の困難。
記者はレース後のインタビューで、瀬奈にこう聞いた。
「女性ドライバーとして、壁を感じることはありますか?」
瀬奈は少し考えて答えた。
「ヘルメットをかぶっている間は、壁はありません。マシンは、乗っている人間が男か女かなんて知りませんから。壁があるとしたら、ヘルメットを脱いだあとの世界のほうです」
その言葉が記事の見出しにもう一つ加わった。「壁があるのは、ヘルメットの外」
記事はインターネットで広く拡散された。SNSには賛否両論があった。「本当に速い」「女性でここまで走れるのか」という肯定的な声。「F4で速くても上では通用しない」「女がF1に行けるわけがない」という否定的な声。
瀬奈はその両方を読んで、スマートフォンを閉じた。
どちらの声にも、自分の答えは同じだった。走って証明するしかない。
第八章 異国の視線
二十歳。一月。
記事を読んだのは、瀬奈だけではなかった。
イギリスで、F1 Academyのエントリーチームの一つであるRodin Motorsportのスカウト担当、ジェイミー・ネルソンがその記事を見つけた。
ジェイミーは、世界中のジュニアフォーミュラ・カテゴリーから有望な女性ドライバーを探す仕事をしている。ヨーロッパ、南米、北米の主要シリーズには常に目を光らせていたが、日本のF4までカバーしきれてはいなかった。
記事は日本語しかなく翻訳ソフトを通して読んだ。不自然な英語の中から、いくつかのキーワードが目に留まった。「ウェットでの圧倒的な速さ」「独学でのデータ分析」「父親がメカニック」「限られた予算」。最後の一文、「壁があるのは、ヘルメットの外」。二十歳の日本人の言葉だった。
ジェイミーは画面を閉じず、記事に添えられたリンクからオンボード映像を開いた。
富士のウェットレース。雨の中を、まるで路面が乾いているかのように走る小柄なドライバー。ブレーキングが独特だった。一般的な「教科書通り」のブレーキングではなく、コーナーの奥深くまでブレーキを引きずりながら、ステアリングの切り始めと同期させている。
ジェイミーは映像を巻き戻し、もう一度見た。ダンロップコーナーの進入。通常、この雨量なら百メートル手前からブレーキを踏み始める。だがこのドライバーは、七十メートル付近まで引っ張っている。
そしてブレーキをリリースするのではなく、残したままステアリングを切り始める。荷重がフロントに乗ったまま、ノーズがインに吸い込まれていく。
テクニックとしては知っている。トレイルブレーキング。だが、この雨量でこの精度で使いこなしているのは、相当な路面感覚がなければできない。
ジェイミーはチームマネージャーのアダム・ヒューズに連絡を取った。
「日本に面白い子がいる。オンボード見てくれ」
アダムは映像を三回見た。
「この子、フォーミュラカー歴は?」
「F4が三年目。シーズン三位だが、ウェットの速さは異常だ」
「年齢は?」
「二十歳になったばかり。F1 Academyの年齢制限には問題ない」
「身体面は? レース中の体力は持つのか」
「データがない。日本のF4だと、フィジカルのデータまでは取れていないだろう」
「チーム環境は?」
「父親がメカニックだったが、二年前に亡くなっている。現在は小規模なプライベートチームに所属。予算は最低限。テレメトリー機器もまともに揃っていない」
アダムは映像を四回目に再生しながら、少し考えて、言った。
「この環境でこのタイムを出しているなら、ちゃんとした機材を与えたらどうなる?」
「それを見てみたい」
「直接見に行こう」
二月。富士スピードウェイ。合同テスト。
まだシーズン前のこの時期、各チームがテスト走行を行う。瀬奈はいつものように、チームの小さなガレージで準備をしていた。メカニックは二人。予算は相変わらず厳しい。タイヤのセット数も限られている。
その日、パドックに見慣れない外国人の姿があった。
ジェイミーとアダムは、わざと目立たないようにしていた。パドックパスを取得し、一般の見学者を装ってピットウォールからテスト走行を観察した。
午前中のセッション。路面はドライ。瀬奈のタイムは三番手だった。悪くはないが、特別でもない。
アダムはジェイミーに目配せした。
「まあ、こんなものか」という表情だった。
ジェイミーは首を振った。
「マシンを見ろ。他のチームと比べて、明らかにコーナリングスピードで劣っている。エアロのセッティングが甘い。たぶん風洞データもCFDもない。それで三番手だ」
アダムは双眼鏡を瀬奈のマシンに向けた。確かに、ストレートスピードは上位と遜色ないが、高速コーナーで明らかにリアが不安定だ。空力的なダウンフォースが足りていない。それをドライバーがスロットルワークで補っている。
「なるほど。マシンの不足をドライバーの感覚で埋めているわけか」
「だから雨になると差が縮まる。雨ではダウンフォースの優位が効きにくい。ドライバーの感覚がものを言う」
午後。空が曇り始めた。三時を回った頃、雨が降り出した。
テスト走行を続けるチームと、切り上げるチームに分かれた。瀬奈のチームは走り続けた。タイヤをウェットに替え、コースに出た。
アダムの表情が変わったのは、瀬奈がアウトラップから二周目に入ったときだった。
