赤城神社の本宮とされる「赤城神社(三夜沢)」&「赤城神社(赤城山)」参拝風景
2025.6.7~8で、榛名山と赤城山へ行ってきました。目的は赤城神社の総本山参拝と植物観察です♪ 「神社参拝」「赤城温泉ホテル&道中風景」「榛名湖周辺の植物」「赤城子周辺の植物」と分けて投稿します。まずは、神社参拝風景^^
2025.6.7 榛名湖周辺を散策後、「赤城神社(三夜沢(みよさわ))」を参拝しました。植物観察に時間がかかってしまい、詣でたのは16時でした。









三夜沢の赤城神社では、漢字が伝わる以前に日本民族が使っていたとされる神代文字の碑が存在します。この碑は、復古神道の遺物として重要視されており、神代文字を研究していた平田篤胤の養子や弟子たちが関わって建てられました。神代文字は、漢字が伝わる以前に存在したとされる文字の総称で、現在ではっきりしているものだけでも数種類あります。


赤城神社の歴史
群馬県全体を支配していた上毛野君という一族が赤城神社を祀っていたことなど、古くから名高い神社です。
神代文字の碑
三夜沢赤城神社の境内に建てられた神代文字の碑は、自然石に刻まれたものです。碑文には「マナヒトコロノナレルユエヨシ」と訳される神代文字が刻まれています。
神代文字の伝来
平田篤胤は神代文字の研究に熱心で、その著書「神事日文伝」で神代文字を紹介しています。阿比留家(対馬国)に伝わる阿比留文字も、神社で神璽や守符に用いられている例があり、一定の広がりがあります。
復古神道:
神代文字の碑は、復古神道の遺物として重要視されており、平田篤胤の門人たちが関わって建てられました。
神代文字
漢字が伝わる以前に日本民族が使っていたとされる文字の総称で、伝説では存在していたとされています。現在のところ、はっきりしているものだけでも数種類あります。
上記のリンクは、以前に投稿した別ブログですが、この「阿伎留(あきるの)神社」には神符の発行に用いられた阿比留草文字(神代文字のひとつ:漢字伝来以前に古代日本で使用されたとされる文字)系統の版木(和歌)が残されているそうです。神代文字で書かれた和歌もあるようです。











「たわらスギ」群馬県指定天然記念物 樹齢 不明(約1,000年)
赤城神社中門前に、均整のとれた大木で3本ある。
天慶の乱で平将門を滅ぼした藤原藤太秀郷(俵の藤太)が献木したと言われる古木である。
伝えによると、俵藤太が平将門について国府(前橋市)に来る途中、赤城神社にご神木として植えたと言われている。この伝説を採れば、樹齢は約1,000年となる。 俵籐太は大ムカデを退治して琵琶湖の竜神を助けた弓矢の名手として名高い英雄で、鎌倉時代、上野国(群馬)東部から下野国(栃木)南部にかけての地域は「秀郷流」を称する大武士団の拠点であった。https://www.g-sinrin.jp/column/様より引用




















