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Salesforceの「顧客主導AI開発」戦略を読み解く──Agentforce ARR $8億・29,000件契約の裏側にある"週次フィードバックループ"

AIの進化スピードがかつてないほど加速する中、企業はプロダクトをどう開発し、いつ市場に投入するかという判断を、従来とはまったく異なるペースで迫られている。

その中でSalesforceが採用している戦略が注目を集めている。同社はAIの次の方向性が不透明な中でも追随できる戦略を見出したと考えている。それは、AIロードマップを顧客とともにリアルタイムでクラウドソーシングするというアプローチだ。

Salesforceは、顧客と親密に連携してフィードバックを得る唯一の企業ではない。しかし、同社の規模、新製品リリースの速度、そして関係の粒度を考えると注目に値する。これは年次や四半期の議論ではない。一部の顧客とは週1回のペースでミーティングを行っている。

本記事では、TechCrunchが報じたSalesforceの「クラウドソーシング型AI開発」の全体像と、投資家にとっての示唆を整理する。


1. Agentforceの現在地 ── 数字で見る急成長


SalesforceのAI戦略を理解するうえで、まずAgentforceの最新業績を押さえておきたい。

1-1. FY26通期:売上$415億、RPO $720億

Salesforceは記録的なFY26第4四半期を締めくくり、通年売上$415億(前年比10%増)を達成し、RPO(残存パフォーマンス義務)は$720億(同14%増)という節目を超えた。

Agentforce ARRは、$8億に達し、前年比169%成長。累計29,000件の有料契約を締結し、前四半期比50%増となった。
同社は累計約20兆トークンを処理し、24億以上のAgentic Work Units(AIが推論するだけでなく、実際の仕事を遂行した瞬間)を達成した。

CEOのマーク・ベニオフは、「Salesforceをエージェンティック・エンタープライズのオペレーティングシステムとして再構築し、人間とエージェントを一つの信頼されたプラットフォーム上で統合した」と述べた。そして「インテリジェンスが仕事の現場に移動すればするほど、Salesforceの価値は高まる」と語っている。

1-2. FY27ガイダンス:$458〜462億、オーガニック成長の再加速を予告

FY27の売上ガイダンスは$458〜462億(前年比10〜11%増)で、Informaticaの寄与を約3ポイント含む。下半期にはオーガニック成長の再加速を見込んでいる。

ベニオフは「エージェンティックAIは事業の追い風であり、FY30の売上$630億に向けて順調に進んでいる」と述べた。

2. 「クラウドソーシング型AI開発」── その仕組み


2-1. テーマ駆動 × ボトムアップ

Agentforce立ち上げのきっかけは、LLMを完全に活用するための「ラストマイル技術」を企業が求めていたことだった。そこからSalesforceは、特定の製品タイムラインではなく、エージェントのコンテキスト、可観測性、確定的制御などのテーマに導かれたボトムアップ戦略を構築した。ローテーション制の顧客グループから直接フィードバックを受け、他の企業にも同様のニーズがあるという前提でプロダクトを構築する。

Salesforce AIのEVP、ジャイェシュ・ゴヴィンダラジャンは、TechCrunchに対し、「18,000の顧客は情報の泉であり、顧客の成功に不可欠な情報の宝庫だ」と語った。

ゴヴィンダラジャンは、「我々が持ち込んだイノベーションは、膨大な数の顧客と協働し、彼らが現実世界で目にする問題を分類した直接的な結果だ。それを分解し、どれがLLM層で解決でき、どれができないかを見極める。LLM層で解決できないものについては、エージェンティック・オペレーティングシステムのコンポーネントを構築する必要がある」と説明した。

2-2. 週次フィードバックの具体像

顧客のエンジニアリングチームとの緊密な連携により、テクノロジーが先に進んでしまう前に問題を迅速に修正できる。SalesforceエンジニアリングのCTO、クリシュナプラサドは「3ヶ月や6ヶ月待ってフィードバックを得て、さらに6ヶ月の作業を考える余裕はない。文字通り週ごと、月ごとに対応している。コードを非常に速くプッシュし、新機能を試してもらい、広くリリースする前にフィードバックを得るためのゲートを設けている」と述べた。

2-3. Salesforce自身も最大のユーザー

この戦略は社内にも適用されている。ゴヴィンダラジャンは、Salesforceの従業員自身がAIツールの最大のユーザーであると述べた。

1年余りで、Agentforceは300万件のサポート会話を処理し、運用面・財務面で測定可能なインパクトをもたらした。顧客数が増加しているにもかかわらず、前年比でサポートケース量が8%減少(17万件超の削減)した。
年間$1億のコスト削減と、3,200件以上の商談への影響が報告されている。

3. 顧客事例 ── Engine:12日間でAIエージェントを実装


3-1. 週次ミーティングの価値

旅行管理プラットフォームのEngineは、Salesforceの顧客フィードバックループに参加している企業の一つだ。これはカジュアルな関係ではない。同社のオペレーションチームはSalesforceと毎週ミーティングを行っている。

Engine CEOのエリア・ワレンは、このパートナーシップを通じてリリース前のAIツールへのアクセスが得られ、競争力の維持とツールからの価値最大化に役立っていると述べた。

ワレンは、AIボイスエージェントにシカゴのホテル予約を指示した際、声とインタラクションが不自然に感じたフィードバックをSalesforceに共有した。その後まもなくエージェントが改善され、同社のA/Bテストでも好結果が出始めたという。

