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ふらりと神社へ行ってみた。#13 大魚神社(海中鳥居)。新緑の初夏!神話の源流への旅【その2】 呼子のイカは美味かった。

「ふらりと神社へ行ってみた」の第13回は大魚神社おおうおじんじゃです。佐賀から熊本を経て宮崎の高千穂へ向かう「新緑の初夏!神話の源流への旅」、前回は唐津市街地の五幅の縁結び神社に参拝した後、呼子の朝市を堪能して、七ツ釜を探勝し、田島神社に参拝しました。第2回の今回は、呼子でのランチから佐賀県南部の大魚神社に参拝するまでです。
(撮影:2026年5月13日)

大魚神社は、佐賀県藤津郡太良町にある神社で、祭神は「大魚大明神」(読み仮名不明)ですが、古事記や日本書紀のような神話に出てくる神ではないようです。有明海に面した場所にあって、海中に建てられた複数の鳥居が有名です。特別な社格はありません。(今回は社格についての解説は掲載しません。)


海中レストラン萬坊

海中レストラン「萬坊」入口

海中魚処 萬坊まんぼうは、呼子大橋のふもとに浮かぶ、日本初の海上浮体式「海中レストラン」です。写真のような桟橋を渡って入店し、階段を下りると海面下の客室が広がっていて、小窓から海中を覗くことができます。

外側の客席
内側の客席

私が食事をした外側の席は、運が良ければ天然の魚が泳ぐ姿を眺めながら食事ができますが、今回、小魚しか来ませんでした。内側の席からは生け簀を覗くことになるので、大きな魚が色々と泳いでいました。指定することはできませんが、どうせなら内側の席の方が良いですね。1983年の創業以来、呼子観光のシンボルとして圧倒的な人気を誇っていて、予約がないと平日でも60分待ちくらい行列ができます。予約はコース料理の注文が必須です。なお、新造船への全面建て替えのため2026年5月31日(日)をもって一旦営業を終了し、リニューアルオープンする2026年秋頃まで臨時休業です。

イカ三昧

小鉢・いか入魚豆腐

13年前の3月、学会出張を兼ねて鹿児島まで自家用車で旅行に行きました。その折り、少し寄り道して、呼子でイカを食べようと計画していました。ところが、途中の赤穂市を通過中にトラックが撥ねた石が私の車のフロントガラスにあたり、フロントガラスにひびが入りました。そのまま走り続けて予定通り佐賀県の武雄温泉に宿泊したのですが、翌日は朝からディーラーなどへ連絡して修理の手配の電話をかけまくりでした。旅行中で、鹿児島で友人と待ち合わせしていて、学会出席の予定もありましたから、佐賀県で修理することができず、鹿児島で修理することになり、その後の旅程を考えて「呼子のイカ」は諦めることになりました。今回、呼子を訪れたのは、13年前のリベンジでもあります。ようやくリベンジ達成です。

えびだんご煮物椀・いかしゅうまい

萬坊が全国で初めて開発した「いかしゅうまい」(写真の右)は、上質なイカのすり身に玉ねぎや卵を加え、細切りのワンタン皮をまぶして蒸し上げた一品で、フワフワの食感にイカの旨味が凝縮されています。ここ萬坊がイカシュウマイの元祖・発祥の店です。

イカスミサイダー

店内に「イカスミサイダー」という面白そうなドリンクのポスターが貼ってあるので、注文してみました。萬坊が、呼子名物のイカにちなんで開発した、真っ黒なサイダー。見た目が強烈なインパクトを放つ呼子限定の地サイダーです。本物のイカスミが入っています。グラスに注ぐと、サイダーとは思えないほど真っ黒な液体で、見た目は美味しそうではありません。フリーズドライ技術を導入して匂いの問題を完全に解消しているので、イカの生臭さは一切なく、見た目と違って、すっきりとした甘さの爽快なサイダーでした。

