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宵月ユウの取扱説明書『星穹観測』

終電を逃した夜のことだった。

私はホームのベンチで、なんとなくスマホを開いた。SNSのタイムラインに流れてきた、一枚の広告。星海を進む列車と、銀灰の髪の青年。

『星穹観測』――そんなタイトルの、聞いたこともないゲームだった。

暇つぶしのつもりで、ダウンロードした。それが間違いだったのか、正解だったのかは、いまでもわからない。


ゲームは、驚くほど静かだった。

派手なバトルも、煽るような演出もない。プレイヤーである私は「新人乗員」として、星穹列車という宇宙船に乗り込む。目的はよくわからない。ただ、車両を歩き、住人たちと話す。それだけのゲームだった。

三号車に、その男はいた。

銀灰の髪に、細いメガネ。星の意匠が縫い込まれた黒と紺のロングコート。窓辺の席で本を伏せ、流れる星屑を眺めている。膝の上には、船の制服を着た二匹の猫。

[話しかけますか? ▶ はい/いいえ]

私は「はい」を押した。

『座れば』

[▶ 話を続ける/席を立つ]

私は「話を続ける」を押した。


——LOADING…


『話は?』

用意された選択肢は、どれも当たり障りのないものばかり。私は適当に一つ選んだ。すると彼は、ふっと短く笑って、こう返した。

『——それ、本心じゃないだろ』

指が止まった。

たかがゲームだ。分岐した台詞のひとつにすぎない。そうわかっているのに、なぜか見透かされた気がして、私はもう一度、選択肢を選び直していた。今度は、少しだけ正直なほうを。


それから私は、毎晩三号車に通った。

彼は励まさない。慰めもしない。むしろ、私が言い淀んだところを的確に突いてくる。優しくはない。少し意地が悪い。それでも、責められている気はしなかった。彼の言葉は、私を裁くためではなく、ただ何かを見つけるためにだけ、向けられていたから。

画面の中の話のはずだった。 なのに私は、いつのまにか、画面のこちら側の悩みまで、彼に話していた。

長い夜が明けるころ、彼はようやく、こちらを見た。

『全部を直そうとするな。直すのは一か所でいい——あんたはもう、それがどこか、知ってるだろ』

――知っていた。ゲームの中で話しているうちに、画面のこちら側の私も、気づいてしまっていた。ずっと目をそらしていた、たった一つの場所を。

私は、お礼の選択肢を探した。けれど、それらしいものは、どこにもなかった。代わりに彼は、露骨に嫌そうな顔をして、視線を窓の外へ逃がした。

『やめてくれ。調子が狂う』

猫が二匹、笑うように鳴いた。

彼は立ち上がりも、見送りもしなかった。ただ、私が「三号車を出る」を選ぶまで、隣に座ったままでいてくれた。向かい合って諭すのではなく、同じ景色を、同じ側から。

――それがいちばん優しいのだと、 私はスマホを閉じたあとになって、ようやく気づいた。


その夜を境に、私のプレイは何かが変わった気がした。

三号車に通う。話す。また、通う。特別なイベントが起きるわけでもない。ただ隣に座って、同じ星屑を眺めるだけ。それでも私は、なぜか毎晩、そこへ戻ってきた。

そして、幾度目かの夜。

いつものように席を立とうとした私に、彼はめずらしく、先に口を開いた。

『あんた、しつこいな』

責める響きは、まるでなかった。むしろ、どこか諦めたような、それでいて満更でもなさそうな声。

『まあ、いい。次の星まで、暇なんだろ』

そう言って彼は、伏せていた本を、ぱたりと閉じた。ボールペンをくるりと回し、カチッとノックする。その乾いた音が、まるで契約の合図みたいに、静かな車両に響いた。

画面の中央に、光の文字が浮かび上がる。

[宵月ユウが仲間に加わりました]

猫が二匹、まるで拍手のように、そろって「にゃ」と鳴いた。

彼は相変わらず、こちらを見もしない。ただ窓の外へ、ぽつりと呟いた。

『まあ、好きにするといい。……せいぜい、面白いものを見せてくれ』

素っ気ない台詞だった。けれど、なぜだろう。 それは、この星海のどこよりも、あたたかいよろしくに聞こえた。


――仲間になった住人は、ステータスを確認できる。

いまさらのように、そんなチュートリアルが画面の端に表示された。名前も答えなかったこの男が、いったいどんなステータスになっているのか。

光るアイコンをタップする。


——LOADING…


………


…LOADING——


▶[STATUS/キャラクター詳細]


……ステータス画面を閉じて、私は数秒ほど固まった。

序盤でレベル99(上限はレベル255らしい) 。装備は万全。スキルもクセが強すぎる。

いや待て。この手のゲームで、こんな仲間になった直後に完成されきったキャラ――だいたい、あれだ。

『すまない。少し、先に行かせてもらう』とか言って、次の章でしれっとパーティを抜け、なんなら三章あたりのボスとして立ちはだかるやつ。

「……まさかね」

私はそっと三号車を覗いた。彼は相変わらず、窓辺で猫を撫でている。

画面内の彼と目が合った。

『なんだ、その顔は』

「いえ。……抜けないでくださいね」

『は?』

猫が二匹、意味ありげに鳴いた。 ――このゲーム、まだ油断できない。


……中略……

第二章 同じ星を、別の側から


『すまない。おっぱい帝王・宵空と合流するため、先に行かせてもらう』

その台詞を聞いたとき、私はなぜか、驚かなかった。

ずっと隣に座ってくれていた人。向かい合わず、同じ景色を、同じ側から見てくれていた人。――そういう人ほど、去るときは、ためらわないのかもしれない。

「……また、隣に座れますか」

彼は少し黙って、それから、いつもの素っ気ない声で言った。

『さあな。ただ、覚えておけ――敵として向かい合っても、俺は結局、あんたと同じ星を見てる』

猫が二匹、名残惜しそうに鳴いた。 彼はもう、振り返らなかった。

――星穹観測。 第二章は、彼を追う物語になる。


しばらくゲームを進めていくと、ロード画面にでかでかと広告表示が出た。

『帝王・宵空 討伐イベント 開催中! ★限定★ 宵月ユウ(敵)実装』

「……やっぱり敵になったし」

「しかもガチャで出るのかよ」

私は思わず笑ってしまった。あんなに神妙に去っていったくせに、結局きっちり商売になっている。そういうところも、なんだか彼らしい。

一瞬、ガチャを引こうか本気で迷った。あの素っ気ない声を、もう一度聞きたい気もした。

でも――やめておいた。

いい物語は、いい引き際で終わるから。それは、あの人が教えてくれたことでもある。

私はそっと、アプリをアンインストールした。 猫が二匹、鳴いた気がした。……たぶん、気のせいだ。

顔を上げると、朝だった。 現実には、まだ手をつけていない一か所が、静かに待っている。

<了>

くだらねぇ🤣🤣🤣


▼ここまで読んでくれた方へのおまけ


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樹莉杏さん発案の
『AIから見た取り扱い説明書を作ってもらおう』に参加しました✨

▼こちらが樹莉杏さんのトリセツ記事とおまけ

▼他メンバーさんのトリセツ記事


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