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休日の朝、農道を歩きながら「自分は恵まれている」と思った

ダイエットを始めた。

きっかけは、循環器内科に行ったことだった。
体重や体脂肪率、健康診断の数字を見ながら、そろそろ本気で生活を整えた方がいいと思った。

そこで、朝のウォーキングを始めた。

最初は、体重を落とすためだった。
血液検査の数値を良くするためだった。
少しでも健康になるためだった。

しかし、毎朝歩くようになって、思っていた以上に大きな変化があった。

それは、体重の変化だけではない。
朝の時間の感じ方が変わったことだ。

私のウォーキングコースには、川沿いの農道がある。
電柱も少なく、車通りも多くない。
歩いていると、鳥の声が聞こえる。
虫の声が聞こえる。
田んぼからは、カエルの声が聞こえる。
川の流れる音も聞こえる。

最初は、こんなにも鳥が鳴いていることに驚いた。
朝の田んぼで、こんなにカエルが鳴いていたのかとも思った。

おそらく、前からずっと鳴いていたのだと思う。
ただ、自分が聞いていなかっただけだ。

車で通り過ぎていたら、気づかない。
イヤホンで音楽を聴いていたら、気づかない。
仕事のことを考えながら急いでいたら、気づかない。

でも、朝、ただ歩いていると聞こえてくる。
鳥も、カエルも、川の音も、風の音も。

朝のウォーキングをしていると、イヤホンをして歩いている人をよく見かける。
もちろん、それも良いと思う。
音楽を聴きながら歩けば、気分が上がることもある。
ポッドキャストを聴けば、勉強にもなる。

ただ、今の私は、あえて何も聴かずに歩きたいと思っている。

音楽は、どこでも聴ける。
車の中でも聴ける。
家でも聴ける。
仕事の合間にも聴ける。

でも、朝の川沿いの音は、その朝、その場所でしか聴けない。

太陽の光、風の感じ、田んぼの匂い、川の流れ、鳥の声、カエルの声。
それらは、わざわざ意識しないと、生活の中から簡単に消えてしまう。

この前の日曜日、少し遠回りをして、40分ほど歩いた。
そのとき、ふと思った。

今、自分はこの時間に労働していない。
それでも、給料は保証されている。
休日という時間が与えられている。
朝に農道を歩きながら、自分の健康のために時間を使うことができている。

これは、実はとても恵まれたことなのではないか。

若い頃は、そんなふうに思う余裕はなかった。
働くことは当然で、忙しいことも当然で、休みの日も疲れて寝ているだけのことが多かった。
現場監督として働いていた頃は、長時間労働も経験した。
休日も頭の中から仕事が離れない時期があった。

だからこそ、今の朝の時間がありがたく感じる。

もちろん、会社員には会社員の大変さがある。
組織の中で働く以上、自分の思い通りにならないことも多い。
責任もある。
人間関係もある。
数字もある。
将来への不安がまったくないわけでもない。

それでも、休日に農道を歩きながら、ふと思う。

自分は、かなり恵まれているのではないか。

毎月、給与がある。
社会保険がある。
休みがある。
働く場所がある。
自分の経験を活かせる仕事がある。
家族がいる。
朝、歩ける身体がある。
健康を気にして生活を変えようと思える余裕がある。

当たり前だと思っていたものは、実は当たり前ではない。

鳥の声も、カエルの声も、川の音も、前からそこにあった。
会社員としての安定も、休日の時間も、前からそこにあった。
でも、自分がそれに気づいていなかった。

ウォーキングを始めたことで、体重を落とす以上のものを得ている気がする。

それは、自分の生活を少し肯定できる時間だ。
今の立ち位置をありがたいと思える時間だ。
忙しさの中で見落としていたものに、もう一度気づく時間だ。

ダイエットのために始めた朝のウォーキング。
けれど、続けているうちに、それは単なる運動ではなくなってきた。

朝の光を浴びる。
風を感じる。
鳥の声を聞く。
カエルの声を聞く。
川の音を聞く。
そして、自分の生活を少しだけ見つめ直す。

そんな時間になっている。

これからも、体重は増えたり減ったりすると思う。
体脂肪率も日によって変わるだろう。
食事の塩分に悩む日もあるだろうし、思うように数字が動かない日もあると思う。

でも、朝に歩くという習慣は、できるだけ続けていきたい。

それは、健康のためだけではない。
自分が今、どこに立っているのかを確認するためでもある。

休日の朝、農道を歩きながら思った。

自分は、思っていたよりも恵まれている。

そのことに気づけただけでも、歩き始めた意味は十分にあったのだと思う。

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