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『BEAM』のためのチャージの方法(プレイリスト編)解説

歌集『BEAM』(書肆侃侃房、2025年)刊行に伴って、青山ブックセンター本店はじめ各地の書店・ウェブストアで瀬口真司選書フェアを開催していただいています。フリーペーパーあり。

31冊の書籍を選びコメントを付しました。
いずれも大きな影響を受けたものなので、フェアのタイトルは「『BEAM』のためのチャージの方法」としています。

下記リンクは紀伊國屋書店ウェブストア。フェアの全容が把握できます(〜2/6)。


ところで、僕は音楽からも多大な影響を受けているので、これに合わせて個人的に「『BEAM』のためのチャージの方法」プレイリスト編を作成してみました。

同じく31曲。以下は解説。

OutKast「The Love Below(Intro)」(2003年)

アンドレ・3000とビッグ・ボーイからなるアウトキャストの大名盤『Speakerboxxx/The Love Below』から、実質アンドレのソロアルバムになるDISC2のごく短いオープニング。ゴージャスなストリングス、壮大さを支えるティンパニに、きらめくピアノ、そして小粋(?)な歌唱。アンドレのこのアルバムはかなり実験的な面と、このジャンルのある意味伝統的なセクシーさを引き継いでる面があるけど、この1曲目でもう十分甘エロい。やっぱイントロは贅沢じゃなくちゃね。ゴージャスでありたいといつも思う。

ビッグ・ボーイのDISC1もPファンクっぽくて好きなんだよな。いつかひとりアウトキャストになってひとり『Speakerboxxx/The Love Below』みたいなものがつくりたい。

菊地成孔&ぺぺ・トルメント・アスカラール「Killing Time」(2009年)

『New York Hell Sonic Ballet』1曲目。アルバムタイトルもかっこいい。この曲はもちろん連作「KILLING TIME」(第3回笹井宏之賞大森静佳賞)のタイトルのいわば元ネタ。コンセプトとタイトルを決めてからとりかかった連作だが、同時にテーマ曲も決まっていたということになる。

連作「KILLING TIME」制作中にはこういうこともあった。映画『TENET』(クリストファー・ノーラン監督、2020年)は時間を逆行(遡行ではなく)する。応募締切直前に映画館に行って連作をほとんど書き直すことになった。ロバート・パティンソンはなんとなく永井祐さんに似ているときがある。

ぺぺ・トルメント・アスカラールのこの曲からはヴァイオリンやピアノやハープの凶悪さを知ることができる。サックスやパーカッションは攻撃性とエレガンスが両立することを教えてくれる。

2020年11月(第3回笹井賞発表の前週)にサントリーホールのコンサート(YouTubeにあがっている)で聴けたときはしびれた。思い出深い。

原曲はMassacre(1982年)。こっちはポストパンクなギターが印象的。



Marvin Gaye「What's Going On」(1971年)

美しい音楽で何が伝えられるか。もっと拡張すれば、シビアな現実に対して芸術は何ができるか。やっぱりずっと考えてしまう。でも、ジェームス・ジェマーソン(ベーシスト)のこの曲のレコーディングにまつわる嘘みたいなエピソードも大好きだよ。


PICNICYOU「REALGOLDSPIRYTUS」(2020年)

Dos Monosの没、blinglifeのふたりとともに5 STAR COWBOYとしても活動している田嶋周造と下田開登によるラップユニット・PICNICYOU。

なんというバカなタイトル。でもこれがデジタル時代に実存を問う歌詞と不思議にマッチして若さの切なさを増強する。さいきん芒川良くんと電車に乗っていてこのタイトルに勝てなきゃだめだよなと話した。
ダニー・ハサウェイ「Love, Love, Love」を下敷きにしたトラックに乗るラップの言葉が全部おもしろい。ギラギラの車が降り注ぐMVも見応えアリ。

借りた身体おれのものにするためある日歌っていた
借りた身体きみのものにするため今踊ってみて

PICNICYOU「REALGOLDSPIRYTUS」

おれもそう思うよ。


aiko「二人」(2008年)

リリース時おれは中学2年。アルバム単位でいえば1番聴き込んだのはこの次の『BABY』(2010年)だけど、楽曲単位では「二人」をかなり聴き込んでいる。

一緒に撮った写真の中に夢見る二人は写っていたのね
後ろに立ってる観覧車に本当は乗りたかった…

aiko「二人」

北赤羽歌会のあと、石井僚一さんがこの曲の落ちサビのaikoを評して言っていたことが忘れられない。いま歌人はaikoに勝てているだろうか。


小田朋美「Love the world」(2013年)