ウェットタイヤに切り替えた直後、通常のドライバーは数周かけてグリップの感覚を確認する。だが瀬奈は、二周目からいきなりプッシュし始めた。まるで路面の水の量と、タイヤのグリップレベルを、一周で完全に把握したかのように。
「何だ、これは」
アダムがつぶやいた。
ストップウォッチを見た。瀬奈のウェットでのラップタイムは、ドライで三番手だった他のドライバーたちを完全に凌駕していた。
五周。十周。タイムが落ちない。むしろ周回ごとにコンマ一秒ずつ削っていく。雨量は増えているのに。
ジェイミーがストップウォッチとメモを突き合わせて言った。
「十周目のタイムを見ろ。ドライの自己ベストとコンマ八秒差だ。この雨量で。ありえない」
アダムは双眼鏡を下ろした。もう数字を見る必要はなかった。走りを見ればわかる。このドライバーは、雨の中で恐怖を感じていない。
いや、恐怖の先に行っている。路面と対話している。それは映像では伝わりきらない、生で見て初めてわかる種類の才能だった。
テスト終了後、アダムはジェイミーに言った。
「この子を呼ぼう」
最終章 三月の缶コーヒー
三月上旬。
瀬奈はその日、一人で富士に来ていた。チームのマシンのシート合わせの最終確認。午前中に作業を終え、午後はやることがなかった。
パドック裏の自販機で缶コーヒーを買った。父が好きだった微糖。飲む習慣がいつの間にかついていた。自分ではブラック派だと思っていたのに。
四歳のとき、父のツナギからオイルの匂いがした。缶コーヒーの微糖は、あの匂いと一緒に記憶されている。飲むたびに、父の胸に抱かれた感覚が蘇る。
プルタブに指をかけたとき、スマートフォンが鳴った。
知らない番号。しかもイギリスの国番号。
営業電話だろうか。最近、海外からの詐欺電話が増えていると母が言っていた。一瞬迷ったが、出ることにした。レーシングドライバーは、どんな電話にも出る。スポンサーの話かもしれないし、どこかのチームからの連絡かもしれない。可能性を自分から閉じてはいけない。心臓が跳ねた。
「Hello?セナ・シンガイ?」
低く、穏やかな男の声。
「……Yes, スピーキング」
「Rodin Motorsportのチームマネージャー、アダム・ヒューズです。結論から言います。来シーズンのF1 Academyに、あなたを招きたい」
缶コーヒーが手から滑り落ちた。アスファルトに当たって、軽い金属音がした。微糖の茶色い液体が、地面に小さな水たまりを作った。
電話の後、瀬奈はしばらくその場に立ち尽くしていた。
F1 Academy。名前は知っていた。女性ドライバーのために創設されたフォーミュラ・シリーズ。F1のサポートレースとして世界を転戦する。ヨーロッパの才能あるドライバーたちが集まる場所。自分とは別の世界の話だと思っていた。
それが、自分に来た。
震える手で缶コーヒーを拾い上げた。中身が半分こぼれていた。残りを一口飲んだ。ぬるくなっていた。微糖の甘さが、いつもと違う味に感じた。
母に電話した。
「お母さん、あのね」
言葉がうまく出てこなかった。興奮と混乱と、名前のつかない感情がごちゃまぜになっていた。
「落ち着きなさい。深呼吸して」
母は冷静だった。いつもそうだ。どんなときでも、最初の一言は冷静だ。その後で揺れる。
「イギリスのチームから……F1 Academyに……来シーズン……」
「え?」
母が絶句した。しばらく電話の向こうが沈黙した。
「……本当なの?」
「本当。さっき電話が来た。イギリスの人だった」
長い、長い沈黙。
それから母の声が聞こえた。震えていた。
「……お父さんに、報告しなきゃね」
瀬奈の目から涙がこぼれた。
電話の向こうで、母も泣いていた。声を殺して。台所の蛍光灯の下で、あのときと同じように。でも今度は、悲しみの涙ではなかった。
帰宅後、仏壇の前に座った。父の写真が笑っていた。赤いヘルメットを抱えた、あのカートコースでの一枚。
「お父さん」
線香に火をつけた。煙がまっすぐに天井に向かって昇っていった。
「呼ばれたよ。世界に、呼ばれた」
写真の中の父は、相変わらず笑っていた。速くはなかったけど、誰よりも走ることが好きだった人。母が後ろに立っていた。いつからいたのかわからない。仏壇の前に並んで座った。
真紀は写真の夫を見つめた。報告することは、もう一つあった。
「あなた、やったわよ。この子、あなたの夢の続きを走るって」
声には出さなかった。心の中で言った。
瀬奈は目を閉じた。
まぶたの裏に、あの光景が浮かんだ。二歳か三歳の自分。フェンスの向こうを走る赤いヘルメット。後ろから三番目の、でもこの世で一番カッコいいカート。
目を開けた。
「行ってくるね」
父に言った。母にも言った。
立ち上がった。
やることは山ほどある。パスポートの確認。ビザの手続き。英語の勉強。フィジカルトレーニングの強化。シミュレーターへの適応。ヨーロッパのコースの予習。チームとの契約交渉。スポンサー探し。
不安は尽きない。言葉の壁。文化の壁。実力の壁。性別の壁。ヘルメットの外の壁。
でも父が教えてくれたことがある。
現実は、走って変えるものだ。
新谷瀬奈、二十歳。
世界へ走る。その最初の一歩は、富士スピードウェイの自販機の前から始まった。缶コーヒーの染みが、アスファルトに小さく残っていた。
「了」

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