西瓜(スイカ)優秀品種F1新都は 「古谷春𠮷」氏の作出になり名峰赤城山麓大胡町横澤に於いて昭和23年以来採種を行い今日全国的に普及を見るに至る。

こんなYouTube動画があったので貼っておきます。
赤城神社(あかぎじんじゃ)は、群馬県前橋市三夜沢町にある神社。式内社(名神大社)論社、上野国二宮論社。旧社格は県社。
正式名称は「赤城神社」であるが、他の赤城神社との区別のため「三夜沢赤城神社(みよさわあかぎじんじゃ)」とも呼ばれる。関東地方を中心として全国に約300社ある赤城神社の、本宮と推測されるうちの1つである。
群馬県中部に位置する赤城山の南側の山腹に鎮座する。明治時代以前は東西2宮であったが、明治時代以後は1宮となった。参道は一の鳥居で南の大胡方面、東の苗ヶ島方面、西の市ノ関方面の3方向に分かれている。大胡方面に続く道には江戸時代に植えられた松並木が現存する。
本殿と中門は県指定重要文化財に指定されている。本殿を南へ500m(メートル)ほど下った参道沿いには惣門があり、同じく県指定重要文化財に指定されている。また、拝殿と中門の間、中門のすぐ正面には、群馬県指定天然記念物の「たわら杉」がある。そのほか、境内には明治3年(1870年)3月に建てられた「神代文字の碑」もあり、復古神道の遺物として市指定重要文化財とされている。
祭神
赤城神 (あかぎのかみ)
豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)
創建
創建は不詳。神社の由緒によれば、上代に豊城入彦命が上毛野国を支配することになった際、大己貴命を奉じたのに始まるとされる。
当社から約1.3km登った地には「櫃石」と呼ばれる磐座を中心とした祭祀跡が残っており、古代祭祀の様子がうかがわれる。
次回に参るときには、二宮赤城神社、三夜沢赤城神社参道沿いの「惣門」、そして赤城山のパワースポット「櫃石(ひついし)」へ登ってみたいと思っています(時間が許せば、上野国一宮の群馬県富岡市一ノ宮にある一之宮貫前神社(いちのみやぬきさきじんじゃ)も。
この「櫃石(ひついし)」は、群馬県指定史跡で、6世紀中頃の祭祀遺産で、天津神地津神(あまつかみくにつかみ)を祭った盤座(いわくら)です。
赤城山の御神体と考えられていたようです。境内と赤城山の直線上に磐座はあるようですから、神社で云えば「本宮」「奥宮」といった場所なのでしょうか??
赤城神社の有力な論社(ろんしゃ)(延喜式神名帳に記載されている神社(式内社)と同一、またはその後の神社と推定される神社)は、三社あるようです。
・大洞赤城神社(だいどう あかぎじんじゃ)
– 群馬県前橋市富士見町赤城山(旧郷社)
– 赤城山山頂、カルデラ湖(大沼・小沼)を含む「奥宮」に相当
・三夜沢赤城神社(みよさわ あかぎじんじゃ)
– 群馬県前橋市三夜沢町(旧県社)
– 赤城山南麓に鎮座し、式内社・上野国二宮の論社としても知られる
・二宮赤城神社(にのみや あかぎじんじゃ)
– 群馬県前橋市二之宮町(旧郷社)
– 里宮的位置にあたり、里宮としての論社との説もあり
これらに加えて赤城山(実際には複数の峰々や火山体の総称で山塊全体を指す)、ここでは主峰の黒檜山と、櫃石(ひついし)をプロットしたります。これらを線で結ぶと下記のような位置関係になりました。

2025.6.8
赤城山周辺へ植物観察に行ったので、赤城山・大沼の畔に鎮座する大洞赤城神社へ詣でました。
主祭神:赤城大明神・大国主命・磐筒男神・磐筒女神・経津主神・豊城入彦命
神体: 赤城山(神体山)
社格等: 式内社(名神大)論社 上野国二宮論社 旧村社
創建 不詳











本殿裏側を一周してみましたが、特に何もありませんでしたが、拝殿内が窓越しに見られました。




というわけで、赤城神社の論社・2社を参拝してきました。対照的な神社でしたね。私的には三夜沢赤城神社の方が修験系なイメージで好きですが、広々とした大沼の畔に鎮座する大洞赤城神社も魅力は感じます。が、全部「赤色~!!!」といった感じで観光神社っぽくもあります。
どちらの神社にも「本殿」があるのですが、赤城神社の「御神体」は、赤城山を神体山として祀る神社です。
赤城山は、関東平野の北西縁に位置し、火山の山岳信仰の対象としても知られています。赤城神社は、赤城山に連なる湖沼、大沼・小沼や、火口丘の地蔵岳も神体として祀っています。
赤城神社の主祭神は赤城大明神(赤城姫)で、厄除けや女性の願いを叶える神として信仰されています. 赤城神社は、赤城姫伝説でも有名で、特に女性に人気のパワースポットとの事ですよ。
赤城姫伝説は、群馬県の赤城山と大沼にまつわる、女性の願いを叶えてくれるという伝説です。赤城大明神のもとに召された赤城姫が、美しい故に継母に妬まれ、赤城山に逃げ込んだという内容です。赤城神社には、その赤城姫を祀っており、女性の願いが叶うパワースポットとして知られています。
新宿・神楽坂に鎮座している赤城神社へは2018年3月に詣でています。その時の参拝風景は、私的な方のブログに投稿していますので下に貼り付けておきます。
以上、赤城神社に関する投稿でした^^
