令和必殺仕事人③サイバー技術者クロガネ
第3章 クロガネ、触れずして裁く
深夜の雑居ビルの屋上に、一台の無骨な黒いアタッシュケースが置かれていた。
ケースの横には、誰もいない。ただ、生ぬるい夜風が吹き抜けるだけ。
だがそのケースは――突如、内側からロックが外れ、音もなく勝手に開いた。
中から滑り出したのは、三機の漆黒の小型ドローン。
超静音設計のプロペラは羽音を一切立てず、LEDの灯火すら消している。三機の影は、またたく間に夜空へ溶けて消えた。
そのすべてを遠隔統括しているのは、ビルから数百メートル離れた暗いワンルームの中にいる男。
――サイバー技術者クロガネ。
黒いパーカーのフードを深く被り、表情は鉄のように動かない。
部屋の照明すらつけず、ただ数枚のマルチモニターから放たれる青白い光だけが、彼の怜悧な横顔を照らしていた。
手元の端末に、「組織」からの暗号化されたターゲットのデータが滑り込んでくる。
『未成年を狙う悪質プロダクション。表向きはモデル募集、実態は脅迫と搾取。警察は動けず。――裁きを』
「……ターゲット、確認」
クロガネは淡々と呟き、キーボードの上へ静かに指を伸ばした。
彼のタイピングは、極上の剣閃と同じ。音もなく、そして絶対や。
◆ ドローン、影のように侵入
ドローンの一機が、標的のビルの換気口にしなやかに吸い込まれていく。
赤外線カメラが捉えた無機質な構造が、クロガネのモニターにリアルタイムで描画されていく。
「……センサー、オフ」
クロガネが画面に指を滑らせると、ドローンから指向性の微弱電磁波が放たれ、ビル全体の防犯センサーを一時的に「正常値」のままフリーズさせた。
巡回中の警備員は気づかない。監視カメラには、数分前の“何も起きていない映像”が永久ループで上書きされている。
クロガネは影の中で低く呟く。
「影は、気づかれたら影やない」
◆ 悪党たちの“撮影現場”
鉄扉の奥のスタジオでは、プロデューサー気取りの男が、怯える少女に無理やり契約書を突きつけていた。
「サインせえへんかったら、この写真、学校にも親にも全部ばらまくで? 人生終わりや」
少女は涙をため、絶望に身体を震わせている。
男がゲスな笑みを浮かべ、少女のペンを持つ手に力を込めた、その瞬間――。
天井の換気口から、黒い塊がカサリとも言わずに這い出てきた。
空中の一点に静止する、異様な三機のドローン。
「なんや……虫か?」
男が不審げに顔を近づけた刹那、中央のドローンの側面がスライドし、青白い高圧電流が一閃した。
バチィッ!!
「ひっ……!?」
男の手首の神経に猛烈な電気ショックが走り、契約書とペンが床へ落ちる。
少女は驚いて息を呑み、後ずさった。
クロガネは数百メートル先から、冷たいモニター越しにその光景を見つめていた。
「大丈夫。触れへん。……触れんでも、守れる」
◆ クロガネの“無接触戦闘”
「なんやこれ!? ドローンやと!? 誰が操っとんねん!!」
異変に気づいた事務所の男たちが、奥の部屋からナイフや金属バットを手になだれ込んでくる。
クロガネの指先が、流れるような速度でキーボードを叩いた。
「逃げ道、封鎖」
一機のドローンが部屋の出入り口へ急速反転し、特殊カプセルを射出。一瞬にして視界を完全にゼロにする濃密な催涙煙幕が展開された。男たちが激しく咳き込み、目を押さえてうずくまる。
「通信、遮断」
もう一機が強力な電磁パルスを放射。室内にあるスマホ、ノートPC、Wi-Fiルーターが一斉に火花を散らしてブラックアウトした。外部への連絡も、データの隠滅も、これで完全に不可能となる。
「証拠、確保」
クロガネの画面の中で、進行状況を示すバーが高速で伸びていく。
少女を縛り付けていた悪質な写真データは、サーバーの根底からすべて消去され、逆に男たちがこれまで行ってきた犯罪の全記録が、暗号化されて「組織」のクラウドへと吸い上げられていく。
一行のコードが、ネットの闇を切り裂き、
偽装サーバーの壁が、音もなく崩れ落ちる。
「……裁き、開始」
最後のドローンが、煙幕の中を正確にトラッキングする。
逃げ惑う悪党たちの急所――運動神経の集まる頸部だけを狙い、気絶を誘発する微弱な電撃を正確に撃ち抜いていく。
ドォン、ドォン、と重苦しい音を立てて、男たちが次々と床に沈んだ。
殺してはいない。ただ、二度と這い上がれないように動けなくしただけ。
クロガネは感情の消えた声で言った。
「影は、触れずに裁く」
◆ 少女を救い、影は消える
煙幕が薄れる中、少女は部屋の隅で膝を抱えて震えていた。
彼女の前に、一機のドローンがそっと静止する。
その小さなスピーカーから、ノイズ混じりの、だがどこか落ち着いた青年の声が流れた。
「……もう大丈夫や。出口まで案内する。ついてきて」
少女は涙を拭い、何度も頷いた。
ドローンは彼女の歩幅に合わせるようにゆっくりと先導し、安全な大通りまで彼女を送り届けた。
少女を保護するために組織が事前に手配した匿名の通報によるパトカーの光に包まれるのをモニター越しに、確認すると静かにエンターキーを押した。
屋上のアタッシュケースが自動でドローンを回収し、パタンと蓋を閉じる。
手元の端末を開き、組織への報告用アプリに一文字だけ打ち込む。
『終』
送信。それで終わり。
部屋の照明はつけない。
クロガネはただ、次の電子の波が、新たな依頼を運んでくるのを待つだけ。
――これが、令和の仕事人・クロガネの“初仕事”やった。
