「夢のアリーナ」ってホントに防災拠点になるの?
アリーナ建設の是非を巡って揺れていた豊橋の件がひと段落し、建設に向けて再び動き出すようです。アリーナスポーツ好きとしては大変喜ばしいことなのですが、前々から気になっていたことがあります。それはエンタメ提供に特化した、いわゆる「夢のアリーナ」は防災拠点としてはあまり機能しないのではないか、ということです。
整備中止を訴えてきた長坂尚登市長は「市民による選択を重く受け止め尊重する」とのコメントを発表。
— 大河正明 『社会を変えるスポーツイノベーション』 (@mybright0922) July 21, 2025
夢のアリーナはスポーツやイベント開催はもちろんのこと、街づくりとして、防災拠点としてその意義は大きい。 https://t.co/XnXKi3a01t
夢のアリーナが防災拠点になるよ、という話はよく聞きますが、実際にどのくらいの機能を持っているかについてはあまり議論されていないように感じます。本当に機能するかな?と疑問に思うのです。
まず「夢のアリーナ」の定義から
意外と理解されていないのですが、デカい体育館=夢のアリーナ ではありません。
批判を覚悟で一言。ここは大きな体育館であって夢のアリーナではない。
— 大河正明 『社会を変えるスポーツイノベーション』 (@mybright0922) March 23, 2021
現時点で日本における真の夢のアリーナは、キングスの新しいホームアリーナだけ。
クレインサンダーズさんには悪意はありません(念のため)。#高崎アリーナ#琉球ゴールデンキングス https://t.co/sQnlMmwCyv
デカい体育館(国体型)と夢のアリーナ(エンタメ提供型)の一番大きな違いは、アリーナ部(木床のところ)とスタンド部(観客席)の関係性です。下のような断面図としてイメージするとわかりやすいかと思います。

国体型体育館はまさにデカい体育館で、アリーナ部が広いのが特徴です。日本のアリーナはほとんどがこの形体です。広さが売りなので「バスケットボールコート3面とれます」とかそういう売り文句でアピールされることが多いです。ところが大きな興行イベントをやろうとするとアリーナ中央のステージからスタンドが離れすぎていて臨場感に欠ける。そして大観衆を入れようとすると、アリーナ部に仮設席を大量に設置しなければならず、設営コストが高くつくという問題があります。
そこで近年注目されているのがエンタメ特化型のいわゆる「夢のアリーナ」です。夢のアリーナでは、狭いアリーナ部をぐるりとスタンド席が囲っており、仮設席の設置をすることなく大観衆を収容できます。観客の体験もリッチになるし、興行側もコストを下げて収益をあげられます。エンターテイメント業界にとっては、まさに夢の施設です。
しかし、防災拠点としてはどうでしょうか。
夢のアリーナの防災拠点としての機能は低い
結論から言うと、防災拠点としては屋根があって、だだっ広い平らな床を持つ施設が最も優れており、それはつまり国体型体育館のほうが優れているということになります。それは以下の理由によります。
夢のアリーナは横になれるスペースが少ない
防災拠点としての重要な機能のひとつに、避難所として多くの市民を受け入れ、安心して寝られる場所を提供することが挙げられます。しかし、階段上になっていて、しかも細かく席に区切られたスタンド部では横になることができません。また防犯上の理由からスタンド部に市民を入れることは困難です(後述)。

したがって、避難所としての機能はアリーナ部の広さと対応する、ということになります。夢のアリーナは国体型体育館に比べて、収容できる市民の数がとても少ないということになります。
死角が多く、防犯コストが高い
アリーナ部が足りなくなると、その他の様々なスペースに避難民が溢れることになります。おそらく最初にエントランス部(入口付近の比較的広いスペース)、次に通路、最後にスタンド部に人が押し寄せるでしょう。
ここで問題になるのが、避難所の防犯・安全管理です。国体型体育館の場合、だだっ広いアリーナ部だけを監視すればよいため、少ない人員で広い範囲を管理できます。しかし、通路やスタンド部は死角が多く、管理が難しい。そこに人が居着いてしまうと防犯コストが高くなり、治安の維持が困難になります。特に夢のアリーナは2階、3階、4階…と階層が分かれていますから、そんなところに人が入り込んだら管理できません。そのため、通常は2階以上は封鎖、といった運用にしますが、夢のアリーナでそれをすると避難できる人はとても少なくなってしまいます。このように、図体だけはデカいが、ほとんどのエリアが封鎖されるということになってしまいます。これでは「防災拠点になる」という売り文句を信じてアリーナを推進してきた市民は怒るんじゃないかな…

