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東京散歩 三ノ輪浄閑寺

 三ノ輪は東京都台東区。一歩出れば、荒川区になるのでちょうど区境になろう。江戸時代、遊女の”投げ込み寺”として知られた浄土宗・浄閑寺は、三ノ輪浄閑寺と一般に呼ばれるが、住所は荒川区南千住にあたる。ちなみに北千住は足立区というのだから、東京以外にお住まいの方にはややこしいことこの上ないかもしれない。
 なぜ”投げ込み寺”なのか。吉原の遊女が死ぬとその亡骸をこの寺に境内に投げ込んで、供養をまかせたからそう呼ばれたという。大地震や大火の折りには遊女の死体が山詰みになったという。悲しいお話である。
 台東区生まれの僕は、幼いころ一度祖母に連れられてここを訪れているらしいが、もとより記憶がない。今回、荒川にくる用事があったので、ついでに足を運んだ次第。

投げ込み寺の縁起を記した荒川区教育委員会の立て札。確かに、こういう歴史を教えることも生きた「教育」だろう。
入口には年代を感じさせる古びた地蔵が。放火の罪を着せられ火炙りの刑に処せられた小夜衣という遊女の供養のために建てられたものだそうだ。急いで撮ったためにフレームから飛び出てしまった。
永代合祀供養塔。こちらは平成年間につくられたもので、さすがに真新しい。

いよいよ墓所へ

「生まれては苦界 死しては浄閑寺」。花又花酔は廃娼運動にも尽力した俳人らしい。

出迎えてくれたのは「新吉原総霊塔」

いうまでもなく遊女のほとんどは無縁仏である。この卒塔婆はま
新しく、毎年盂蘭盆会に奉納されるようだ。
遊女だけでなく、遊女の子供(当然、客との間にできたのだろう)、禿(かむろ)、やり手婆なども投げ込まれ、供養されたようだ。


総霊塔の横に回ると、ほぼむき出しの状態で遊女たちの骨壺が。手を合わせずにはいられない。
「平成元年9月12日 納骨堂に移骨」とある。

他に、山谷労働者の慰霊のためのひまわり地蔵などもあったが、先を急ぐので、今日はここまで。永井荷風の文学碑もあるようだが、見つからなかった。

【余談】
 浄閑寺といえば、思い出すのは風俗史家の吉村平吉さんのことである。吉村さんは早稲田大学在学中から吉原に入り浸り、そのままポン引きになってしまったという粋人(?)。遊郭の建物を改造したアパートに長く住み、浅草と吉原をこよなく愛し、「あたしが死んだら、浄閑寺に葬ってもらうよう住職には話がついているんですよ」と嬉しそうに話してらっしゃったのを憶えている。
 浅草ではストリップ通いの永井荷風とも何度か遭遇しているそうで、荷風の声音をやってくれた。へえ、荷風ってこんな猫なで声でしゃべるんだ、と思ったものだ。踊り子や女給には気前よく奢るが、男にはびた一文奢らない人だったらしい。
 吉村さんはまた選挙道楽で、「苦界から区会へ」をスローガンに、台東区議選に無所属で出馬すること4回。すべて最下位近くの落選だった。さすがに4回目のときには、毎度応援演説に駆り出される野坂昭如から「吉村さんはすっかり浅草の赤尾(敏)になりましたね」と言われたそうだ。ほかに、殿山泰司、田中小実昌、永六輔、金井美恵子といったそうそうたる名前が推薦人に並んでいる。選挙ポスターを描いたのはなんと黒田征太郎
「あたしは人生を酔狂でやっているんですよ」と言っていた吉村平吉さん。終の棲家と決めたアパートは取り壊しになり、今、ご本人が眠るのは浄閑寺ではなく世田谷の曹洞宗・豪徳寺である。吉村さんあは赤坂生まれ。大老井伊家の菩提寺である豪徳寺に墓所があるということは、それなりの家門だったかもしれず、一時期とはいえ吉原のポン引き街道に足をつっこむとはまさに酔狂な青春。あっぱれなるかな一生。
 豪徳寺については、いずれ別の機会に触れたい思います。
 ちなみに、浄閑寺はアラーキーこと荒木経惟氏の菩提寺だそうだ。

吉村平吉著『吉原酔狂ぐらし』。他、著書多数。

 浄閑寺をネタにもうひとつ。
 時代劇に出てくる素浪人て、何処に住み、どうやって生計を立てているのだろうか、と思った人も多いのではないのか。単発なら「旅の途中」ということでどうにかなるが、シリーズ物ではそれも苦しくなってくる。
 市川雷蔵の『眠狂四郎』シリーズでは途中から、狂四郎のねぐらを三ノ輪浄閑寺に固定してしまった(生活費は博打で稼いでいるらしい)。実はこれ、脚本家の星川清司による原作者の柴田錬三郎には無断の改編で、うるさ型で知られる柴錬が試写を見終わったあとなんていうか、監督以下スタッフは戦々恐々だったという。当の柴錬は帰り際、監督の三隈研次に「浄閑寺に居候たあ、うまいこと考えやがったな。でも俺はそう書かんぞ」と一言。お咎めは一切なしだった。
 眠狂四郎と浄閑寺はよほど相性が良いのか、雷蔵以後も一部継承され片岡孝夫(現・片岡仁左衛門)のTVシリーズでは、黒ミサの子として生まれた狂四郎は浄閑寺に預けられ幼少期を過ごしたという新設定がなされた。

「浅草か。俺の住まいも吉原裏の浄閑寺だ」『 眠狂四郎人肌蜘蛛』

『眠狂四郎炎情剣』(65)で描かれる浄閑寺内部。からすの襖絵が不吉さを暗示する(むろん、フィクションです)。大映美術部の熟練の仕事。中村玉緒(左)の悪女ぶりもよかった。右端は西村晃で、当時は小悪党役を得意としていた。

【おまけ】三ノ輪周辺


都電三ノ輪駅横にあるミニ神社。色町と寺町の結界を表しているかのようだ。日和下駄の音が聞こえてきそう。
珍しい茶色の鳩を発見。最初、鴨かと思った。
路地で構成された街並みは実に下町っぽい。
僕も子供のころよくやった。蝋石やチョークでのお絵描き。子供にとって地面も立派なキャンバスだ。「ストロベリー○○(判読不能)」「ロンドンサスール」。書いてある文字は今風?
懐石? もとの建物は料亭だったのだろうか。


夜ともなれば、一層存在感を増すスカイツリー。僕はまだ昇ったことがない。

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