プラハ・マサリク駅が好き🤍フーテンの寅さんを、妹・さくらが涙で見送る柴又駅…っぽい哀愁や情緒を醸す…チェコの都の古き佳き駅舎かな。
「それを言っちゃ〜おしまいよ!」
帝釈天の参道に在る実家の草だんご屋”くるまや”から、ちゃぶ台返し寸前の血相で飛び出す車寅次郎。そんな腹違いの兄を柴又駅まで追っかけ、財布から”ヤクザな兄貴”に幾らか差し出しては「バカよ、お兄ちゃんは…」なんて吐息混じりにポロっと涙が溢れる妹・さくら。
映画《男はつらいよ》シリーズの、そんな切ない名場面を想起させてくれるような小さな駅舎がチェコ共和国の首都・プラハのド真ん中にたたずんでいます。
街を流れる雄大なヴルタヴァ(モルダウ)河から、広島の原爆ドームにそっくりな産業貿易庁の庁舎を右手に見ながら路面電車に揺られて橋を渡り、二つ目の電停で降りると、の〜んびりした雰囲気の共和国広場(Náměstí Republiky)が横たわっています。歩いてそのまま進行方向に広場を抜けるとすぐ、トラムなら次の電停、そんな恵まれたロケーションに、郊外からの通勤客を運んで来る終着駅・マサリク駅(Masarykovo nádrazí)が在ります。

左様に首都の真ん真ん中のロケーションにもかかわらず、あたかも東京の下町、葛飾区の京成・柴又駅みたいに、いつも至ってひっそりとサイレントモードが漂っています。人口僅か1,000万の小さな旧共産国家のハートと郊外を繋ぐローカル線ターミナル駅の醸し出す、なんとも摩訶不思議な魅力なんだか魔力なんだか、なんだかそんな魅惑にずっと取り憑かれていました。チェコ語では”マサリコヴォ・ナードラジー”(マサリクの駅)みたいに呼ばれます。
コロナ禍のプラハで、私自身も、新市街のド真ん中IP Pavlova駅近くのホテルに、わずか月額€326でマンスリー契約してもらって、二年半程暮らしていましたが、仕事は常時リモート、国立カレル大学傘下のチェコ語学校もオンラインな期間が長く、プライベートも店内飲食が禁止されていた時季もあって、日々3時間程度は、グルグルグルグル散歩して周り、滅多に観光客の居ない美しい”百塔の街”の街歩きを満喫していました。
遂に一度だけ、吹雪の夕刻に、プラハ城を見上げるカレル橋の上に私一人しか立って居ない...な〜んて世界遺産独り占めの奇跡もありました。そんな道中、ほぼ毎日立ち寄って、鳴り響くピアノの音に耳を傾けて、ホッと一休止ついていた最もお気に入りの場所が、このマサリク駅です。
NHK BSの《駅ピアノ》シリーズにも登場したプラハ・マサリク駅は、1845年に”プラハ駅”として開業したレトロな、しかも、がっつり鉄筋造りの市内最古の駅舎を誇ります。現在は、チェコ・スロヴァキア共和国初代大統領、Tomáš Garrigue Masaryk(大統領在任:1918-1935)の名を冠しています。

私が暮らしていた当時も、こじんまりと静かな駅舎の片隅に、誰もが弾いてよい”駅ピアノ”が置かれていました。帰りの電車を待つ通勤通学客や、プラハ市内の音楽院に通う青き天才、コロナとやらに仕事や住処をも奪われた呑んだくれのホームレスまで、自遊に鍵盤を叩いて、人生の悲哀をも、寅さんのように明るく笑い飛ばしていました。
“奮闘努力の甲斐も無く、今日も笑いと涙の陽が落ちる”《男はつらいよ》シリーズも終盤戦になると、さくらの一人息子で寅さんの甥っ子・満男の恋煩いや思春期の苦悩もクローズアップされ、やや獰猛さの薄れたトラの尻尾を柴又駅に追っかける役回りも、母親から息子にバトンタッチ。その暫しの別れ際には、伯父さんの粋なひと言が、悩めるオイの背中を押したと思った途端に、耳の痛いカウンターを喰らうような、シュールなのにホッと笑えるコントか、にわかのような二人の応酬も、実に印象的に映りました。
そんな松竹映画の一コマさえ似合いそうなムードの漂うマサリコヴォ・ナードラジーは、気取らない純粋な輩が行き交うパブリックな交通の要であり、そこを行き交うスローな人間模様を、素人のつむぎ出す飾らない音色と共に、ぼんやり眺めることが出来たステキな人生の交差点でした。ピカピカの革靴にスーツ姿で駅構内のベンチに座り、せわしく気取ってラップトップなど叩くエリートビジネスマン風など居ようものなら、寅さんみたいな暇なオッちゃんに「テメぇ!さしづめインテリだなぁ⁉︎」などと、チェコ語で噛みつかれそうな雰囲気が漂っている点は、タマにキズですが。

2022年の夏には、既にヨーロッパ全土からコロナウイルスなど消滅したような、かつての穏やかな陽気に覆われ、併設したレストラン《Masaryčka》で250円程の生ビール一杯注文して、その一杯を飲み干すまで、のんびり駅舎に響き渡る自由な音色に心を委ね、ビールとピアノにホロ酔い気分で家路に着くような、チープな贅沢を味わう事も叶うようになりました。

残念ながら、マサリク駅の駅ピアノは、フーテンどもの乱痴気騒ぎの巻き添えを避ける為か、現在は、プラハの空の玄関口、ヴァーツラフ・ハヴェル国際空港のロビーに移設され”空港ピアノ”として活躍を続けています。

駅ピアノ無き後、マサリコヴォから終電が出て行った後の静寂は、夕暮れ時の帝釈天の鐘が侘しく響き渡った後の柴又と、ますますダブって、哀愁と情緒を醸し出しています。労働者諸君も秀才も、そして寅さんや満男みたいな不器用な野郎どもや、彼らの恋の空騒ぎに花を添えるダダンボヨヨンの美女達も、今日もまた、この駅を経由して、いろんな感情や物語をドタバタと創り出した挙句に、また郊外の我が家に帰って行ったことでしょう。時には「それが渡世人の辛ぇところよ...」な〜んて溜め息混じりに車窓の風景を見送りながらね。