アルバム『シャーマン狩り』の1曲目。これもいいタイトルだと思う。
ピアノ+ドラム+歌のシンプルな構成でのPerfumeのカバー(原曲は2009年。たった4年でこんな解釈が出せるのか。あとPerfumeの立ち位置はなんておもしろいんだろう)。
生々しいはずなのにぜんぜんオーガニックじゃない。
リズムへアプローチすることで時間は伸ばしたり縮めたりできる。
〈改造5W1H〉という言葉が思い浮かんだ。


赤い公園「消えない」(2019年)

石野理子加入のインパクトをよく覚えてる。津野米咲のギターって標準よりちょっとだけチューニングが高いらしいけどこのイントロの抜け感はそういうところから来るのか。全パートに見せ場アリ。

「しつこいBeamの乱反射」な「Highway Cabriolet」。木場公園でMVが撮られてる「凛々爛々」。時代へのレクイエム「HEISEI」。ポリリズムを使った「Yo-Ho」。このEPは5曲ともめちゃくちゃ好きで、がんばらなきゃいけない長距離移動のときよく聴く。羽田空港行きのモノレールとかね。合います。

さよならなんて簡単な
言葉に詰まるのはなぜ
終わらせたっていいけど
終わらせるなら今だけど

赤い公園「消えない」

「こんな所で消えない 消さない」とまた思ってよ。


SPANK HAPPY「拝啓ミス・インターナショナル」(2002年)

ああ、あこがれの岩澤瞳期スパンクス。おれが東京に出てきて最初にしたのは2期スパンクスの音源探しだよ。いまはなき渋谷TSUTAYAのレンタルコーナーに普通にあって泣いた。おれがデュエット好きなのはスパンクスの影響。

2期スパンクスと『手紙魔まみ』の同時性についていつか何か読みたいな/書きたいなと思う。恋ではない、しかし盲目的な「女の子」への憧れと移入。純粋で気持ち悪い何か。

穂村弘(1962年生)と菊地成孔(1963年生)をエッセイストとしてデビューさせた編集者は同じ(村井康司・小学館)だが、2人は同時期に上智大学周辺をウロウロしてもいたはず(穂村は北大中退→上智英文科、菊地は長く上智ジャズ研に出入りしてたらしい。たぶん学籍はない)。
※1/19追記:村井康司も上智出身らしい。

『短歌という爆弾』(穂村、2000年)
『手紙魔まみ、夏の引っ越し(ウサギ連れ)』(穂村、2001年)
『世界音痴』(穂村、2002年)
『スペインの宇宙食』(菊地、2003年)
『歌舞伎町のミッドナイト・フットボール』(菊地、2004年)。

すごすぎる。



NOT WONK「slow burning」(2021年)

同世代のバンドマンでライバルだと思うひとりはNOT WONK加藤修平。とにかく歌がすごい。でもパフォーマンスだけじゃなくて、場を作ることへの意識も高くて見習うところばかり。

Everytime I run against the time that’s passing by, just singing out for rain to hold my life.

NOT WONK「slow burning」

マジだよ。

この曲は全部のジャンルが同時に鳴ってるみたいな感じがする。やっぱりおれは時間を引き伸ばしたり縮めたりすることに興味があって、それは音楽だとできるんだと思わされる。アルバム『dimen』は録音、マスタリングがやばい。音が鳴る/音を聴くよろこびにあふれている。


JAZZ DOMMUNISTERS「Drive 2 Drive(feat.OMSB)」(2017年)

これも菊地成孔(=N/K)。谷王=大谷能生とのヒップホップユニットJAZZ DOMMUNISTERSのセカンドアルバム『Cupid & Bataille, Dirty Microphone』は元気なときに聴くとダサいんだが、調子悪いときに聴くと世界一かっこよく聴こえる。でもこの曲はビートもラップも速くて複雑なのにいつ聴いてもかっこよすぎる。あとこのアルバムもマスタリングめっちゃこだわってるね。ヒップホップのおもしろいところのひとつは重ねて録ることででてくる声の蠢きだなと思う。ガヤ感というか。

この分析ブログがおもしろい。


宇多田ヒカル「Kiss & Cry」(2007年)

リリース時おれは中1。もう20年近く前なのか……。

イントロが2つある。Bセクションへの自己言及も「今日は日清CUP NOODLE」の露骨さも、こういうケレン味が大好きだおれは。
シンプルなリズムトラックに差し込むようなブラスがかっこいい。
サビおわり「あとはしょうがない Kiss & Cry」「まあいいんじゃない Kiss & Cry」の投げ出し方、負荷のかけ方に逆説的に背中を押される。