イカの活造り

メインの「イカの活造り」です。2人前で大小二枚のイカです。注文を受けてから店内の巨大ないけす(海と直結)から引き揚げて捌かれるイカは、透き通っていて鮮度抜群です。呼子では1年を通じて異なる種類のイカが水揚げされるため、時期によって提供されるイカが変わります。10月中旬 〜 4月中旬(秋〜春)は、肉厚でねっとりとした濃厚な甘みと旨味が特徴のアオリイカ(呼子ではミズイカと呼ばれる)です。4月中旬 〜 10月中旬(春〜秋)の今は、「呼子のイカといえばこれ!」と言われ、お刺身にしたときの透明度が最も高いケンサキイカ(呼子ではヤリイカと呼ばれる)です。コリコリとした独特の歯ごたえのあと、噛むほどに上品で強い甘みが口いっぱいに広がります。刺身が提供されてから時間が経過すると、次第にコリコリ感が薄れてねっとり感が強くなります。時間とともに食感や味が変わってくるのです。本当に美味しいイカ刺しです。

「後造り」になる「活造り」の残骸
「後造り」イカ下足の天ぷら

胴体部分のイカ刺しをあらかた食べると、店員が来ます。残った下足(足)やエンペラ(耳)のパーツを一旦厨房へ下げて、天ぷら(後造り)にして再登場です。アツアツの天ぷらは、絶妙な火の通し加減でイカの身が驚くほど柔らかく、刺身とは違う味わいです。コリコリ感ではなくサクサク感を味わいながら完食です。この他、イカの炊き込みご飯、お吸い物、デザートが付いて一人前4,400円のイカ三昧コースでした。美味しいイカを食べた満足感に浸りながら、次の観光ポイント「大川内山」に向かいます。1時間ほどのドライブです。

大川内山の陶工無縁塔

陶板の壁画

大川内山おおかわちやまは、佐賀県伊万里市南部にある、山水画を思わせる切り立った奇岩(屏風岩)に囲まれた秘窯ひようの里」として世界的に知られる焼き物の町です。「伊万里鍋島焼会館」が大川内山の街並み散策の起点になります。

唐臼小屋からめおとしの塔を見る

街並みの散策に進む前に、街の入口にある関所方面に向かいます。日本最高峰の磁器であった「鍋島焼」の高度な技術流出を防ぎ、陶工たちの逃亡や外部の不審者の侵入を完全に遮断するために、大川内山の入り口には、佐賀藩(鍋島藩)直営の極めて厳重な関所が設けられていました。その関所跡から街並みに沿って流れる伊万里川に沿った散策路を歩くことができます。関所跡にある橋を渡ると、誰かが橋を渡ると伊万里焼で作られた14個の風鈴が自動で鳴り始める「めおとしの塔」があり、その先に「唐臼小屋」が見えます。唐臼小屋は焼き物の原料となる陶石を水の力で細かく砕くための水車小屋です。川から引き込んだ水が溜まると重みで片側が下がり、水が抜けると反対側にある巨大な「きね」が落下して、臼の中の陶石をドスンと突いて粉砕する仕組みで、原理はししおどしと同じです。写真は水がたまる部分で、三つの臼の先端です。一番左が水を落とし始める直前です。

陶祖橋

唐臼小屋から川沿いに上流へ進むと、伊万里川の支流「権現川」に分岐します。権現川に、大川内山の豊かな自然や山水画のような周囲の岩山に溶け込む、非常にシンプルで味わい深い佇まいの石造りの橋「陶祖橋」がかかっています。大河内山散策の拠点「伊万里鍋島焼会館」付近には鍋島焼の陶板で化粧した「鍋島藩窯橋」があるのですが、それとは対照的で素朴な佇まいです。

墓地
墓地から陶工無縁塔を望む

陶祖橋の横(東側)の斜面に墓地があります。大川内山は、現在も30軒以上の窯元が実際に焼き物を作り続けている現役の職人の街で、江戸時代から技術を伝えてきた歴代の陶工の末裔(子孫)や、現在の窯元・職人のご家族のお墓が立ち並んでいます。門のある墓地区画もあり、古い墓石が数多く並んでいます。その一角にそびえる、ピラミッドのような陶工無縁塔とうこうむえんとうが大川内山の街並みを見つめています。

