晴れた日に
「晴れた日に突然雷が鳴ること。それぐらい想定外のびっくりって意味さ」
「それが、閉店のメキメキ?」
「はは……なんだよそれ。セ・イ・テ・ン・ノ・ヘ・キ・レ・キ。晴天は晴れの日、霹靂ってのは、字が難しいけど、雷が鳴るってことだよ」
「あー、あの“霹靂一閃”のヘキレキね」
萌香は、テーブルに両肘をついて、片手を顎にあて、もう片方でモカの紙コップを持った姿勢でそういった。小さな丸テーブルの向かいに座った慶太は、コーヒーカップはテーブルの上に置いたまま、ポケットに両手を突っ込んで少しのけぞった姿勢。コートの裾が地面近くまで垂れていた。
都心の公園の芝生広場に面したカフェのテラス席。風はまだ少し冷たいが、日差しは随分温かくなり、空気の匂いにも春が感じられた。
「萌香、会社入って何年だっけ?」
「この4月で丸2年経つかな」
「だよね。丸の内のいい会社に入ってご両親もすごく喜んでたのに、突然会社を辞めてパリにワーホリに行くなんて、正に青天の霹靂だったろうな」
「うん。めっちゃびっくりしてたし、超反対された」
「そりゃそうだろうね。会社の上司も、きっと驚いたろう」
「うん。めっちゃ怒られた。まぁ、入社2年とか3年で突然辞めるって、職場では割とフツーにあるんだけどね」
「そして俺……」
「うん……。やっぱセイテンノヘキレキだよね」
春の風が、二人の間をさっと通り抜け、慶太のスマホで抑えられているナプキンの端がゆらゆらと揺れた。
「そりゃそうさ。でもまぁ、萌香らしいという意味では、想定内ちゃあ想定内でもあるかな……で?何年向こうにいるの?」
「2年」
「仕事は?」
「現地の日系企業のアシスタントみたいな仕事。でも、聞いたことがないような小さな会社」
「給料は?家賃も払って暮らしていけるの?」
「給料だけではやっていけない。せっかく貯めたお金、だいぶ取り崩すことになる」
「まぁ、そりゃそうだろうね」
近くの芝生で両親と遊んでいた幼児のボールが、二人の足元に転がってきたので、慶太がそれを拾って、家族の方に投げ返してあげた。「ありがとうございます」と両親が言い、幼児も「ありがとー、おにーちゃん」と大きな声でお礼を言った。
「フランスでは、日本人女子はめっちゃモテるらしいよ。日本でもモテる萌香なんて、男たちが列をなしていいよってくるだろうな」
「まぁそれは、日本に残る慶太さんも同じかも。」
萌香は、テーブルに置いたカップに視線を落とし、静かに笑いながらそう言った。
「ま、お互い様ってことで」
慶太は、そういって、座ったまま肩を上げて大きく伸びをした。
「パリに、遊びに来てほしいな」
萌香が、慶太の方をまっすぐ見てそういった。
「自分も研修医の身分で、お金も時間もいろいろ制限がある。でも、パリに住んでる萌香に会いに行くってのも、悪くないな」
それからしばらく、二人は何も話さず黙っていた。温かな日差し、芝生の広場で子供たちが遊ぶ声。穏やかな春の休日の午後。
「やっぱ慶太さん、『行くな』とか、『絶対浮気するな』とか、『俺も浮気しない』とか言わないんだね」
「言ってほしかった?」
「ううん。言わないのが慶太さんらしい。変な言い方かもだけど、むしろなんか嬉しかった」
「だよね」
そういって、二人は笑いあった。
ボール遊びをしていた家族が、芝生に広げていたシートを畳み、わざわざ二人の近くに来て「ありがとうございました」と言って帰っていった。その時も、その後も、二人は殆どしゃべらずに春の日差しを浴びていた。二人にとって、沈黙は、まったく苦痛ではなかった。
「そろそろ映画の時間だね」
そう言って、慶太が立ち上がった
「うん」
萌香も、スマホをバッグに入れて席を立ち、慶太の脇に沿って腕を組んだ。今日はロードショーの初日。話題の映画で、きっと混んでいるのだろう。
※ この作品は、#シロクマ文芸部さんのお遊び企画のお題「晴れた日に」を元に書きました。シロクマ文芸部さん、いつもありがとうございます。
https://note.com/hashtag/%E3%82%B7%E3%83%AD%E3%82%AF%E3%83%9E%E6%96%87%E8%8A%B8%E9%83%A8
