埼玉県/大宮駅② 映画文化と街の変遷について
【大宮の映画文化と街の変遷:江戸から令和まで】
それでは埼玉県の大宮がわかる皆さん。ちょっと想像してみてくださいね。
大宮駅の東口方面、時は江戸時代です。
氷川神社の参道沿いには茶屋や団子屋が立ち並び、人々は散策やお参りを楽しんでいました。そこはいわば庶民の娯楽と信仰が溶け合った門前町としての賑わいの中心でした。
一方の西口方面というと、そこはまだ田園地帯が広がるのみ。商業施設はほとんど無く静かでのどかな風景でした。
【昭和:映画館文化の華やぎ】
では時代を一気に昭和へ移します。上記の通り、映画館についてです。
大宮駅東口には、大宮東映、大宮東宝、スカラ座などといった映画館が点在し、家族連れや若者で賑わっていました。
映画館はいわば週末の楽しみの中心。大宮駅東口では氷川参道の祭礼や散策に加え、映画鑑賞が街の文化の一つとして存在していたのです。
庶民の文化と昭和のギラギラとした活気が、そこいらに満ち溢れていました。
あの頃の大宮がまるで昨日のようですね。
【平成:西口発展、東口の静寂】
さて。時代はどう移っていったのでしょう。時代はまた変遷しますよ。
大宮駅西口の再開発によりデパートやオフィスビルが集積。若い富裕層やカルチャー志向の人々が西口に集まり、街の重心が移動しました。
東口は景観保護の名のもとに大規模開発から外れ、かつての映画館も一気に閉館。郊外のシネコンや家庭用ビデオの普及も重なって、東口の映画文化は静かに姿を消していきました。
【令和:西口 OttOでの文化再構築】
そして令和の今。西口に生まれた映画館OttO(オット)。
こちらは小規模なミニシアターでありつつ、映画だけでなくカフェ併設有り、なんとシェアハウスも運営されているとか。HPには『思い描くのは"人の暮らしの中で寄り添い支え合う映画館のかたち"』とのこと。
館内のシートは山形県の鶴岡まちなかキネマから譲り受けたものだそう。ちなみに鶴岡まちなかキネマは、昭和初期に建築された木造の絹織物工場をリノベーションした映画館とのことです。
昭和の東口映画館文化なき今。
OttOは昭和の足跡を鮮やかに色濃く残しつつも、モダンな文化体験型ミニシアターと存在する稀有でニッチな存在、と捉えてみましたがご存知の方はいかがでしょうか。

【文化が連なる今】
大宮の文化を映画を中心に語ってみました。
まずは江戸時代に門前町の賑わいがあって。昭和は東口映画館の活気、平成には西口発展、そして令和は西口OttO。
時代が変わっても「文化を楽しむ」という本質を忘れたくないものです。
街の映画館は単なる娯楽の場ではなく、人々の心を豊かにする文化の拠点。大事な事ですよね。
この街は恐らくこれからも伝え続けてくれるはずでしょう。
