外国人無罪ルールはここでも? 替え玉受験
司法は公正か? 国内に滞在する外国人に対する刑事裁判について疑問を持たない人は、今ではごくごくわずかではないのか。しかし、司法の状況が改まる気配はまだ見えない。
今朝のベタニュースで「替え玉英語受験中国人の男有罪」との記事があった(『読売』2026.6.6)。英語能力試験「TOEIC」を他人名義で受験したとして、有印私文書偽造の罪に問われた京大大学院に留学中の外国人だ。
英語だけは相当に得意なのだろう。なかば業として他人に成り代わって受験していた。「TOEIC」は990点満点で実用英語能力を確認する試験であり、その成績は入社試験などでも大いに効力を発揮する。800点、900点といった成績表を提示すれば、中小企業など「これは使える」として大喜びで採用するだろう。しかし、ほんとうはあいさつ程度の英語もままならない。でもいったん採用したら、やめてもらうのは至難なのが日本の労働法制。
とんでもなく社会に害を及ぼしている。それで昨今の外国人は、裁判にもかけず、検察が自動的に(理由を公表せずに)不起訴にするなか、この事件では有罪判決になった。それで新聞も記事にした。
だがよく読むと、判決には執行猶予がついているではないか。外国人に執行猶予?
有罪判決を受けると刑務所に収監される。国民はそう思っている。しかし実際には「執行猶予」がつくことが多いのだ。読んで字のごとく、刑の執行(刑務所行き)を猶予する。微罪である場合には、そのほうが良いこともある。もともと善良な者であれば、刑務所に入れることでかえって悪の本格的な道に染まり、出所後により悪質犯罪を繰り返すことになる危惧があれば、日本社会を護るためにも、保護司の観察下で更正させるのがいいだろう。
そこで本件の男。中国からやってきた留学生。大概の留学生は母国に帰る前提で来ている。多くは卒業免状を得るが、学業成績が振るわない者は中退になる。この男は執行猶予で身柄拘束されないから、そうした学業不振組の一人として大手を振って母国に帰る。大学院では一般的に中退は少しも劣後感はない。まして日本で有罪判決を受けたなど、当人が吹聴しない限り知られることはあるまい。この点が日本国内で一生を終える日本人と絶対的に違うところだ。
言いたいことは有罪判決を受けたという事実による威嚇効果が、母国に帰る外国人には効かないことだ。
記事の見出しは「有罪判決」であるが、実質的には「無罪放免判決」である。
執行猶予を付けるか否かは裁判官の裁量だ。それが司法の判断だとするならば、行政や立法機関も方策を考えるべきではないか。
まず大学交付金。留学生選考の段階でこの男の資質について見抜けなかった大学の責任を問うことだ。大学交付金を減額する。運動クラブで麻薬吸引があれば私学助成金をカットするのに、国立大学の留学生がその語学力を悪用して社会を混乱に陥れた場合は不問というのはおかしいだろう。京大クラスでは、10億円以上の減額でようやく「今後は学生管理に気をつけよう」となるだろうか。
そして立法機関の国会。留学生受け入れ方針に問題があるのではないかと自問しなければならない。本件も、外国人を野放図に受け入れていることの一環であるとの問題意識が必要だ。市井の国民はそう思っている。外国人政策はどうあるべきか。民意(一部の利権産業ではなく)を問い、法制の是正をすべきである。