陶工無縁塔
陶工無縁塔の地蔵尊

陶工無縁塔は、最高峰の磁器「鍋島焼」を命がけで支え続けてきた無名の職人たちを祀る巨大な供養塔です。高麗人(朝鮮半島から渡来した陶工)をはじめ、江戸時代の鍋島藩窯時代にこの地で生涯を終えた陶工やその家族たちの無縁墓標(お墓)が約880基、階段状のピラミッド型に整然と積み上げられています。鍋島焼の高度な技法は藩の最高機密であったため、技術流出を防ぐため、働いていたお細工人(絵付け師)や陶工たちは、一生、大川内山の外へ出ることを許されませんでした。窯元の家族ではない無名の陶工たちの墓は大川内山に点在していたようです。大正初期、点在して荒れていた古い陶工たちのお墓を、「先人たちの偉大な功績をしっかりと供養しよう」と大川内山の人々が現在の形の供養塔に整えたということです。供養塔の頂点には素朴な地蔵様が静かに立っています。

大川内山の街並み

窯元の並ぶ通り
密度の濃い街並み

陶工無縁塔から伊万里鍋島焼会館に戻り、緩やかな坂道の通りを散策します。狭い通りの両側には窯元が軒を連ねています。横に入る狭い路地の奥にも窯元があり、窯元を中心として、民家がビッシリと並んでいる密度の濃い街並みです。

窯元「青山」
窯元「瀬兵窯」

イカ三昧の所でも書きましたが、13年前、ひびの入ったフロントガラスの修理ができそうなトヨタのディーラーに電話をかけながら武雄温泉から呼子方面に向かったのですが、すぐには修理ができないということが判明し、速度を出さずに鹿児島に向かうために呼子のイカを諦めなければならなくなったわけです。その時、短時間でもいいから少し佐賀観光をしようと立ち寄った地が大川内山でした。その折りに、窯元「青山せいざんで小さな茶碗(子供用でも大人向けと変わらないデザイン)を買いました。懐かしく思って青山に入ると、何と、同じ茶碗があります。ずっと使っていた茶碗の一つが、先日、「パカリ」と割れた所でしたから、購入することにします。「瀬兵窯」のように、通りを歩きながらウインドウショッピングできる窯元はそれほど多くなく、店の中に入る必要があります。散策していて窯元の一つ「小笠原藤右衛門」にふらりと入ると、少し大きいのですが、晩酌で日本酒を飲むのに良さそうな、からすうりの柄のフリーカップを見つけました。鍋島焼の特徴でもある藍の濃淡で描かれた葉の柄に小さなからすうりの鮮やかな赤が映えるカップです。思わず買ってしまいました。これ以上散策していると、他にも欲しいものを見つけてもいけません。伊万里鍋島焼会館に戻り、次の目的地「海中鳥居」へ移動します。1時間強のドライブです。

水につかっている予定だった海中鳥居

海中鳥居 全景

佐賀県南部にある「大魚神社」の鳥居である「海中鳥居」は、日本最大級の干満差がある有明海に立っています。干潮の時には鳥居の全景が現れ、満潮の時には水面に浮かんでいるように見えることで、「月の引力が見える町」と呼ばれる太良町を象徴するスポットであり、SNSなどでも幻想的な絶景として有名です。満潮時が午後6時過ぎと遅い時間なので、夕方に来て水面に浮かぶ鳥居を撮影して、翌日の干潮時(お昼頃)、再度撮影に来ようと思っていました。干潮時から4時間ほど経過して満潮まで2時間ほどのタイミング(4:00頃)であれば、鳥居が水につかっていると予想したのですが、陸上の大きな鳥居だけでなく、全ての鳥居の全景が現れています。まだ、早かったのです。

海中だけど海上鳥居
一番遠い鳥居から

汐は満ち始めているのですが、一番遠い鳥居まで地面が見えます。海面はその先です。砂礫海岸で、地面はしっかりしています。一番遠い鳥居まで歩きます。近くに小石が転がっているから、参拝者が投げ載せたのでしょうか、鳥居の上に小石が並んでいます。(鳥居の上に石を投げ載せることは、危険です) 鳥居の下には石の賽銭箱があります。(願い事は賽銭を納めて、参拝してするものです)