GEZAN「Absolutely Imagination」(2017年)

Imagination Warは始まっている。
GEZANの歌詞は意外と引用が多いんだけど、どれも歴史に体当たりしてる感じがする。

おわらない歌が終わったから
暗闇なんだ現在
リンダリンダじゃもう震えない心から今始まる

GEZAN「Absolutely Imagination」

恥ずかしいことを歌い/歌い続けるために身体はどうあらねばならないか。
マジでいるために歌と言葉と楽器と声はどうならねばならないか。
2019年渋谷の全感覚祭の夜が忘れられない。
また熱くなる。


岡村靖幸「ビバナミダ」(2013年)

岡村靖幸を知ったのは大学1年のとき。それからずっと夢中。
リアルタイムで初めて新曲に接したのがこの曲と「愛はおしゃれじゃない」。


Choker「Guppy」(2019年)

この10年のソウル/R&Bシーンで最も美しい曲のひとつだと思う。
「チル」なんて言葉は及ばない。アコースティックな楽器がたくさん使われているだろうに、この曲は「冷える」。

行ったこともないミシガンのまちでボールが弾む。音楽に空気が震える。誰かが話している。全てが思い出の中のようで、映画の中のようで、夢の中のようで、でもクールダウンしていくのは疑いようもなく僕の胸だ。

親密感のあるサウンドと歌声で、一時期はフランク・オーシャンともよく比較されたChoker。ここんとこずっと具合がよくなかったようだが、なんと8年ぶりの3rdアルバムが2月にリリースされるらしい。復活をかなり楽しみにしている。

(2/20追記:3rdアルバム『Heaven Ain't Sold』はついにリリースされた。感涙。)


Oneohtrix Point Never「Love In The Time Of Lexapro」(2018年)

レクサプロは有名なSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)の名前。僕もこの2年お世話になっている。要するにタイトルは「抗鬱剤の時代の愛」ということになる。服用するとさまざまな副作用とともに気分の落ち込みや不安(ダウン)が削られる。で、ここが難しいところだが同時に感動や快(アップ)も削られる。はっきりいって創作とは相性が悪い。たぶん愛とも相性がよくないだろう。

このジャンルはサウンドのテクスチャーを味わえるかどうかで好みがわかれる(一部の口語短歌と一緒だね)。この曲はイントロの30数秒でざらつきとスムースさが同時に提示され、静寂のあと、こもったようなボトムをもつリズムセクションとメロディパートのシンセがからみはじめる。深い底までたどりつきながらじっくりと〈聴いている自分の体〉を感じなおすことができる。まず愛は自分に向けること。

2024年のOPN来日公演に行ったが、マジで音がでかかった。本当にでかかった。


Mom「[SERΦTΦNIN]」(2025年)

で、これはセロトニンという曲なんだが、Momのこの曲は何度聴いても優しくて助けられた。

Momも同世代でいつも自分と比べてしまうアーティストだ。「スーパーヒーローになれるなら俺ちゃんとやれますよ」(「ワークアウト’25」)。そうだよな。

Momの今作(『AIと刹那のポリティクス』)からは小沢健二『刹那』(2003年)のヴァイブスを端々に感じる。「★に願いを」~「[SERΦTΦNIN]」~「ワークアウト’25」~「#天使よりもショットガンが欲しい」の流れは美しい。2025年は2回ライブをみた。青松輝『4』批評会で僕がジャケットのなかに着ていたのはMomのグッズです。


スガシカオ「黄金の月」(1997年)

ファンクが好きなので日本語の歌でいかにファンクできるかを試み続けているスガシカオは外せない(もちろん岡村靖幸も、初期の及川光博もそういう文脈で大好きだ)。
この「黄金の月」は、スライを思わせるベースラインがJ-POPにしては深いところをうねりすぎている。歌詞も暗い(でもそれがセクシーさの源なんでしょう)。じっとりとした内省を作品として成立させる要素の一つに〈声質〉があることもまた重要な事実。

ぼくの未来に 光などなくても
誰かがぼくのことを どこかでわらっていても
君のあしたが みにくくゆがんでも
ぼくらが二度と 純粋を手に入れられなくても

夜空に光る 黄金の月などなくても

スガシカオ「黄金の月」

おっそろしい終わり方。


Perfume「SEVENTH HEAVEN」(2007年)

