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「どうするの?」は質問ではない
ふと耳にしたある親子の会話。
子「ちょっと耳が痛い」
母「え!? 痛いの?」
子「ちょっとだけ」
母「病院行った方がいいよね?」
子「えーー (ちょっと痛いけど、病院行かなくてもいいんじゃないかな・・・)」
母「どうするの?!」
子「・・・・・・(どうするって言われても、、、)」
母「行くの?! 行かないの?!」
子「え、、どうしようかな・・・・」
母「もう勝手にしなさい! しらないからね!」
子「(なんだか怒ってる、、痛いし行った方がいいのかな、、、) ・・・・行く」
母「いまさら遅いよ、あれだけ行こうと言ったのに」
子「・・・・・」
親と子の思いのすれ違い
このようなやり取りは多い。
親は「子どもが何を考えているか分からない」「まともに話をしない」と思い、子どもは「何を言っても無駄」「黙っていうこと聞いたほうがいい」と思う。
良く親(母親が圧倒的に多い)が発する、「○○したほうが良いよね?」「どうする?」は質問の形を取っているものの質問ではない。○○したほうが良いと思って同調を求めている、あるいは既に期待した答えがあり、その期待した答えが返ってくるのを待っている。
一方 子どもは、表面的には質問なので自分の気持ちを答えると、親は不機嫌になる。親の期待に沿う答えを出さないと親は不機嫌になる。これを繰返し体験すると自分の意見を極力言わないようになっていく。
一度そのような関係が作られてしまうと、子どもは基本的に親に対して心を開かなくなる。
親は、子どもは親のいうことを聞いていればいい、どうしても嫌なことがあれば親に秘密を作ったり、嘘をついたりして上手に乗り越えていくと割りきってしまうか、子どもが自分の意見を言いやすいように「私は○○したほうがいいと思うけれど、どう思う?」という言い方をするように意識するかどちらかを選ぶしかない。