「もし誰かが我々の必要なプロダクトの構築とキュレーションを実際に手伝ってくれるなら、彼らは我々をより良く支援し、問題を本当に理解できる」とワレンは述べた。

3-2. 12営業日でエージェント"Eva"を実装

企業向け旅行プラットフォームで時価総額$21億のEngineは、顧客サポートデータを分析し、チャットチャネルでのキャンセルリクエストが大きなボリュームを占めるものの、予測可能なパターンに従うことを発見した。同社は最初のAIエージェント"Eva"をわずか12営業日で展開した。

4. 顧客事例 ── PenFed:顧客が作ったワークフローがプラットフォーム標準に


もう一つの事例が、連邦信用組合PenFedだ。同社の最高イノベーション責任者シュリー・レディは、Salesforceとの緊密な協力によってテックスタックのスリム化に成功したとTechCrunchに語った。

「我々はより戦略的なプラットフォームに時間とエネルギーを投資し、この関係にはるかに多くの時間を費やしている。その投資はパートナーシップの強化という形で良い結果をもたらし、互いに最大の付加価値を生み出している」とレディは述べた。

注目すべきは、PenFedがAgentforceの既存ツールとエージェントを使って独自に開発したITサービスマネジメント(ITSM)ワークフローが、Salesforceのプラットフォーム全体に展開され、他の企業も利用できるようになった点だ。つまり、顧客が構築したソリューションが、プラットフォームの標準機能として他の顧客にも提供される好循環が生まれている。

5. エージェンティックAIの市場背景 ── なぜ今、この戦略が機能するのか


5-1. Gartnerの予測:2026年末にエンタープライズアプリの40%がAIエージェント搭載

Salesforceの戦略が機能している背景には、エージェンティックAI市場の急速な拡大がある。

2025年から2026年への変化は、経営者の期待がどう変わったかを示している。昨年の成功はAIがコスト削減と効率改善を実現できることを証明することだった。今年の成功は、AIがビジネスの成長に貢献できることを証明することだ。

AIを使用する営業担当者の89%が顧客理解の深化を、87%がストレス軽減を報告している。AIエージェントの採用は急速に加速しており、営業担当者の54%がエージェントを使用済みで、2027年までに10人中9人が利用を計画している。

5-2. 「信頼」が採用のボトルネック

AIの実験と大規模展開の違いは「信頼」という一語に集約される。The Futurum Groupの調査では、Salesforceがエージェンティックプラットフォームの市場リーダーとしてMicrosoftをわずかに上回る評価を受けた。

しかし、信頼に対する懸念は根拠がある。The Informationによれば、Salesforceの経営幹部の間でも生成AIへの信頼は実際に低下しており、内部関係者でさえ慎重な展開が必要であることを認識している。

5-3. 2026年が「エージェントの年」になる理由

The Futurum Groupのヒンチクリフは、「2025年はエージェントの年ではなかった。準備状況の確認、プラットフォームの学習、未成熟な部分の発見の年だった。最大の不満はエージェントの管理方法がないことだった」と述べた。彼は2026年が「エージェントの年になる可能性がはるかに高い」と予測している。

6. この戦略のリスクと限界


6-1. 「顧客は常に正しい」の落とし穴

TechCrunchの記事が指摘するように、このアプローチのリスクは、「顧客が常に正しい」という古典的なサービスセンチメントに依存している点だ。多くの企業がAIの自社での役割をまだ模索中であり、テクノロジーから価値を見出せていない企業も少なくない。そのため、長期的なプロダクト開発の最良の情報源ではない可能性がある。

また、ベータ版のテストやプレビューに積極的であることが、長期的な利用習慣や将来のソフトウェア契約に必ずしも結びつくわけでもない。

6-2. 時価総額の縮小が示す市場の不安

同社の時価総額は2026年4月時点で約$1,750億であり、2025年1月の約$3,200億から22.4%下落している。これはソフトウェアのマルチプル縮小とエンタープライズSaaS全体のAI設備投資懸念と結びついている。

AIの成果が明確に数字に表れるまでの「証明期間」が続いており、投資家の忍耐が試されている局面だ。

7. 投資家にとっての示唆


7-1. 「テーマ駆動 × ボトムアップ」はSaaS全体の新モデルか

Salesforceの戦略は、AIの進化スピードが従来の製品開発サイクルを陳腐化させる環境における一つの適応モデルだ。特定の製品タイムラインではなくテーマに基づいて開発し、顧客フィードバックを週次で取り込む手法は、AI時代のSaaS企業にとって参考になる。

7-2. 注目すべきKPI

投資家がSalesforceを評価する際に注目すべき指標を整理する。

CFOのロビン・ワシントンは「FY26第4四半期の記録的な業績は、顧客のエージェンティック・エンタープライズへの移行が加速していることを反映している」と述べ、「FY27下半期にオーガニック成長が再加速する道筋に一層の確信を持っている」と語った。

7-3. カタリスト

今後の注目イベントとしては、FY27 Q1決算(2026年6月予定)でのAgentforce ARRの$10億突破の可能性、FY27下半期のオーガニック成長再加速の実現、そしてAgentforceの消費ベースモデルへの移行がどの程度進むかが挙げられる。

Salesforceの軌跡は、AIエージェントがまずキャパシティ制約を取り除きプロアクティブなサポートを可能にすることでカスタマーサービスを変革し、次に同じ基盤技術を使って、人間が追いきれなかった収益機会の追求に活用されるという2段階の進化を示している。

クリシュナプラサドの言葉が、この戦略の本質を要約している。「テクノロジーが変わるたびに、1ヶ月後に何が出てくるか分からない。我々はそれに適応する。エージェントという用語さえ1年半前には存在しなかった。我々はすべての進歩に対応し、顧客に対応しなければならなかった」。

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