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カール・ベーム、最後の来日公演。


12月5日はモーツァルトの命日だ。

午前0時55分、息を引き取る。葬儀は翌6日か7日に行われ、ウィーン郊外のサンクト・マルクス墓地の共同墓穴に葬られる。埋葬に関係者は誰も立ち会えず、正確な墓の場所さえわかっていないのは有名な話。

僕がクラシックを聴き始めたころ、モーツァルトといえばカール・ベームが定番だった。お小遣いを溜めて、グラモフォンから出ていたウィーンフィルやベルリンフィルとのレコードを買い揃えた。後期三大交響曲、「フィガロの結婚」、「魔笛」、そして「レクイエム」。どれも遅めのテンポで、重厚に聴かせる。モーツァルトは襟を正して聴くものだ。ベーム先生はそう教えてくれた。

だからかもしれない。モーツァルトは僕にとって、少し退屈だった。

 
先日、東京に行った折に、友人と新宿・歌舞伎町にあるミュージックバー「下宿屋」に顔を出した。

「下宿屋」は棚に並ぶ膨大なレコードを目の前でかけてくれる素敵な空間。基本はロックや日本のフォークソングなのだが、レコード会社に勤めていたマスターはクラシックにも精通していて、この夜はたまたま「カール・ベーム特集」になった。

「これ、聴いてくださいよ!」とマスターがかけてくれたのは、ブルックナーの「ロマンティック」。おやと思った。テンポは遅めだが、楽器の鳴りが違う。ホルンにしても弦のトレモロにしても、実にエモーショナルなのだ。

これ、ほんとにベーム?

次にマスターはユーチューブ動画を大きなスクリーンで見せてくれた。1980年、ウィーンフィルとの最後の来日公演のリハーサルと本番。曲はベートーヴェンの交響曲第7番。

何よりも驚いたのは、終演後の聴衆の熱狂ぶりだった。

何度も大声でブラボーを繰り返し、渾身の拍手をしながらステージに殺到する。団員が退いたステージにベームが姿を見せるたびに、どよめきと歓声が沸き起こる。そのほとんどが、若い男性だった。

「この熱狂ぶり、世界中に知れ渡ったんですよ。ベームが東京でセンセーションを巻き起こしてるって」

マスターに負けず劣らず、僕も感動していた。翌朝、何杯も飲んだスコッチウイスキーのせいかもしれないと、少し思い直した。
 

札幌に帰って、持っていたベームのCDを改めて聴き直してみた。

意外な発見がいくつもあった。「エロイカ」は予想以上に速いテンポで、とくにスケルツォは叩きつけるようなエネルギーに満ち溢れていた。ハイドンにはウィーンの甘い香りを感じた。ブラームスの4番はこの曲のベストテイクではないかと思ったし、「トリスタンとイゾルデ」には得も言われぬエロスさえ漂っていた。

モーツァルトも聴いた。「ハフナー」の躍動感は唯一無二のものだった。
 
これは僕が年を取ったということなのだろうか。

それとも、ベームの真価にようやく気づいたと言うべきなのか。

いずれにしても、こんなことが起きるのが、クラシックの醍醐味のひとつであることは間違いない。

ただ、あの若者たちの熱狂にはなぜか違和感が残る。

いまはフライング拍手にとても厳しいし、コロナ以降は絶叫するようなブラボーはほぼ皆無になった。

あの若者たちは、年老いたベームになにを見たのだろうか。

世界は、あの熱狂する若者たちをどう思ったのだろうか。

何度もステージに呼び戻され、うれしそうに小さくを手を振るベームの姿が、忘れられない。

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