また、上述の通りスタンド部は封鎖したいところですが、夢のアリーナはアリーナ部とスタンド部が地続きになっていることが多く、容易にスタンド部に侵入できてしまいます。これも防犯リスクとして見逃せない点かと思います。
近年災害時の治安悪化の問題が明るみになってきている中で、夢のアリーナを防犯拠点として想定することは、自治体・市民にとってあまりよいことではないように思えます。またアリーナで良くないことが起きれば、そこを拠点とするスポーツクラブの印象低下にも繋がり、興行側から見てもリスクがあると言えるでしょう。
支援物資の集積基地機能も低い
平らな床の部分が狭いというのは、物資の集積基地としての機能も低いということを意味します。スタンド部に物資を置いたりすると大変です。重い荷物を持って階段を上り下りしなければなりません。台車も使えません。通路に置くにしても前述の防犯上の問題が噴出します。これらの点より、物資集積基地としても、だだっ広い床を持つ施設が最も優れており、夢のアリーナはこれに該当しません。
長期に渡ってスポーツが止まってしまう
もうひとつ、あまり議論されていないように思うのが、災害発生後のスポーツ興行の再開についてです。コロナ禍や能登の一連の災害を経て、興行主側からは「スポーツを止めてはいけない」という声がよく聞こえるようになりました。
しかし災害拠点として一度運用を始めてしまうと、その間はスポーツを再開することはできません。「防災拠点になるよ」という売り文句で市民の理解を得たのであれば「早々に撤収してスポーツ再開」というわけにはいかないでしょう。このあたり、興行側はどう考えているのか知りたいところです。
折衷案もあるが…
このように、夢のアリーナはその「アリーナ部が狭い」という特徴から防災拠点としての機能は低いように思われます。では、何か打開策はないでしょうか。よく採用される折衷案としては、スタンド部のアリーナに近いところを可動席として、席を壁面に収納することでアリーナ部を拡張できるようにするという方法です。
ただこれにも問題はあって、下図のように上から見るとわかりやすいのですが、アリーナをぐるりと囲むように可動席を設置すると、たくさんのデッドスペースが生じてしまいます。また、可動席範囲を広くすればするほど、デッドスペースは大きくなります。エンタメ興行上のメリットが大きく目減りします。

さらに動線の確保・管理が難しいという問題もあります。エンタメ興行の場合、演者と観客の動線をはっきり分けたいので、できるだけ観客がアリーナ部に降りられないようにしたいところですが、可動席の場合は一度アリーナ部に降りてアリーナ部の出入口を利用する動線が一般的です。そしてその通路としてさらなるデッドスペースが生じてしまいます。また可動席は安定性が低く、移動時の観客体験がやや優れないというデメリットもあります。
このように可動席を採用することで防災拠点としての機能を高くすることはできますが、その分だけ興行側のメリットは目減りしてしまいます。まさに帯に短し襷に長しといったところです。冒頭の引用で、大河氏が「夢のアリーナではない」と指摘した高崎アリーナが、まさに「国体型体育館に可動席つけました」パターンの典型例かと思います。現在のところ、可動席範囲が狭くデッドスペースが小さいと「夢のアリーナ」、可動席範囲が広くデッドスペースが大きいと「大きい体育館」と言われるようです。防災拠点機能を高くしようとすると後者のような形になってしまい、夢のアリーナではなくなってしまうのです。
まとめ
以上より、夢のアリーナは(1)避難所としての収容キャパの小ささ、(2)災害時の防犯コストの高さ、(3)物資の集積基地機能の低さ、(4)災害時のスポーツ興行再開の遅れという4点から、防災拠点としての機能は低いと考えられます。
折衷案として、可動席を設ける方法がありますが、防災拠点機能と興行側のメリットはトレードオフの関係にあり、今後はこのバランスをどのあたりで取っていくかが焦点になるんじゃないかなと思います。
個人的には、単純に「経済効果」や「町おこし」としてのメリットを訴えればよいと思うのです。変に公共性を訴えて、エンタメ価値を妥協しても意味ないんじゃないでしょうか。また大した効果のない「防災拠点」としての機能を売り文句にしてしまうと、いざというときに「だまされた!」と言われてしまうんじゃないかなと思うのです。そんなことをするくらいなら、がんばって民設を目指すべきではないかなと、そう思います。
無理のない、市民の分断を生まない形でのアリーナスポーツの発展を期待したいです。
Enjoy Volleyball !!
