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物質界と霊界を繋ぐ橋:愛する人との「奇跡的な再会」が人生を変える

なぜ死によって存在が消えると人々は怖れるのか

この喪失の恐怖には死の恐怖が含まれます。
(これはかつて学んだフロイト心理学につながるかもしれませんが)無意識のなかでは生きる欲求と本能が最も強いのだとわたしは確信しています。

わたしたちの多くは元来、自我に根ざしていて、命の終わりを認めることすらいやなのです。

そのために死を恐れます。
死に対してわたしたちはまったくコントロール不能だという事実、そこからこの恐怖が生まれるのです。

死とは絶対的な未知です。
人間の感覚を超え、理性的論理的思考を超えています。
予想がつかないためにわたしたちは未知なるものを恐れます。

死を予期できないだけでなく、どこへ行くのか、そもそもどこか行く場所があるのか、かいもく見当もつきません。

こうした恐ろしげな考えが、社会の未熟な死の通念にたえず肉づけされて、わたしたちの恐怖をいっそうあおりたてるために、残念ながら、死は究極のニュースとなります。

死によって存在が消えるといまだに大勢の人びとが信じているのは不思議でなりません。
このような固定観念を消し去り、五感を超えたものに対して人びとの心を開け放つためにも、わたしの仕事は重要だと感じています。

霊のメッセージを愛する人に伝えた瞬間、人生が永遠に変わります。
これまでの年月を振り返ってみて、わたしはこういった驚異の体験をヴィデオに録画しておけばよかったと思っています。

人びとの反応を言葉で語るのはむずかしいものです。
至福に包まれた当人をまのあたりに見るようにはいきません。
せめてこの本では、その感じを幾分かでもつかんでいただきたいと思っています。

ふたつの世界―物質界と霊界―に交流の橋が架けられると、まさに奇跡的な再会が果たせるのです。

ジェームズ・ヴァン・プラグ『もういちど会えたら』中井京子訳、光文社、

【解説】死の恐怖を乗り越え、生を再定義する

本書の著者であり、世界的なミディアム(霊媒)として知られるジェームズ・ヴァン・プラグは、本稿において、人間が抱く「死への根源的な恐怖」の正体を鋭く分析しています。私たちがなぜこれほどまでに死を恐れるのか。著者はその要因を、大きく分けて三つの視点から紐解いています。

第一に、
「コントロールの喪失」です。
私たちは日々の生活を自らの意志で管理していますが、死だけは唯一、人間の力が及ばない絶対的な領域です。
この「なす術のなさ」が、自我に根ざして生きる私たちに強い不安を抱かせます。

第二に、
「未知への拒絶」です。
死は理性的・論理的な思考の範疇を超えた「絶対的な未知」であり、どこへ行くのかさえ予測できません。
人間は本能的に、正体のわからないものに対して防衛本能を働かせ、それを恐怖として認識します。

第三に、
「社会的な固定観念」の影響です。
社会全体が「死=存在の消滅」という未熟な死生観を再生産し続けていることが、個人の恐怖をさらに煽っていると著者は指摘します。

しかし、著者が最も強調したいのは、これらの恐怖を克服する鍵が「霊界との交流」にあるという点です。
著者は長年の活動を通じて、死が「消滅」ではなく、単なる「次元の移行」に過ぎないことを確信しています。

愛する故人からのメッセージが届けられ、物質界と霊界の間に「交流の橋」が架かった瞬間、遺された人々の表情は至福に満たされ、その人生観は劇的に変化します。

本書は、単に霊の存在を証明しようとするものではありません。
死の恐怖によって閉ざされた現代人の心を開放し、五感を超えた世界の広がりを提示することで、今を生きる私たちの人生をより豊かで希望に満ちたものへと変容させることを目的としています。

死を「究極の悲劇」として捉えるのではなく、永遠に続く魂の旅路の一過程として捉え直すこと。
著者が語る「奇跡的な再会」のエピソードは、死別の悲しみに暮れる人々にとって、暗闇を照らす一筋の光となるはずです。


死の恐怖を乗り越え、生を再定義していきましょう
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