わたしの人生を支えるチャップリンの名言3選 vol.2 Tomorrow the birds will sing ♪
Tomorrow the birds will sing.
(生きていれば)明日また、美しい鳥達のさえずりが響き渡るよ♪
(translated byらいとらいとる)
1931年《街の灯》の劇中、浮浪者のチャップリンが、入水自殺目前の富豪の酔っ払いを救い、続けて
“Be brave! Face Life!”(勇敢に人生に立ち向かえ!)と、社会的立場のgapなど何処吹く風で、文無しの分際で人生の瀬戸際の金持ちを励ますチャップリンらしい社会風刺と心理描写。観衆を鼓舞する情緒的なこれらの字幕が、モノトーンなサイレント映画にググっとムーヴメントを注入し、そして笑いと涙を誘った。
“Tomorrow is another day.”
よりも、断然生き生きとして、俄然美しく響くではないか。
時代や社会に翻弄される民衆、観衆に、生きているから実感できる美しさや愛を、サラっと詩的に伝えながら勇気づけたチャップリンの言葉。もしくはポエム。
ちなみに、朝からゴミを漁るカラスがガーガーってノイズは、singとは表現しないので、ただただ美しい鳥達の大合唱(百磹)や、色鮮やかな極楽鳥の如き鳥の羽ばたきさえも、同時に予感したい。
五・一五事件の起きた1932年5月15日当日、来日中だったチャールズ・チャップリンは、犬養毅首相との晩餐会を予定していた。チャップリンは相撲観戦の為に急遽予定を変更し、難を逃れ、一方の犬養は凶弾に倒れた。現職総理を葬り去った海軍青年将校らは、同時にチャップリンの暗殺をも目論んでいた。
結局、明くる5月16日朝の鳥たちの合唱の代わりに、弾丸及び合掌を見舞われた犬養と、左様に激動な東洋で、喧騒のサプライズとサンライズを迎え、せめて”コケコッコー”くらい聴こえたかもしれぬチャップリン。彼らのblack and whiteな運命の対比は、政治家と喜劇俳優の生きザマと死にザマにさえ影とスポットライトを分け隔て、両雄を皮肉ったような事変となった。不穏な時代の喜劇王・チャップリンの人生を掠め、象徴するに相応しい劇的な事件であった、とも言えるだろう。
《街の灯》は、そんな恐ろしく慌ただしい恐慌時代のアメリカ社会の真只中から、チャップリンが世の中に博愛を捧げた傑作中の傑作であろう。美しい盲目の花売り娘に一目惚れし、思いがけずリッチなフリして華麗に美しい彼女を救った、と思ったのも束の間、ドタバタと無実の投獄を強いられる。くたびれ果てて娑婆に出た暁には、ホロっと泣かされる結末が待ち構える。
哀れみを自他に纏わせ、笑いと涙に落とす渾身の悲喜劇は、後に、極東ロシアの血を引く筑紫美主子が”佐賀にわか”で演じた三枚目の”おんじさん”(おっちゃん)の役作りにも多大な影響を及ぼした印象が滲み出ており、ニッポンの田舎の劇場をも笑いと涙の渦に巻き込むヒントとターニングポイントを与えたのではないか。
チャップリンと筑紫美主子は、私にとって生まれてはじめて腹の底から笑う屁理屈なき笑いのツボを、グイグイ刺激してくれながら、同時に、愛や勇気、想像力をもたらしてくれたスーパーヒーローとヒロインであった。やがて、すっかり物心ついた頃には《八時だよ全員集合》の志村けんとドリフターズにもドハマりした幼少期だったが、彼らは一概に、咄嗟のアドリブでクラスの仲間達を笑わせようと日夜たくらむ私の笑いのカタを、いつのまにか型作ってくれていた恩師であったかもしれない。
生まれつき少し眼が悪く、幼稚園時代から牛乳瓶の底の様な所謂”ケント・デリカットめがね”とイジラれるようなメガネを掛け、しかもチビだった私にとって、眼の不自由な美女が大好きなチャップリン演じるヒョロヒョロのフーテンと捧げる《街の灯》は、特別な感情を煽るハートフルな作品だった。
ドリフターズの仲本工事や、広島カープのライト・ライトルがメガネを掛けたまま表舞台で大活躍し、高校生の頃には、下ネタ満載のウディ・アレンの自由で規格外の生きザマにも憧れた。そんな人生を笑い飛ばし喜劇の半生を謳歌して来たつもりでも、やはり、こんな私を踏み躙って潰してやろう、とする敵やライバルもいっぱい登場して来た。根っからのスポーツマンで楽天家だった私も、その度に、奴らに負けじと抗って闘って、泣いたり笑ったりした。そんな彼らは、我が人生ドラマを、時にはブラックユーモア的に面白く脚色してくれた不可欠の共演者でもあった。
“Come on ! Tomorrow the birds will sing♪”
あんな時もそんな時もあったけれど、どんな時にもチャップリンのエールが、私の胸には響いていた。