水中に没し始めた始めた海中道路
海中道路と小舟

海中鳥居のすぐ横に「海中道路」があります。干潮の時にだけ海の中から現れる、有明海の沖へと続くコンクリート製の道路で、同じような海中道路は太良町内に3ヵ所あるそうです。有明海は非常に遠浅で、引き潮のときは漁船が岸壁まで近づいてこれなくなります。引き潮の時に、船が停まれる沖合の深場までトラックなどを走らせ、海苔や魚介類を荷揚げ・運搬できるように作られた道路です。海の中に立つ電柱が不思議な風景を作っています。潮が満ちてきていることは間違いないようです。海中鳥居が水面に浮かぶ姿を撮影したいので、大魚神社に参拝して時間を潰すことにします。

大魚神社

大魚神社 全景
拝殿

大魚神社はどこの田舎にもあるようなちいさな神社で、拝殿や本殿は海岸から少し離れたところにあって、神社から海は見えません。神社そのものは至って普通です。海中鳥居がなければ観光客に注目されることもないでしょう。それでも立派な由緒は伝えられています。約300年前、この地を治めていた横暴な悪代官を懲らしめるため、住民たちが彼をだまして有明海の沖ノ島に置き去りにしました。潮が満ちて島が沈みそうになったとき、代官が激しく改心して竜神様に助けを求めると、大魚(ナミノウオ)が現れて彼を背中に乗せて救いました。命を救われた代官が、感謝を込めて魚の名から「大魚神社」を建て、海中に鳥居を奉納したのが始まりとされています。海中鳥居こそが、大魚神社の本体とも言えるかもしれません。潮風による老朽化を防ぐため、現在も海中鳥居を30年ごとに建て替える習わしが守られています。

3基の六地蔵
九州に多い六地蔵形態

神社の神域の端には、神仏習合しんぶつしゅうごうの名残で、六地蔵が3基並んでいます。一般的な六地蔵は、お地蔵様が横に6体並んで建っていることが多いですが、大魚神社にあるものは1本の石塔の側面に6体のお地蔵様がギュッと彫られている「六地蔵塔」の形式です。戦国時代に多く作られていて、九州地方、特に佐賀・長崎に多く分布しているようです。お地蔵様が独立した彫刻のように立体的に深く彫り出されている丸彫り形式は肥前型と呼ばれていて、佐賀・長崎の六地蔵塔の特徴のようです。

海中鳥居再び

海水面が上昇した海中道路

小さな大魚神社の周辺を30分以上散策して、再度、海中鳥居へ向かいます。鳥居よりも先に海中道路が見えてきます。潮が満ちてきて、海面は上がっているようです。奥から6本目の電柱辺りまで道路が見えていたのですが、今は7本目あたりも海の中です。鳥居の所まで水面が上がっていることを期待して鳥居に向かいます。

二つの鳥居が水中に
無理な構図

2基の鳥居の所までは海面が上がっていて、水面に浮かぶと言えそうですが、岸に近い大きな鳥居はまだ海面は上がってきていません。無理矢理、3基の鳥居が水面に浮かんでいるかのように撮影してみましたが、やはり、この構図には無理があります。海面の高さがほどよくなるまでには、まだしばらくかかりそうです。

海に浮かぶ鳥居

もう少し、潮が満ちるのを待ちたい気持ちもありましたが、この時点で午後5時。宿泊予定の嬉野温泉までは40分ほどかかります。4泊5日のドライブ旅行の初日に無理もできないと、奥の2基が海上に浮かんでいる様子を撮影して、嬉野温泉の「ハミルトン宇礼志野」に向かいます。鳥居は2基しか写っていませんが、カメラを海面ギリギリまで下げて撮影したので、これはこれで良い感じの写真に仕上がったと思います。

今回は、一応海上に浮かぶ鳥居を見たところで終了です。神社そのものは平凡な大魚神社でしたが、潮が引いたときと満ちたときの姿が変わる鳥居を楽しむことができました。海上に浮かぶ鳥居はやはり幻想的です。それよりも何よりも、13年越しで呼子のイカを堪能できました。本当に美味しいイカでした。2日目とは言え、実質的な旅の初日はまだ終わっていません。次回は嬉野温泉から始まります。

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