「ポリリズム」のカップリング。これもリリース時おれは中1。中学のときかなり聴いたなあ。当時はPerfumeが冠番組持ってたりした。

ハウス的でない散り落ちるようなピアノが印象的。アコギって苦手なんだけどこういう使い方はいいなと思う。
メロディーが美しいね……。

郡司和斗さんが前に「Perfume歌ってると思ったより瀬口さんが脳裏をよぎる」とポストしていてどういうことなのかよくわかっていなかったが、中田ヤスタカの言葉遣いにはたしかに影響受けてる気がします。


ドレスコーズ「愛に気をつけてね」(2014年)

ケレン味といえば志磨遼平。
おれのなかでグラムスター度は吉井和哉に匹敵する。
これは絶対にYouTubeでライブ動画を見てください。

何度見ても涙ぐんでしまうので人前でみられない。
全てが反転する瞬間が美しすぎる。

口紅から機関車まで
あいつとぼくが手に入れる
こんなときに笑うなんてまるで
……この、悪魔め!

ドレスコーズ「この悪魔め」

「シネマ・シネマ・シネマ」とか「ゴッホ」とかにもばりばり影響受けてるけど、創作中によく口ずさんでるのは意外とこのフレーズ。


長谷川白紙「ボーイズ・テクスチャー」(2024年)

「ボーイズ」も「テクスチャー」も僕にとっては重要な位置にある言葉で、それらがくっついたタイトルのこの曲が僕にとって重要でないわけがない(おそらくは長谷川白紙本人にとってもきわめて重要な楽曲だろう)。でもどう重要なのかいまだうまく言葉にならないでいる。浄さを思わせるギターと声、推進力のあるマッシブなビート。どこか高いところへ連れて行ってくれそうなサウンドで、しかし歌詞を読むとサウンドの印象は裏切られる。

歌が壊れるということはどういうことか。聞き流せてしまうくらいサウンドの奥に引っ込んで/コーラスと一体化したボーカルですぐれた詞を歌うことの批評性。歌詞が歌詞であること、歌が歌であることを真剣に考え抜かないとこの仕上がりにはならないだろう。

これは詩ではない
宣言でしか有り得ない

長谷川白紙「ボーイズ・テクスチャー」

メロディとリズムとハーモニーに乗せればどんな言葉もいったんは運ぶことができるということ。このことへの警戒心で言葉が研ぎ澄まされているように感じた。


SPANK HAPPY「悲しむ物体」(1995年)

また菊地成孔。これはハラミドリ、河野伸、菊地成孔の3人体制1期スパンクス。アルバム『FREAK SMILE』も繰り返し聴き続けている。「鉄の馬と女」「メドレー 破壊」「80年代」など名曲ぞろいだが、ハイライトはこの「悲しむ物体」。

この曲は連作「パーチ」(第5回笹井宏之賞大賞)制作中によく聴いた。

上記noteでこの曲を〈阪神・淡路大震災後〉という文脈で聴くという解釈があることを知った。

歌に、言葉にできることは何だろうとどんなときも考えます。



小沢健二「強い気持ち・強い愛(1995 DAT Mix)」(2019年)

1995年。僕はようやく1歳。
小沢健二の書いた詞のうち、筒美京平のつくったメロディーのうち、最も優れたもので間違いないと思う。
このMixではストリングスやオルガンと同時に、ギターのカッティングと打楽器が全編通していい仕事をしていて、清潔でありながらファンクであることを手放さない。
やっぱり歌のなかでしか信じられないことってあるよ。それでも/だからこそ歌わなくちゃ。



PUNPEE「Operation : Multiverse of Love」(2022年)

2分ちょっとしかないから繰り返し聴くことになる。

死んじゃった あいつを コピペして
こっちでまた遊びたいね
悲しみは二人で分けて 嬉しみは二人で二倍だ
あのセーブポイントに戻ろう
あのセーブポイントに戻ろう
夢オチじゃ草生えるってか苔 むす

PUNPEE「Operation : Multiverse of Love」

そのたびここで思い出す奴がいる。


松田聖子「赤いスイートピー」(1982年)

松田聖子もとんでもないけど、松本隆はすごい。
北原白秋くらいすごい。
こんな作風なのにおれはどこかでまだ松本隆の才能を受け継ぎたいと思っている。自分が書いているものが抒情詩である自覚があるから。

I will follow you
翼の生えたブーツで
I will follow you
あなたと同じ青春走ってゆきたいの

松田聖子「赤いスイートピー」

ここがとくに好き。
ちなみにおれがカラオケで歌う「赤いスイートピー」は一芸の域に達しつつある。


小林勝行「遊ぼうぜ」(2019年)

小林勝行は神戸だが、10号線以外には何もない九州の平野で行き場がなかったあのころのおれらの、先輩や友達の語彙、息遣い、アクセントがここにあると感じる。なつかしいよ。この全国のヤンキーを共鳴させる感覚が2022年の名盤『KATSUYUKISAN』に確かにつながっているだろう。

