#119 | cittoの記録 | 法事から学んだこと
**citto(チット)**です。
読みに来てくださり、ありがとうございます。
現在、休職7ヶ月目。
先ほど、渋滞を抜けてようやく帰宅できました。
今日は、法事から学んだことについて、記録を残したいと思います。
お坊さんのお話の最中に
今日は、法事でお寺に行ってきた。
祖母の50回忌のお経の前に、お坊さんのお話を聴く機会があった。
なぜ、お寺と神社が共存できているのか?というお話。
とても真剣に話を聞いていたところ、鞄の中にあるわたしのスマホがマナーモードで鳴っている。
気になって番号を見ると、娘の成人式の着付けをお願いしているお店からの連絡だった。
やり取りはすべて娘に任せていたはず。
しかし、わたしの番号に掛かってくるところを見ると、何かある。(嫌な予感)
前撮りは今週末なのに・・・(汗)。
急にお坊さんの話が耳に入らなくなる。
最後まで聴いたものの、途中がすっぽり抜けてしまって、せっかくのお話がよく分からなくなってしまった。
お墓参りで
それまで降っていた雨が急に止んだ。
父が、「おばあちゃんの力だね」と言った。
普段、そんなことを言わない父が、そう言った。
「そうだね、おばあちゃん、きっと見てるね」とわたしも答えた。
父方のお墓はちょっとした山の中にあるので、お墓に行くまで息が上がる。
子どもたちは40代後半~50代。
叔父さんや叔母さんたちは、70代後半。かなりの大変だったと思う。
無事にお線香をあげるものの、帰りの坂道では足がおぼつかない。
雨で足元が悪かったことに加えて、落ち葉が濡れていて滑る。
みんなで声を掛け合って下ってきた。
子どもたちが親を心配して寄り添いながら下りる。
歳を重ねるということは、こう言うことで、そろそろ代が変わるのだな、と思った。
会食にて、いとこと同じ目線で
父方のいとこの中ではわたしが一番年下。
幼い頃は、いとこの中でも輪の中に入っていくことが難しかった。
当時、親戚はみな同じエリアに住んでいたので、転勤族のわたしはなかなか話について行けなかったのだ。
しかし、今は年齢の差は縮まらなくても、大人になればその差はあまり感じることなく話すことができる。
子どもの悩みだったり、更年期の話だったり。
おいしい料理と共に、話も弾んだ。
わたしは予定通り、聞き役に徹した。時々質問しながら。
詮索されることもなく、何か言われることもなく、今日は無事に終わった。
純粋に、いとこのお姉さんたちとの話が楽しめて、手を振って「またね!」と言えた自分にも驚いた。
祖母の話は、ゆっくりと父から聞いた
結局、祖母のお話は、父から聞いた。
お墓のところで、そしてお寺で、家で。
祖母は——
我慢強い。ちょっと変わったものの捉え方をする。
お嬢さんだった。妹たちが嫉妬するほどとてもかわいがられて育った。
などなど、色々と知らないことがあった。
そして、父のすぐ上のお姉さんが、祖母にそっくりになってきたそうだ。
わたしはその叔母さんか親戚の中で一番好きだ。
ちょっと変わった声も安心するし、考え方も、全てが好き。
祖母がその叔母さんによく似ているということを聞いて、なぜか納得がいってしまった。
わたしは、絶対に祖母が好きだ(笑)。
さいごに
帰宅の車の中では、耐えられず眠ってしまった。
疲れてヘトヘトですが、実りの多い一日になりました。
親戚一同で撮った写真。
もうこんなに一気に集まることはできないかも知れない。
ただ、お坊さんに「50回忌でこんなに人数が集まれる一族は初めてです」と言われたとおり、できる限り元気でいたい、みんなが改めてそう思えた日だったことは確かだと思う。
そして、自分らしくいること。
無理せず、心地よい距離感で。お互いの生活を尊重して。
これが親戚の関係でも大切なことだ。
今日は、このへんで。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
