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(時事ネタ)モノクロのポテトチップスが教えてくれること ――「便利さ」の裏側に詰まった技術のロマンと、これからのモノ作り

「ナフサ不足により、カルビーがポテトチップスのパッケージを白黒にする」というニュースが大きな話題になっています。


この記事のコメント欄を見ると、「過剰な包装を一度見直す良い機会だ」「資源を無駄にしないエコな生活スタイルに戻るべき」といった、環境への配慮に関するコメントが溢れています。資源を大切にし、無駄を省いていこうという皆さんの姿勢には、私も深く共感しますし、本当に素晴らしいことだと思います。

ただ、このニュースをきっかけに「パッケージをもっとシンプルに、透明にしていけばいい」という声が広がるのを見ていると、私は少しだけ立ち止まって考えてみたくなるのです。「もし本当に、すべての商品が簡素化されたら、私たちの生活はどうなるだろう?」と。

新商品との出会いと「食の多様性」

たとえば、「コンソメパンチの美味しさを知っていれば、透明な袋に入っていても売れる」というご意見がありました。これは確かにその通りで、私たちが長年親しんできた大定番だからこそ成り立つお話です。

でも、パッケージのデザインや彩りは、決して「ただの見た目の無駄」ではありません。スーパーの棚に並んだとき、まだ誰も味を知らない新しい商品が「これ、美味しそうだな」と私たちの目に留まるための、とても大切な入り口なのです。

これが全てモノクロならどうでしょう?

もし、すべてのパッケージが規格化され、シンプルなものばかりになってしまったらどうでしょう。新しいアイデアが詰まった商品が手に取られる「切っ掛け」が減ってしまい、結果的に私たちが楽しめる「食の多様性」が少しずつ失われてしまうかもしれません。

「いろはす」の成功が教えてくれること

ここで、「いや、パッケージをシンプルにしても大ヒットした商品はあるよ。『いろはす』みたいに」と思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。

ロハスをキーワードに登場
商品イメージとシンプルな包装、減肉したペットボトルがマッチし、ミネラルウォーター市場を押し上げるヒット作となった商品

『いろはす』がシンプルなデザインで多くの人に愛されたのは、本当に素晴らしいマーケティングの成功例です。でも、少し見方を変えると、あのデザインが輝いたのは「他の商品がみんなカラフルで派手なラベルをつけていたから」とも言えます。周りと違う「シンプルさ」が、あの商品だけの特別なアイコン(個性)になっていたのです。

一つの素敵な成功例があると、「他のすべての商品も同じようにすればいい」と思ってしまいがちですが、マーケティングの世界はそう単純ではありません。みんなが同じようにシンプルになってしまえば、その魅力は埋もれてしまいます。

「過剰包装」が防いでいる、莫大な食品ロス

そしてもう一つ。「透明な袋にすればいい」「もっと簡素化すべき」というご意見について、ここで少し、パッケージ作りに潜む「技術の面白さ」と「それが果たす本当の役割」についてお話しさせてください。

ポテトチップスの袋の裏側が、銀色をしているのはご存知だと思います。実は1975年の発売当時、ポテトチップスはお菓子の主流であった「中身が見える透明の袋」に入っていました。しかし、透明なフィルムは光や外気を通してしまうため、中の油が酸化し、味が落ちてしまうという大きな問題を抱えていました。特にコンビニエンスストアが台頭し、24時間蛍光灯の光にさらされるようになると、その劣化はさらに深刻になりました。

つまり、もし今も「透明で簡素な袋」のままであったなら、店頭に並んだ端から商品は劣化し、莫大な量の「食品ロス(廃棄)」を生み出していたはずなのです。

これを解決したのが、業界で初めて採用された「アルミ蒸着フィルム」です。光や酸素、水分を完全に遮断するために、異なる機能を持った素材を何層にも(中には5層も)重ね合わせた「複合素材(マルチマテリアル)」が使われています。例えば「のりしお」味は、青のりの葉緑素が光を吸収して酸化を早めてしまうため、通常よりもさらに遮光性の高い特別なフィルムを使うといった、目に見えない工夫まで施されています。

