「1969」という数字
「1999とか、タイトルに数字が入ってるのって、いいよね。『ROCKDOM -風に吹かれて-』…あ、入ってないや(笑)」
以前、配信の“カモアル”で、そんなことを話していた天然な高見沢さん…w
それを聞いていて「明らかに、タイトルに数字は入っていないのに、何故挙げた?」と思った私。
よくよく考えてみたら、歌詞の方に♪When I was young 1969、ってありました。
高見沢さんの中ではきっと、そちらの印象が強かったんでしょうね。
ところで、この“1969”という数字。
1969年という意味なんですが、THE ALFEEの楽曲にはよく登場します。
『ROCKDOM』以外だと、
ジェネレーション・ダイナマイト (♪1969 崩れた幻)
シュプレヒコールに耳を塞いで (♪さよなら1969 愛しき革命戦士よ)
幻夜祭 (♪解放と変革の1969)
といった感じ。
最近THE ALFEEに興味を持った方なら、不思議に感じるかなと。
1969年というと、お三方は14~15歳の中学生。
まだ出逢ってもいません。
じゃあ、1969年に何か起きたの?って、私もファンになった頃に思いましたので。
今回は初心者アル中さん向けに、私自身の考察も含めて、その部分のお話です。
まず、先に答えを。
1969年というのは「学園紛争」が起きていた年を指しています。
大学闘争 - Wikipedia
[ウィキペディア]
大学での話ですから、当然、中学生だったお三方は直接関わっていません。
しかし、特に高見沢さんは、お兄さんが8つ離れていて早稲田大学に通っていたのもあり、その状況が他人事ではなく、子どもながらに衝撃的だったようです。
過去に、ラジオで“1969”の意味を説明していました。
高 当時、学生運動という学生たちによる改革運動が世界的に起こっていて、ちょうど(19)69年から(19)70年にかけてがすごく激しかった時期なんですね。
坂 一番のピークでした。
高 当時、日本だと東大の安田講堂が封鎖されたりとか、そういう事件が(19)69年に起きたりして、ニュースの世界でしたけど、そういったものがすごく……。
坂 毎日のようにね。
高 そう、今でも覚えてるけど、兄貴に連れられて新宿に映画を観に行ったときに、新宿の歩道が全部剥がされているんだよ。投石されないように。あれを見たときは、びっくりしたね。だから、騒然とした時代ではあったんです。
坂 あの頃は、学生もすごかったもんな。
高 なので、学生たちがすごく熱かった時代を、象徴的に(19)69年と表わしていて。それで、僕らより上の世代のことを想像して作ったのが、「ROCKDOM -風に吹かれて-」であるとか、「幻夜祭」っていう曲なんですね。ある意味、いろいろな部分での転換期だったのかな。
坂 音楽の世界でも、ロックの有名な方々が亡くなったりとか、激動の年なんですよね。
桜 ベトナム戦争があったことによって、反戦歌が盛り上がってきたりね。
坂 ウッドストックが開催された年も(19)69年で。
高 だから、ベトナム戦争っていうのは、すごく大きかったんですよ。
桜 大きかったね。
高 アメリカでも反戦運動っていうのがあって、それが世界中に波及していくっていう。
桜 ましてや、アメリカの人間は徴兵されますからね。自分が兵士にならなきゃいけないので。
高 日本でも、そういったものに学生たちが共感していくわけです。ただ、日本の場合は、芯にあったものが学園改革だったんだよね。アメリカでは、戦争反対とかが大きな柱になっているんだけど、日本の場合は、それが授業料値上げ反対なんだよ。だから、そこらへんの温度差は、ちょっとあるかもしれない。でも、そういった部分で、学生たちがすごく熱かったというかね。僕らは、そういうことに全然関係していませんけど(笑)。
Vol.4-6 BOXセット』Vol.5 p.69, 2022年
お三方が高校生になってからも学生運動は続いており、大学と同じ敷地だった明治学院高校の高見沢さんと桜井さんは、学校に着いたら門が閉鎖されていて中に入れず、休校になったということもあったそうです。
それも「休みだ、ラッキー!」って思うくらいの感覚で、学生運動には興味を持ちませんでした。
桜井さんのエピソードで「中庭でサッカーしていたら、機動隊の盾が飛んできて、持ち帰ったら先生に“返してこい”って言われた」なんていうのもあり、ホント隣り合わせの環境下だったんですけどね。
THE ALFEEの世代は、無気力・無関心・無責任の「三無主義」と大人から一括りにされた中で学生時代を過ごしてきています。
立ち上がる、立ち向かう、何かを変えたい……そういった上の世代の若き熱さを楽曲の中の人物に投影したんだと思います。
当事者では無いけれど、近いところで状況を見聞きしたものが歌に反映され、それが“1969”に込められたといえますね。
なお、この数字が出てこないものの『終わりなきメッセージ』の楽曲背景も同じです。
もっといえば『ロンサム・シティ』『SWINGING GENERATION』なんかも一緒。
“白ヘル(白いヘルメット)”、“一枚のビラ”、“立てカン(立て看板)”といった、当時を印象づけるキーワードが出てきます。
見た景色は現実なんです。
ただ、上記のラジオの話でも高見沢さんが言っていますが、楽曲に出てくる人物像は学生運動に参加した人そのものではなく、きっとこうだったんだろうなと思い描いた姿。
ラブソングだって実体験じゃありませんし、それが作品というものなんだと私は解釈しました😅
お三方やその周りの人々は「三無主義」だなんて言われても、それが違う方向に…音楽へと気力や関心が向いていただけで、決して無ではなかったはず。
それは、これまでの学生時代のエピソードからもわかりますよね?
書籍「オーバー・ドライブ」にも高見沢さんが記していました。
ぼくらが高校に入った年っていうのは、例の70年安保の年でしょう。入学して間もなく、安保闘争そのものは終わってしまったわけだけど、まだまだその余韻がくすぶっていたから、学内の音楽活動も盛んでね。いわゆるメッセージ・フォークみたいなものをやってる連中も結構いたし、“ラブ&ピース”なんて言いながら過激なロックやってるやつとか、もうクラス単位で何かやっているという状態だった。
p.55-56, 1982年
若いエネルギーの使いどころが違ったんです。
楽曲の中の“1969”という舞台に生きる熱い主人公は、今も「諦めるな」と叫び続けていて、そのメッセージがたくさんの人を勇気づけています。