ヤンキー暮らしの描写のなかにさりげなくさしこまれる「夕方 時の爆破」にやられる。

かっつんはよ遊ぼうゼ
かっつんはよ遊ぼうゼ
内なる響きは誰やねん
きっと自分もアゲアゲで

小林勝行「遊ぼうぜ」

小林勝行も声がいい。
KOHH「友達(feat.LIL KOHH)」(2015年)とはまた違う涙がこみあげる。


□□□「合唱曲 スカイツリー」(2012年)

これも連作「パーチ」(第5回笹井宏之賞大賞)の下敷きのひとつ。

それに交わる皇居から
伸びる伸びる伸びる
伸びる伸びる放射線

□□□「合唱曲 スカイツリー」

ポリリズムとポリフォニー。
演劇にも接近しつつ、合唱曲という手法で震災後の東京が描かれる。
それを間接的にしか知らないが、でもはっきり自分に関係あるものとして受け止めてきた。
□□□も「00:00:00」とか「Tonight」とか「聖者の行進」とか挙げだすと好きな曲はきりがない。
映像でしか見てないけど、ままごと「わが星」とかも100%泣いてしまう。



小袋成彬「Work」(2021年)

問題作。
自分の体重を預けてはいけないと思いながら、それでも小袋成彬が気になり続けてる(おれがもうすっかり立教者(もん)だから?)。

この曲にも正直イヤなところけっこうあるんだけど、声とサウンドで持っていかれる。そういう意味で盗むべき技術が詰まってると思う。韻律でブチ抜く。



Remi Wolf「Volkiano」(2021年)

レミ・ウルフも同世代。パーカッシブなボーカルが心地いい。
アルバム『Juno』のアートワークすばらしい。なんというか直感的に「わかる」と思った。
レミ・ウルフは聴いたり歌ったりするとかなり元気が出る。1年前の来日公演でもかなりパワフルなパフォーマンスをみた。

このインタビューおもしろかった。



菊地成孔DCPRG「CIRCLE/LINE~HARD CORE PEACE」(2001年)

さらに菊地成孔。原曲は菊地雅章『Susto』(1981年)収録。イントロが華麗。いっとき目覚ましをこの曲にしていた。7/8拍子のベースの上をさまざまな楽器が入り乱れて通り過ぎていく。全体で16分あるが、そのぶん終盤(「HARD CORE PEACE」)のカタルシスはすごい。アルバム『アイアンマウンテン報告』全体でもポリリズムの嵐をくぐりぬけて4/4拍子の「MIRROR BALLS」までたどり着くと感動する。
タイトルは電車の路線図がイメージされているらしい。そういえばイントロは発車メロディっぽいかもしれない。僕はよく東京の地形図や路線図を見ながら連作を構成している。

2021年の解散ツアーの音源(CD7枚組、2万5000円)を買ったがおまけの指人形ではまだ遊んでいない。



Foxygen「Follow the Leader」(2017年)

MVが素敵。


この曲はThe Lemon Twigsがイントロクイズする動画で知った。

まあ「リーダーについていけ」って意味なんだけど(そういう遊びがある)、肝心なのは「And the leader is you」と歌われるところかな。


cero「Poly Life Multi Soul」(2018年)

この楽曲とコンセプトには大きな影響を受けたが、これを咀嚼しきるまではまだ時間がかかるだろう。
「MIRROR BALLS」に位置づけが似てるな。
アルバムでは8分半の曲だが、ライブでは15分近くまでランニングタイムを伸ばすこともある。初めてceroのライブをみたのは10年前の広島。たぶんこの10年で20回くらいライブみてるけど、つまりリズムの難度が高い楽曲を披露し始めた時期からオーディエンスがそれに適応するまでをまさにダンスフロアのなか(最前列のときも最後列のときもあった)で体験してきたわけだけど、ceroはいつもほんとにすごかった。おそろしく高度なことをやりながら、がちがちにストイックでは決してなく、ユーモアを忘れない。

〈Poly Life Multi Soul〉というコンセプトは僕の前衛短歌研究にも役立っている。

「われわれ」という一人称複数は、選択的な一首の物語内容における主体の複数性を指すものではなく、その一首において指示しうる主体の複数性のことであり、それらを併存させることのできる多義的構造において現れる可能性としての「われ」らの総体のことだ

瀬口真司「「脱出」の列へ──塚本邦雄『日本人靈歌』論」

その先へどうやって行くかが実作においても研究においても課題だなと今は思う。


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