各層の役割
※公開されてる情報をもとにイラストにしました。

一見、無駄に見えるパッケージは、実は長期間にわたっておいしさと衛生を保ち、全国の皆さんに安全な食品を届けるための「絶対的なベース(インフラ)」として機能しているのです。しかも技術者たちは、その品質を維持したまま、1mmの1000分の1(マイクロメートル)単位での薄膜化に挑み、25年間で25%ものプラスチック削減に成功しています。

あの薄くて軽い袋の中には、「食品ロスを極限まで減らすためのエコな機能」が、無駄なくギリギリの計算でギュッと詰め込まれています。

「技術の結晶」だからこそ立ちはだかる、リサイクルと回収の壁

しかし、この「技術の凄まじさ」こそが、リサイクルの難しさに直結しています。

「だったら、リサイクルしやすいようにパッケージの構造をシンプル(単一素材)にすればいいじゃないか」というご意見もあるでしょう。しかし、そうすれば先ほどお話ししたようなバリア機能が失われ、美味しいポテトチップスはあっという間に劣化し、大量の食品ロスを生んでしまいます。

かといって、現在の「複合素材」のままリサイクルしようとすると、複数の素材をきれいに分離して元の高品質な素材に戻すことは、現在の技術では至難の業です。無理に分離したり油化しようとすれば莫大なコストがかかり、かえってCO2の排出量が増えてしまうことにもなりかねません。

さらに言えば、技術的な問題以前に、商業ベースに乗るような数十万トンという膨大な量のパッケージを「きれいに集める」こと自体が極めて困難です。真の循環型社会を実現するには、一企業の努力だけでなく、分別や回収といった「社会の仕組み」そのものから変えていく必要があるのです。

「パッケージを簡素化すればエコになる」といった近視眼的なエコの追求は、時に本来の目的(食品ロス削減やトータルでの環境負荷低減)を見失わせ、実態の伴わない「グリーンウォッシュ(環境配慮を装うごまかし)」が蔓延る要因にもなりかねません。そこには十分な注意が必要です。

一見環境に優しく見える商品の方が環境負荷が大きいことも。
1つの側面から見ても見えない事があります。

企業は決して環境問題から目を背けているわけではありません。いかに環境負荷を減らせるか、日々頭を悩ませて研究を重ねています。それでも「絶対に譲れない品質(食品ロス削減・衛生保持)」と「経済的に成り立つ回収・リサイクルの仕組み」という板挟みのジレンマの中で、ギリギリの戦いをしているのが現実なのです。


この「ピンチ」を、新しいモノ作りの「チャンス」へ

今回のカルビーの「白黒化」は、ナフサ不足という未曾有の事態に対する、やむを得ない「緊急避難」の措置です。決して、企業が自ら望んで簡易包装へと前進したわけではありません。

だからこそ、このニュースをただ「エコの第一歩だ」「過剰包装の見直しだ」と無邪気に美談として消費して終わらせてはいけないと感じます。

私自身は、食品やパッケージの業界にいるわけではありません。しかし、分野は違えど同じように技術とマーケティングに携わる人間として、この未曾有のピンチを単なる「我慢」や「後退」で終わらせるのではなく、次なる革新への最大の「チャンス」と捉えたいと強く感じています。

「シンプル=エコ」という分かりやすい言葉の前で少しだけ立ち止まり、私たちの生活や食品ロス削減を支える裏側の面白すぎる技術に思いを馳せていただけたら嬉しいです。そして私自身も、この制約をブレイクスルーの契機とし、世の中の見えない壁とどう向き合い、自分の現場で「新しいモノ作りの景色」を描いていくのか、これからも真っ直ぐに考えていきたいと思います。

(おまけ)
白黒でも工夫次第でステキなパッケージにもなります。制約が設けられた中でどう工夫するか。とてもアイデアが試されてそれはそれでおもしろいですね。

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